山茶花の夢小説
にゃんこものがたり   その2
 一旦心を決めたサガの行動は速かった。

 まずは、腰に巻いた飾り帯をきつめに巻き直し、顎の下のホックをはずすと、そこから仔猫を服の中へれようとした。
 ところが、息も絶え絶えに思えた仔猫も、生命の危機を感じたのか大人しく教皇服の中には入ろうとしなかった。とはいえ、仔猫を入れてあげられる物を何も持ち合わせていなかったし、何より教皇たる自分が死に掛けた仔猫などにおたついている姿を誰に見られるわけにも行かなかった。
 半ば無理やりに服の中へ仔猫を押し込んで、事なきを得たが理不尽な扱いを受けた仔猫はサガの素肌に幾つもの爪あとを残した。
 
 じゃらじゃらと様々な装身具に身を包んだ教皇服の内側を仔猫がぼこぼこ暴れながら落ちていくのはシュールな光景だった。程なく仔猫はきつめに締められた飾り帯の上でとまり、襞の中に包まれた。。
 サガはやっとこさ、安住の地を得た仔猫が腹の上に落ち着いたのを確認してそろそろと歩き出す。腹部を撫ぜながらゆっくりと歩く姿はいささか妊婦に似ていたけれども。
 
 申し訳ないことだが、その日の慰問は手短に済ませた。サガは引き止める老人達に心で詫びて、足早にロドリゴ村を後にした。

「やれやれ、やっとお前を連れて帰れるよ」

 帰り道は光速で聖域までの道のりを踏破した。普段なら帰りもゆっくりの久しぶりの外出を楽しんだりしたものだが、今はとてもそんなゆとりはない。
 先ほどから、偉く静かになってしまった仔猫の事が気に掛かる。眠ってしまったのならいいが、最悪の事態が心をよぎる。
 
 真夏の海のような真っ青な瞳。
 以前なら振り向けばいつも傍らに居た…
 どうして、今はいないのだろう。

 一度は手放してしまった懐かしい色をもう失いたくはない。
 サガは足早に12宮を上っていく。この石段だけは瞬間移動が使えないのが今日ほど恨めしく思った事はなかった。

 急ぎ足で教皇宮に戻ると、あたりを人払いして早速仔猫を救い出す。
 どうなる事かと思われたが暗に反して仔猫は元気だった。教皇服の厚い布地で出来たひだの中にすっぽり納まってくーくーとちいさな寝息を立てている。

「…よかった。なんとかここまで無事だったな」
『くく。猫か。酔狂だなお前は。そんな物何処で飼うつもりだ?教皇宮で、いや12宮でペットを飼っていた聖闘士など聞いたことがないぞ』
「やっぱりダメだろうか…。せっかく助かったこの仔をもう一度捨てに行かねばいけないのか」
 サガの指先は無意識に仔猫の柔らかい毛並みを撫ぜている。まるで、そうする事が当たり前だった頃に戻ったかのように。
 指先に違和感を感じて眼をやれば、いつの間に目覚めたのか仔猫が小さな舌で指先を舐めていた。
 ざりざりとした感触がくすぐったくて、つい笑顔になる。

『ふん、まぁよいわ。見つかった時の事はその時に決めるがよかろう。』
「では、この仔を飼うのに反対はしないのか?」
 サガは意外な思いに包まれた。常日頃サガの望む事の総てに反対し、覆してばかりのもう半身がすんなりと仔猫を飼う事を許してくれるとは思えなかった。きっと何か裏があるのにに違いない。最後の最後にどんでん返しが待っているのに違いない。

『ふん、雌だぞこいつ。まぁいい、名前はかのんだな』
「え、てっきり雄だと…」
『…お前はつくづく詰めが甘いの。よく見ろ!男の徴など付いてないではないか』

 どんでんがえしは仔猫から喰らってしまったようだ。


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あきゅろす。
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