山茶花の別小説
とあるカイーナのいちにち その2
ぱたぱたと廊下を走る音がする。
本来なら無音であるそこも、若き冥闘士には関係がないようだ。
「今日はバレンタイン先輩は御機嫌が悪いから、ミスしないように気をつけなくちゃ」

先ほど、なにやらよくわからない事情で第一獄のルネさんが怒鳴りこんできていた。
「あなた方のところがまずいインスタントコーヒーしか置いていないせいで、私は酷い目にあいました。謝罪と賠償を求めたいところですが、来客用だけでいいので最上級のものを用意なさい!」
 なんで、カイーナにインスタントコーヒーしか置いてないからルネさんが酷い目にあわなくてはいけないのか関連性がよくわからないんだけど、大体ここには敬愛するラダマンティスさまの影響で紅茶を飲む人間しかいないので来客用とはいえ安いインスタントコーヒーをい・ち・お・う置いてあるだけだ。

 逆に紅茶ならバレンタイン先輩が、ラダマンティスさまのためにいろいろ取り揃えているから客人たちもわざわざカイーナでコーヒーを頼む人は…いたっけな?
 短いマゼンタのくせっ毛を揺らしながら冥闘士アルラウネのクイーンは第九獄の通路を走っていく。

 どん!

「いったぁ」
「すまん、大丈夫か?」
 考え事しながら走っていたせいで、曲がり角で向こうから来た人とぶつかっちゃった!と、いうより跳ね飛ばされたの方が正しいか…。小柄とはいえ、冥闘士のクィーンを跳ね飛ばすような量力の持ち主といえば…。

「書類がばらばらになってしまったな」
 低い声で申し訳なさそうに謝罪しながら、クィーンの落とした書類の束を拾ってくださっているのは、わがカイーナのアイドル・ラダマンティスさまではありませんか!も、勿体無いですぅ。こんなとこバレンタイン先輩に見られたら殺されてしまいます。

「クィ〜ン…我らカイーナの精鋭ともあろうものが、ラダマンティスさまのお仕事を増やしてなんとする!」
 うわさをすれば影の言葉どおり、濃いピンクの髪をゆらゆらと逆立てたバレンタイン先輩がっ!
「そう怒ってやるな。ぼんやりしていた俺も悪いのだ」
 戦場での勇猛果敢さとは程遠いお優しい声でクィーンの失態をお許しくださっている。
「ですが、ラダマンティスさま」
 それでも、ハナイキ荒く何か苦言を言い募ろうとしたバレンタインは肉厚の広い肩をすくめ太い首を縮めているラダマンティスの姿にきりきりと吊り上げていた眉毛をへにゃっと下げて、息を吐いた。
「…今度からは、ちゃんと前を見て歩け。廊下は走るもんじゃない」
「はい!ごめんなさい、バレンタイン先輩!」

「よかったな、クィーン」
 ラダマンティスが大きな掌でクィーンのくせっ毛をがしがし撫ぜてやっているのを見て、バレンタインの眉がまたしてもきりきりと吊り上っていったのをクィーンはまだ知らない。

 それよりもラダマンティスが大事そうに冥衣の隠しに入れている冥界には咲かない赤い花に気を取られていた。

                    終
 
##clap_comment(拍手ください!)## 

[*前へ][次へ#]

7/132ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!