山茶花の夢小説
にゃんこものがたり番外編 17
「馬鹿馬鹿しい。盛りの付いた猫など相手にしてられるか。シュラよ、茶の一杯でも馳走する気はないのか」
「はっ!粗茶でよろしければ、ただ今」
不機嫌そうな声音で吐き捨てるように欲しくもない茶を所望すると、教皇は法衣を翻し足音たかくその場を後にした。
続いてこの宮の主であるシュラも、不機嫌な教皇をもてなす為にこの場を去る。
それでも元々が猫好きで、不遇を囲っていた高貴な猫と恐ろしい独裁者である教皇の溺愛する飼い猫の恋の行方を慮っていた気のいい男は少し立ち去りがたく思ってはいた。だが所詮猫の恋。上手く行くも行かぬも当人しだいであることに重きを置いて、不承不承その場を立ち去る事にした。
いままでどんな雌にも心を動かさなかった雄猫と、まだ幼すぎる雌猫に心を残しながら。
(お前の今後の為にも上手くいくといいな)
自らの愛猫に何事かあろうものなら、即座に猫の一匹や二匹平気で引き裂きそうな男を思うと先行きに不安は隠せないが、こればかりは運を天に任せるしかない。
シュラは後ろを顧みることをしなかった。
『さがぁ…』
(へんなこえへんなこえへんなこえかのんの声じゃないみたい。なんでこんなこえになっちゃったの?…さががこっちをじっっとみてるぅ。かのんのこえがへんなのがばれちゃう!)
『かのん?』
(あぁん…さがの声ってステキ。なんだか、足の間がぬるぬるしてきたみたいなんだけど…やだ!かのんったらおしっこもらしちゃったのぉ?どうして…もう大きくなったから、ちゃんとおトイレでおしっこできるようになったのに!)
『かのん、どうしたのだ?』
(ああっ…こっちにこないで。お漏らししたのがばれちゃう。お漏らしなんて…お漏らしなんてばれたらはずかしぃじゃないのぉ)
『いや!こっちにこないで!』
(大声で叫びたかったんだけど、ひいひいとかすれ声しか出ないや)
『…本当にどうしたのだ、その声は』
(ああん。さがにばれちゃったよぉ〜。こっち来ないでっていってるのにぃ。来ちゃダメ!来ちゃダメぇ!)
『発情したおんなの声だ』
(怒ってんの?そんなしかめっつらして…怒ってんの?かのんが変な病気にかかっちゃったから?…発情ってなに?かのんは元から女の子だよ?あぁん…頭の中がぐるぐるしちゃってわけわかんないよぉ。何でこんなことになっちゃったんだろ。さががこわいよ。何でそんなに怒ってるの?何でそんなに怖い顔してるの?かのんがおもらししちゃったから?)
おどおどと尻込みしながら、かすれ声で後ずさるかのんに悠然と近付きながら、さがは低く唸っている。
唸りながらさがはかのんの周りをぐるぐると回り始める。かのんはさがの意図がわからぬままに、顔を付き合わせたまま一緒になってぐるぐる回りだす。
まるで背中を見せたら喰われると言いたいような奇妙な緊迫感をともなったロンドは始まったときと同じように唐突に終わりを告げる。
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