山茶花の小説
樽チェアのこと   その後2

 やはり、楽しそうに笑っている人間の隣でぶすくれるというのは不毛な物で。
 ましてや愛しい恋人と、楽しそうに市場のあれこれ見て周り、興味津々で買い物してる時に無言を貫くというのは元来律儀な体質のラダマンティスには不可能だった。

 黙っていれば玲瓏な美貌を、くしゃくしゃにして笑うカノンは市場のおばちゃんたちにも受けが良くて、いつの間にか多くのおばちゃんたちに囲まれていた。
「それはどうやって食べるのだ?」
「コレは軽くあぶってお酢と塩コショウで食べると美味しいよ」
「ん〜、確かにうまそうだが、今は出先で軽く食べられる物を探しているんだ」
「だったら、こっちのうなぎのパイはどうかね。精がつくよ〜。あ、そっちの兄さんがお連れさんかえ、じゃあ精つけてもね〜。りんごのパイや干しぶどうとくるみのパイもあるけどどうかね」
 
 『そっちの兄さんがお連れさんかえ、じゃあ精つけてもね〜』とはなんだ。俺が精をつけるのがいけないことだとでも言うのかと、ラダマンティスは面白くなかった。それが顔に表れて更に人相の悪い顔になっている。

「そうだな、そのうなぎのパイとくるみのパイを2つずつ貰おうか」
「はい、まいど。…お連れさんえらくご機嫌悪いけど何か気に触る事でも言ったかえ?」
 小声で様子を伺ってくる物売りのおばちゃんにカノンはおかしそうに笑って言った。
「あいつ、うなぎが好きなんだよ」
「おや、悪い事いったね。じゃこれはおまけだよ」
 気のいいおばちゃんはうなぎパイをもう一つおまけしてくれた。

「機嫌直せよ。おばちゃんも謝ってくれたじゃないか」
「俺は別に怒ってなどいないぞ」
「俺の分のうなぎパイも食べていいから、せいぜい精を付けてくれ」
「うなぎパイなど3つも食べられん。それに俺が精を付けても無駄なのだろう?」
 ぷいと顔を背けて、吐き捨てるラダマンティスにカノンは笑って言った。
「大丈夫、俺が無駄にしないからさ」
 …うなぎパイを?それとも…

 ラダマンティスは真っ赤になった。市場の往来の真ん中で、耳まで見事な茹ダコ状態になってしまった。
 カノンはに〜っと笑って言う。
「機嫌なおったろ?」
 ラダマンティスは、無言で頷いた。


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