山茶花の別小説
ある日の第一獄‥‥またはバカップル来襲  ラダカノラダ+ミールネ

 赤い血の通ってないかとまで言われる白皙に重たげな法衣を着こなし、常に以前の膨大な判例を書き著しめた資料集を抱えた裁きの館の地獄の裁判官。人は彼をそんな血も涙もない通称で呼ぶけれど、天英星バルロンのルネにもお茶の時間という心休まるひと時があった。
 いつもの朝ならば‥‥

 ばん!

 ルネの審議室の扉を足で蹴立てて入ってくる者がいる。その不埒者はつかつかとルネのもとまで歩み寄ると、開口一番怒鳴りつけた。
「おい!つながり眉毛の奴をどこへやった!」
「つ‥‥つながり眉毛ぇ?」
 ルネの頭がその暗号が指し示す人物の名前を思い出すのに、約10秒を要したことを咎めるものはいないだろう。目の前のこの男を除いては。

「らぁ‥‥ラダマンティス殿ならカイーナにいらっしゃるでしょう?」
「おらんから聞いている」
 ふんぞり返って見下してくるあまりの不遜さに目眩がしてくる。
「それが人に物を尋ねる態度なのですか?」
「知らんのなら知らんと言え。時間の無駄だ、邪魔したな。」
 言外に使えない奴とあからさまに示されて、常日頃なら冷静沈着を持ってなる冥界の審議官もさすがに理性を抑えきれなくなってきた。
「知らないとは言ってないでしょう!」
「ほぉう、ならば教えてもらおうか。ラダマンティスは何処にいる?」
 こちらがはったりを効かせていることを見抜いた上で、猫がネズミをいたぶるようにジリジリと追い詰められてしまう。黙っていれば天の御使いのような顔をしたこの男は何故こうも酷薄な表情が似合うのか。

(助けてくださいミーノスさまぁ)
 ダラダラと冷や汗を流しながら心の中で上司に救いを求めたとき、またしても入口のドアを叩きつける音がした。

「そこまでだ、カノン!」
 吠えるような大声と共に飛び込んできたのは、当の天猛星ワイバーンのラダマンティスその人だった。
「ルネを虐めるんじゃない!」
「フッ、泣かしてやろうと思っていたのに」
 悪びれた風もなくいけしゃあしゃあと嘯くカノンにラダマンティスはつかつかと歩み寄った。

「いくら暇とはいえ、ルネなど虐めないでくれ。虐めるならこの俺を‥‥」
 ルネはクソ真面目で有名なこの無骨な偉丈夫が、頬を染めて恥じらうのを初めて見た。
「お前はすぐ泣くからつまらぬ」
「カノン‥‥」
 吐き捨てるように嘯く男を、もう既に泣きそうな顔ですがりつきそうにひしひしと見つめている。

「まぁいい、せっかく来たのだ。お前の部屋で気の済むまでいぢめてやるよ」
 ぱぁぁっと音を立てるような勢いで、ラダマンティスの表情が変わり嬉しそうに頷いた。

 重厚で威圧感あふれる偉丈夫が、まるで地に着くほど長いふさふさのしっぽで地面を叩く大型犬に見えて仕方がないルネは不幸だった。

「邪魔したな」
 まるで自分の宮を歩くように堂々とした足取りでルネの部屋を出てゆく。ルネはただ早く行って欲しいだけの思いでぺこりと頭を下げた。
「騒がせたな、すまぬ」
 短く謝罪の言葉を口にするのはいつもの冥界3巨頭天猛星ワイバーンのラダマンティスその人に見えた。ただルネの返事を聞く前に、いつもの悠然とした歩みでなく小走りで駆け出したのには驚いたが。
 前を行く男に難なく追いつくと、ひとつ深呼吸をして男の片手にそっと自分の片手を滑り込ませた。そして、カノンがその手を握り返してやるのを見たときルネは何とも言えない気持ちになった。

「ーと言う事があったんですよ」
 今日一日の出来事を上司に報告する際に、思わず付け加えずにはいられなかったルネはまだ人間ができてないといえた。
「くくくっ、それは面白そうなことに遭遇しましたね。そんなラダマンティスなら、私も見てみたかったですよ」
「ミーノスさま」
 くっくっと楽しそうに笑う上司の姿に、かすかに不安を覚えた。
「そして、あの堅物をそこまで誑し込んだカノンという男。‥‥知ってましたか、ルネ?あの男は双子座の聖衣を生き返った兄に返上したので、今では全くの無冠だということを。‥‥何か面白いことになるといいですね」
 3度の食事より陰謀が大好きという男はニンマリと笑った。

                   終


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