山茶花の夢小説
らっぱのマーク 5

「失礼してよろしいですか?」
 ノックに音とともに静かな声で入室の許可を問う声がしたわ。あら、この声はひょっとして。

「はいどうぞ、いらっしゃい。今日はどうされましたか?」
 にっこりと営業スマイルも板に付いたものよね。最初の頃は仮面をつけてない女だってだけで、珍獣扱いで野次馬がいっぱい来たものだったけど、最近やっと落ち着いてきたみたい。そりゃあ、童顔の巨乳とかなら扱いも違ってたんだろうけど、おあいにくとわたしはごく普通のスペックだもの。と、いうより『お前ならあの男どものなかでも十分やっていけるだろう』って辰巳おじに太鼓判押されちゃったわたしってどうよ。…もっとも、あの人は沙織お嬢さん命だから仕方ないといえば仕方ないか…。

「Dr.サエラ?Dr?聞いていますか?」
 おっといけない!わたしったら!
「え、え、聞いてますよ。今日はどうなさいました?」
 あ、あ、あ、やっぱりばれてるぅ〜。う、う、不機嫌なお顔も美人さんだわ〜。
「聖衣の修復中に、破片が飛んで怪我をしてしまいました。私とした事が情けない」
 苦虫を噛み潰した…って言うの?大人しやかな美人がやると迫力あるわね…。
「え…っと、お怪我はどこでしょう?良かったら見せていただけますか?」
 破片が飛んで怪我をしたという割には、どこにもキズがみあたらない?血がにじんでるとかもないようだし…。
「ほら、ここですよ」
 目の前にため息とともに差し出されたのは、白い…それこそ白魚のようなとでも言いたいような華奢な指先にちんまりと付いた小さな切り傷。

 これって、バンドエイドでも貼っときゃいいんじゃないの!?

 とりあえず、傷口を消毒してバンドエイドでもと思っていると患者さんこと、牡羊座のムウさんが言いにくそうに切り出したの。
「先日、ここにアルデバランが来ましたね。あぁ、わかっています秘守義務というのですね。怪我の事じゃありません。むしろ、ここへ来るように勧めたのは私です。彼は大概の怪我なら自力で治してしまうのですが関節系は下手に繋ぐと、曲げ伸ばしに支障をきたしたりするのでプロに頼んだ方がいいと思ったんですよ」
「はぁ…ご推薦ありがとうございます」
「ええ、やはり餅は餅屋といいますしね。些細な事にこだわらないあの方が自己流にくっつけてしまって、あのすばらしいグレートホーンの切れがなくなっては困りますから」
 ひとりでフンフンうなずきながら、しゃべるしゃべる。立石に水とはきっとこういうのを言うんでしょうね。
「Dr,サエラ、聞いていますか?Dr?」
 あ、はいはい。聞いてますよぅ。
「おおらかで、他人にも優しいのはいいけれど御自分の体も大事にしていただきたいものです」
 やっとひとくぎりついたのか、大きなため息とともにムウさんは薄く微笑んだ。

 …えっとぉ…ひょっとして…ムウさんってばのろけに来ただけなんだろうか…!?

「…しゃべったら喉が渇きましたね。お茶か何かいただけますか?」
「ええ、アフロディーテさんから頂いた薔薇のお茶がありますよ」
「アフロディーテから…?毒など入ってないでしょうね?」
 にこにこと機嫌のよさそうな顔で辛らつな事を言ってのけるムウさんに苦笑しつつ、わたしはお茶の準備をした。
 アフロディーテさんの薔薇の香りのする紅茶はすばらしく美味で、さすがのムウさんも黙ってお茶を愉しんでいる。

 わたしは、こんなに想われてるとは知らないだろうどこかの誰かさんに心の中で暖かいエールを送った。


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