山茶花の小説
樽チェアのこと  その2      

 今日はカノンは朝から麓の村まで買い物に行った。
 
 折角二人そろって休みをもらったのに、置いてきぼりとは寂しいことだと、サガはひとりごちる。

 結局、夕べは夕食も取らないまま眠ってしまったようで、朝目覚めたときにはカノンはもういなかった。
 ただ、サガの分の朝ごはんまでちゃんと用意してくれていたのはありがたかった。料理が出来ないわけではなかったが、他の事のように手際よくとはいかなかったし、なにより美味しくなかった。

 一方カノンは、海底神殿で幼い海闘士達を引き回してきたこともあって料理が旨かった。一人のときは面倒くさがって大きなパンを丸ごとかじったりしているが、サガと二人のときや客のあるときなど結構凝ったものも作ってくれる。
 なにか変わったものが食べたくなった時には、わざと同僚の誰かを連れて帰ったりした。

 仕方がないので、読みさしの本でもやっつけてしまう事にする。雲ひとつない青空をちらと恨みがましい目で見て、読書に戻る。
 
 結局、カノンが帰ってきたのは昼を少し回った頃だった。片手に大きな紙包みを抱え、もう一方の手には大量の食料品を抱えている。

「お帰り、遅かったな。何処まで行ってきたのだ」
 少しコトバに険がこもってしまうのは、仕方がないと思う。
「麓の生地屋で、布地を選んでクッションを拵えてもらってた。お前が寂しいと言うので、お前の目の色と俺の目の色の布地を探してな。」
「私達の目の色でか?」
「そうだよ、後であけてみるといい。俺の分はすぐに決まったが、お前の目の色がなかなか見つからなくて時間がかかった。」
「そんなに難しいか?単なる青だと思うのだが…」
「ちょいと紫がかったヘリオトロープが一番近いかな。ともかく、生地屋のおばちゃんにムリ言って縫い上げてもらったのさ。待ってる間にちょっとうとうとしちまったら、いろんな店のおばちゃんたちに囲まれちまってたのには驚いたぜ。」
 
 手際よく買ってきた食品を、冷蔵庫だの戸棚だの冷暗所だのに振り分けていく。

「まぁ、気のいいおばちゃんたちで、俺の顔が『時々慰問にやってきてくださる聖闘士様』に似てる気がするっていうのがその動機らしかったけど、驚かせたお詫びにって売り物のお惣菜とかいろいろくれたので一緒に食べようぜ。」
「…慰問にやってきてくださる聖闘士様とは、もしかして私のことなのだろうか?そのようなおばちゃん?たちに心当たりがないが…」
「おばちゃんの言うことだからなぁ。ただ髪の毛の長い黄金聖闘士なんて何人もいるから、気にすることもないさ。」
 もしそれらしい人にあったら、御礼がてら優しくしてやればいい。…たぶん、俺達の母親ってひとも生きてりゃあのくらいの年頃だろうし。

 ……幼い頃は二人してあぁだこうだと言い合った。色は白いか、髪の色は、瞳の色はどっち似だろうか。背は高いのか低いのか、気が強い人か優しい人か。
 そして、いつも最後に行き着くのはどうして自分達を手放したのか。

 今ならばわかる。
 多分、自分達は売られたのだ。
 父か母かあるいは、その両方に。

 聖域はいつでも能力の高い子供を捜している。ましてや特殊な能力を持った双子ならさぞかし高値が付いた事だろう。 

 心の奥の暗がりから身を起こすものの気配がしたが、一つ深呼吸してやりすごす。
 人間関係の苦手な自分と違って、弟はかろやかに人との間を越えていく。
 そして人ごみの中で、人に酔い道に迷ってしまった兄に手を差し伸べてくれる。

 一度はその手を手放してしまった。今度は決して見失わないようにしないとなと、サガは薄く笑った。

「何を笑っているのかな、この兄は?」
 サガの笑顔を見咎めて、弟が質問してくる。おばちゃんがたに囲まれて困ってるお前と答えると、別に獲って喰われるわけでなしと弟も笑った。
 

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あきゅろす。
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