山茶花の別小説
2012ラダ誕

 ばたばたと慌しい足音が響き渡り、カイーナの執務室周辺に騒然とした空気が漂う。

 ラダマンティスはハーデス直々の勅命を受けて、足早に魔界との地続きにある結界の補正に向かっている。前回は異次元の谷間に嵌まり込んだ次元獣がこちら側に流出しただけだった。その次元の裂け目も聖域から召喚した双子座の聖闘士によって既に封鎖されており、今回のは純粋に結界に綻びが生じたものなのだろう。直ちに結界を修正しなければ、次第に結界が緩み魔界の住人たちがこれ幸いと冥界に雪崩れ込むのは目に見えていた。

「ラダマンティス、頼んだぞ。ハーデス様の憂いを採って差し上げるのだ」
「ラダマンティスよ。以前に貼られた封印の札の上から新しい札を貼るだけでよい。それだけで札にこめられた余の小宇宙が新しい封印を創り出す。頼むぞ」
 美しい女主人の傍らで、常に陰鬱な顔を成されている口数の少ない冥王からの言葉に忠実な翼竜の瞳は赤く燃え上がる。

「バレンタイン、状況を説明しろ!シルフィールド、すぐに動ける人数の確認と位置を!」
 吼えるように次々に命令を下しつつ、自分自身も駆けるように現場へと向かう。もとより精鋭ぞろいのカイーナの面々とは言えど、本格的に魔族たちと戦うのは初めてだ。勝手のわからぬ敵を相手に互角の戦いが出来るかどうかさえ定かではない。

「今年はお前に誕生日を祝ってもらえないかもな」
 
 ラダマンティスは苦笑まじりに黒光りする冥衣の隠しに入れた、小さなタイピンに囁きかける。コロンと丸いちいさなそれは去年のラダマンティスの誕生日に、双子座のカノンがくれたものだ。一目見てお前の顔が浮かんだといって渡された其れは、いまではラダマンティスにとってなかなか逢えない愛しい恋人の笑顔が目に浮かぶ大事なものだ。

 もしかしたら…もう二度と逢えないかも知れぬ恋人に想いをはせ、そして次の瞬間にはその思いを断ち切るように思考を現状へとあわせる。
 ラダマンティスとて、いまだ魔族と戦った事は無い。ただその恐ろしい外観と、さらに恐ろしい魔力の事は話には聞いている。とても、心を遊ばせている余裕など無いと言うことだ。

 冥界の果て、荒涼たる岩肌が続く荒れ野に浮かぶ巨大な扉が冥界と魔界を隔てる障壁だ。もともと地続きだった二つの世界を完全に隔離する事はできず、冥王の封印でかろうじて平穏が保たれている…筈だった。
 今改めて目にする其れは、半ばまで開け放たれて既に何体かの魔族と、認めたくないことに他の魔族とは明らかに段違いの力を持ってそうな一人の魔人が魔界から姿を現していた。
 全身を黒く滴り落ちる焔につつまれた異様な姿に、百戦錬磨のつわものたちの間にもどよめきが走る。
「おい…なんだあれは」
「あんなものとどう戦えばいいんだ」
「ら…ラダマンティスさまぁ…」
「…静まれ。一塊になるなよ。適度にバラけて包囲するんだ」
 押さえた、しかし力強い言葉に冥闘士たちは瞬時に散開し恐ろしい敵に備えて身構えた。
 そのとき不注意な誰かの足元で岩のかけらが砕ける音がした。

 一斉にそちらを向く魔物たち。本来なら白目があるべき所が黒く染まり昏い赫の虹彩を頂いた異様な目に一同の背中に冷たいものが走る

 ラダマンティスたちは気配を悟られぬように風下から近付いていたのが仇になった。岩をも切り裂く魔風が不幸な冥闘士を襲う。
 ラダマンティスは大きな翼を開いて部下たちをかばいつつ、反撃の隙をうかがう。
「ラダマンティス様!魔物の目を見てはないません!あいつらの目に囚われれば心を覗かれて、愛するものの姿を盗んで攻撃してきます」
「何だと!」
 吹きすさぶ風を縫うようにしてバレンタインは叫ぶ。その声につい振り向いてしまったラダマンティスは、慌てて戻した視線を魔人の其れに絡め獲られてしまった。
 にんまりと笑ったように口元と思しく部分が歪み、見る見るうちに魔人の体表を覆う黒焔が色を変え赫い炎が現れる。
 魔人とは言われているものの、人間とは似ても似つかない禍々しい生き物…いきものといえるかさえ危ういような邪悪な存在が、揺らめきながらより人間らしく四肢が分かれ顔と思しい部分が出来、黒い焔の髪を纏った赫い人間の姿をなぞるのは吐き気を催すほどおぞましい見世物だった。

「ラダマンティスさまぁ」
 傍らのバレンタインが情けない声を出す。無理も無い百戦錬磨のつわものと云えど、相手の動向がわから無すぎて不安になるのだろう。
 
 だが、その声が引き金となって魔人が動いた。


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