山茶花の別小説
とあるカイーナのいちにち
朝、ラダマンティス様は始業前に濃い目のイングリュシュ・ブレックファーストをお飲みになる。砂糖は2つ、ミルクではなくクリームで。
以前はダージリンのファースト・フラッシュをお好みだったのに、最近はもっぱらこちらばっかりお飲みになる。なんでも寝覚めが悪い誰かの顔が浮かぶのだそうだが、私にはさっぱりだ。紅茶には罪は無いと思うのだが、「俺はイギリス人だからだ」と言われてしまってはそういうものなのかと納得するしかない。
今朝のラダマンティス様は鬣のようなおぐしの艶もよく、ご機嫌も上々だった。
「バレンタイン、今日の予定に変更はあるか?」
紅茶を召し上がりながらの語らいは、私に一日分の活力をくれる。
そのうえ今日は考えても見なかった眼福が!濃厚なクリームでできた白いお髭がとってもベリキュー!ベリべリキュートでございました。
10時のお茶は、ダージリン。砂糖は2つで、ミルクはなし。お茶請けに薄いきゅうりのサンドイッチを添えて。
山のような書類に埋もれた机の片隅で、心暖まるひととき。
昼食はカイーナ内の食堂で、慌しくお済ませになる。まさにかきこむと言う言葉の通りにブルドーザーのようにお召し上がりだ。ランチくらいゆっくり取られればいいと思うのだが、われわれ部下がふがいないばかりにラダマンティス様にばかりご苦労がかかる。涙なくしては見ていられないお姿だ。
せめて、食後のお茶くらいはゆっくり召しあがっていただこう。とっときのオレンジ・ペコーをストレートで。砂糖は2つ。
お3時のアフタヌーンティはアールグレイをストレートで。ミルクも砂糖もナシ。もちろんクリームも。・・・少し残念。
そのかわり、お茶請けには焼きたての紅茶の葉入りスコーンに、甘いクリームと苺とリンゴとカシスのジャムを添えて。
「お、いいもの喰ってんじゃん。バレンタイン、俺にはコーヒー。ブルマン頼むぜ」
甘い匂いに誘われたのか、来なくてもいいハエが一匹・・・。
「・・・・・生憎ではございますが、このカリーナにはコーヒーはインスタントしか置いてございません」
折角の私とラダマンティス様の逢瀬を邪魔するお方にはインスタントでも勿体のうございますよ、アイアコス様…。
「ちぇ〜っ、しけてやがんなぁ。だったら、インスタントでもいいよ。急いでな」
客用の飲み物くらい充実させとけよな〜と、文句を言うその口にコーヒーの粉を詰め込んでやりたくなってしまった。ああぁ、ラダマンティス様が困ったように苦笑されている。これ以上ラダマンティス様を困らせる前にとっととコーヒーを入れてこなければ。
結局、ラダマンティス様のために焼いたスコーンはほとんどがアイアコス様の胃袋に納まってしまった。
アイアコス様は召し上がるだけ召し上がると、風のようにどこかへ行ってしまわれた。「ごっそさん」の一言を残して。
「バレンタインのつくる菓子は旨いから仕方が無いな。俺はいつも食べさせてもらってるが、正直ありがたいと思ってる」
食べ散らかされたテーブルの上を片付ける私に、ラダマンティス様はもったいないお言葉をかけてくださった。バレンタインは…バレンタインはうれしゅうございます!
終業時間が来ても一向に終わる様子を見せない書類の山に、ラダマンティス様は今日も残業を決められたようだ。
「俺に付き合うことは無い。お前達は上がっていいぞ。今日も一日ご苦労様」
疲れたお顔でにっこりと笑ってくださるラダマンティス様…私はご一緒に残業することも許されないのですね…。
せめて、私に出来る事はポット一杯の熱い紅茶に冷めないようカバーをかけて。そして、お3時に食べていただけなかったスコーンにクリームとジャムも添えて。
書類の山に埋もれて仕事してらっしゃるラダマンティス様のお邪魔にならないようにそっと・・・。
「なんだ?もう帰ってもいいぞ」
そっと置いて帰ろうとしたはずなのに、やはり気付かれてしまいましたか。
「それは、俺にか?いつもすまないな、俺はいい部下を持った」
そ…そんなしみじみした笑顔で言わないで下さい!
「いえ、部下としての勤めですから。お先に失礼します」
ぺこりと頭を下げて退出するあいだ、私は鼻血を抑えるのに必死だった。
執務室のドアを閉めると同時に、我慢の限界に達した鼻血がほとばしる。
「ラダマンティスさまぁ!一生あなたの部下でいさせてくださいぃぃぃ!」
バレンタインは今日もしあわせだった。
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