山茶花の別小説
ばかっぷる来襲  その2 すぃ〜と☆ほわいとでぃ

「貴様がなぜ此処にいるのだ!」
 
 脳天に突き刺さるような大声に、第一獄は嵐のように揺れた。長く裾引く上衣の袖を振り上げ髪の毛を逆立てて怒鳴っているのは、この第一獄の主・地獄の裁判官こと天英星バルロンのルネだった。

「決まっている。第九獄にはインスタントのコーヒーしか置いて無いからだ」
「それが私と何のかかわりがある!」
 しれっと答える相手に、鼻息荒く抗議する。が、相手はルネよりもはるかに面の皮が厚かった。

「ふふん、わからんのか?インスタントではないコーヒーを入れて来いということさ」
 ニヤニヤと偉そうに鼻先で笑われて、ルネの怒りは頂点に達した。

「…ファイヤー・ウィ」

「まてまてまてぃ!」
「お待ちなさい、ルネ」
 余りの厚顔さにせめて一矢報いんと、振り上げた腕を下ろす前に大声と共に割って入ったのは、ルネの直属の上司である天貴星グリフォンのミーノスと、第九獄の主・天猛星ワイバーンのラダマンティスである。

「なぜ、お止めになりますミーノス様。私はこの無職めにせめて一太刀浴びせとうございます!」
「はは、聖戦で既に俺に敗れているのを忘れたのか」
「ぐぬぬ…」
 …忘れることなどできそうに無い事実だからこそはらわたが煮えくり返ると言うもの。なにより冥界の出入り口たる第一獄とはいえ、部外者がそうやすやすと入り込む事は出来るわけが無いはずなのに、本来の主より堂々と広い執務机に足をかけてそっくり返っているこの男が只者のはずはなかった。

「お待ちなさい。お前の気持ちもわかりますが、この無職・・・失礼、カノン殿は今回は海皇ジュリアン殿よりパンドラ様への使者なのですよ」
「海…皇…?」
 思いがけない言葉に、氷の審議官の異名を持っているはずのルネとあろう者が呆然と間抜け面をさらしてしまう。
「そうだ、ジュリアン殿が先日のバレンタインチョコのお返しにと、このキャンディフラワーを差し上げたいそうだ。だが、生憎と御本人は風邪をこじらせておしまいになってな。代わりにこの俺が参上した」
 帽子箱のような筒状のプラスチックの箱に閉じ込められた美しい薔薇…とても造花に見えない素晴らしいできばえの飴細工を掲げてみせる。

 いかにも仕立てがよさそうな、品のいいスーツを着込み胸には薔薇の生花を挿して、さぞかし気障な仕草が似合いそうな見掛けをしていながらこの男には下種な物言いしか出来無いのか。

「だが、それならばそうと一言連絡してくれればお茶菓子を用意して待っていたのに」
 ぼそりと、独り歓迎の意を表しているのは第九獄の主のみだ。
「お前の所ではまずいインスタントのコーヒーしか出ないからな。ここではそれよりましな物が飲めるだろうと踏んだわけだ」
「そ…そんな事のために、この私を巻き込んだのですか!」
 元・双子座の聖闘士、現・海将軍筆頭こと海龍のカノンのあまりな言い草にバルロンのルネのこめかみに青筋がビキビキビキと浮き上がってきた。

「ふむ、そういえば私も喉が渇きましたね。ルネ、客人だけでなく私にもお前秘伝のブレンドをご馳走してくれますか?それとラダマンティスには紅茶を」
 敬愛する上司の一言のおかげで、ルネは入れたくも無いコーヒーを入れるハメになる。普通ならここで雑巾水をしこんでやろうとか、くそまずいコーヒーを入れてやろうとか思うものだが、高いプライドが邪魔をしてそれも出来ない。
 不承不承ながら面憎い相手にも極上の薫り高いコーヒーを入れる事になる。腹の立つことに、この男はそこまで読んでルネのいる第一獄に現れたのだろう。

 『あとで、絶対バレンタインの奴に苦情を入れてやる!』

 やるせない怒りに燃えるルネはお前の処がインスタントのコーヒーしか置いてないせいで、何の関係も無い私がとばっちりを食ったと第九獄に怒鳴り込んでやろうと心に決めた。

「そうだ、おまえにこれをやるよ」
 そういって、ラダマンティスに投げられたのは先ほどまで胸に飾られていた真紅のバラ。
「ホワイトディのお返しだ」
 
 赤い薔薇を受け取って呆然としているラダマンティスにちらりと一瞥をくれると、ミーノスはすでに海将軍筆頭の顔の戻っている男を連れてパンドラの元へ向かう。いつのまにか男の胸に先の薔薇と同じ色をしたポケットチーフが飾られているのを見て、形のよい口唇の口角が静かに上がる。

「どちらが本来の用事かわかりませんね」
「…なにがだ」
「いいえ、こちらの話ですよ」

 魂の冷えるような腹芸の応酬に、ルネは巻き込まれてしまったわが身を哀れんだ。

                    終


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あきゅろす。
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