山茶花の別小説
とあるカイーナのいちにち その4
「そこぼさっとするな!危ないぞ!」
 突然の大声にはっとした冥闘士が顔を上げると、目の前には異次元からの悪意を持った魔物が迫っていた。逃げようにも完全に相手の間合いに入ってしまい、かといって攻撃するにも時間が無かった。

『殺られる!』

 思わず目を瞑ってしまった彼の前にバサッと音を立てて降り立ったものがある。同時に大きく翼を拡げて、彼の体を覆い隠した。

「グレイスト・コーション!!」

 力強い咆哮と共に放たれた闇黒の光は狙いをあまたず毒々しい色合いの妖物を即座に闇の中へ消し去っていった。

 逞しい背中越しに相手の様子を恐る恐る伺うと、先ほどまであんなに危険な匂いを撒き散らしていた毒々しい物体は、今では昼なお暗い冥界の塵と化してくすんだ色合いをさらしている。

「…怪我はないか、シルフィールド?」
 いまだ妖物を生み出した異次元の裂け目を睨みつけながら、こちらに背中を見せたまま翼竜の冥衣を着た男がシルフィールドの安否を訊ねてくる。昏い赤の焔を瞳に宿したのはシルフィールドの上司・ワイバーンのラダマンティスその人だった。
「…は…、はい」
 自分の不甲斐なさに思わず赤面しながら答えるシルフィールドに、ラダマンティスは鷹揚に肯いてみせる。
「ああいった魔界の生き物にはお前の邪眼も形無しだな」
 不定形でつねにぞわぞわと蠢いていた悪意そのもののようなおぞましい生き物を思い出して、シルフィールドはひとつ身震いした。あいつにとってシルフィールドはただの餌にすぎなかった。不穏な思念波で相手の動きを奪い餌食にする。生まれて初めて『喰いたい』という原始的で強烈な欲望にさらされてシルフィールドの体には瘧のように震えがとまらない。
「…大丈夫だ。どうやら単独行動のはぐれ者のようだな。後続はないらしい。ただし、この次元の裂け目を早く何とかせねばならんな。それまでは監視を密にしてやり過ごさねば…シルフィールド?」
 乱れた小宇宙を不審に思ったラダマンティスが傍らのシルフィールドを振り返れば、がくりと膝から崩れ落ちていくところだった。
「シルフィールド!」

「…ここは?」
 まださめやまぬ幻惑から逃れるように軽く頭を振って目を開ければ、そこには見慣れた石造りの天井が広がっていた。
「安心しろ。カイーナの医務室だ」
 頭のうえから先輩であるバレンタインの声がして、生きてカイーナまで戻れたのがわかる。
「意識を失ったお前をラダマンティス様が背負って帰ってこられたときにはどうなる事かと思ったが、元気そうでよかった」
「ラダマンティスさまが…?」
「そうだ、お前が出会ったような妖物に魅入られると悪夢に取り込まれて意識が戻らんものもいるそうだから、心配しておられたぞ」
 かいがいしくシルフィールドに飲み物やなにか食べれるものをと面倒を見ていてくれたバレンタインがぽつりと口を滑らせる。

「そのせいで、あいつに借りが出来てしまったがな…」

 シルフィールドの物問いたげなまなざしに気が付くとバレンタインはにこりと笑ってみせる。
「異次元の裂け目をふさぐためと、お前の治療の為に聖域から聖闘士を派遣してもらったんだ」
「せいんと?ですか」
 シルフィールドはぐねぐねとした妖物にとりこまれる悪夢の中で、目もくらむような黄金の光が辺りを一閃したのをおぼえていた。その後は見る見るうちに悪夢が剥がれ落ち、すとんと落ちるように懐かしい暗がりに包まれた。

「まったく、あんな奴に手を借りねならん時が来るとは不甲斐ないにもほどがある」
 いや、お前の事ではないと慌てて訂正する心優しい先輩にきにしてないと手を振りながら、優しい闇に包まれる瞬間に見た聖闘士の顔には意外にも優しい笑みが浮かんでいたように思ったとシルフィールドはこっそり考えていた。

                    終わり

##clap_comment(拍手ください!)##

[*前へ][次へ#]

9/132ページ


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!