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逃亡靂
  病魔



 猟銃を引き摺るように歩く。
 稲妻が煌めく度に投下された爆弾のように繰り返し地上を焼いた。地を裂くような轟音が行雄の身体を奮わせ、大粒の滴が皮膚を叩き雨水を吸って重くなった衣類が行雄の身体を冷やしていく。

 鉛のように重量を増した両足で泥水を掻くようにして歩く。

 音が。

 地を叩く雨音が、雷鳴が揺れる地面が。
 全ての音を呑み込んでいく。
 鈍った感覚が自分自身の感覚を捉えることが出来ずにいる。


 動いているのか。

 自分は手足を動かしているのか。
 視覚が一歩踏み出す自らの脚を捉えた。

 動いているのか。



 土地と家を担保にして行雄は12番口径5連発のブローニング猟銃を手に入れた。
 二連発猟銃より軽く手に馴染む。銃弾は小気味良く響き照準がぶれることも無くなった。

 行雄は深夜のみの徘徊を止めた。
 誰も頼れないのであれば自分自身の、祖母の安全は自分で護るしかないと思った。



 頼れるものは自分しかいないのだと思った。



 それは何かに取り憑かれたかのように。

 痩せて痩けた頬。筋の浮いた首筋。落ち窪んだ眼窩。
 まるで病魔に侵された病人のように。



 冷静であると。

 自分は、誰よりも正常なのだと。

 行雄は何度も自分自身に言い聞かせていた。




――俺は、まともだ




「行雄、あんた何しとるんじゃ」


 行雄は嗤っている。
 女の枕元に胡座をかいて覗き込んでいる。


「夜這いじゃ」


 行雄はニタニタと嗤う。
 女の頬に雨に濡れた行雄の滴がひたひたと垂れている。
 女は恐怖に戦き身を引いた。


「な、何を言うとるんじゃ。はよ帰れ」


「絹恵、六郎は戦争で死ぬぞ。そんな男を待っちょっても仕方がなかろうが」


 行雄が身を乗り出す。


「何を言うんじゃ。ここはおまんの来るところじゃないぞ」


 嗤った顔が稲妻に照らされる。


「岸田んとこのサトともネンゴロなんやぞ」


「おまんはそないなことォ云うために態々こないなとこに来たんか」


 行雄は喉の奥で不気味に音を出して嗤っていたが立ち上がると床板を踏み鳴らして玄関に立つ。


「絹恵、身体が疼くじゃろ」


「死ね、化け物!」


 女は手元にあった堅い枕を力一杯投げ付けた。


 その声を聞いて行雄は声を出して嗤った。
 自分と関係を持った女の寝所に忍び込んでは相手を罵って回った。




――行雄は狂うとる




 雨に濡れ身体を引き摺りながら一軒一軒歩いて回る。
 時を追う毎に雨は一層激しくなるばかりである。





――あれは気が触れてしもうたんじゃ




 昼も夜も。
 延々と歩き続けた。
 昼も夜も。
 猟銃をその肩に担いで。



――気の病に取り憑かれたんじゃ






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あきゅろす。
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