山茶花の小説
シードラゴンとワイバーン その3
「これから何処へ行く?何が食べたい?」
うきうきと上機嫌なカノンが尋ねてくる。つられてラダマンティスも、彼には珍しくにこやかに答える。にこやかといっても対外的には、ごつい大男が口角をゆがめただけにしか見えなかったろうが。さいわいカノンには通じたようだ。
生来特に好き嫌いは少ない方だから言えることだが、彼がイギリス人だということも関係しているといえるだろう。故国イギリスの伝統的な食事に比べればどんなものでもご馳走だし、何よりカノンとする食事なら何を食べても旨かろう。
「お前の好きな物でいいぞ。できれば、食後にうまい紅茶が飲める店が良いな。それが無理なら酒でもかまわん」
鱗衣から、ラフなスタイルに着替えたカノンとダークな色合いのシックなスーツのラダマンティスは地上にある市街地まで食事に出る事にした。
まんまと想い人を、ポセイドンの支配する海底神殿から連れ出す事に成功したラダマンティスはご機嫌だ。
街へ向かう道すがら、カノンが海底神殿の門番を勤める海闘士と話した言葉を思い出して、ついほくそ笑んでしまうくらいだ。今晩は帰らないから後を頼むと門番に言っていた。…ということは…俺と?
…まさかとは思うが聖域に帰るとか言い出したりはしないよなと、一抹の不安も胸にこみ上げてくる。
カノンの双子の兄の顔が脳裏に浮かぶ。カノンにそっくりだがはるかに抜け目のなさそうな侮れない男。
人当たりの良い性格なのか知らないが、こと弟が絡むと天下無敵のPTAと化すのだ。前に一度聖域までカノンの顔を見に行って、けんもほろろに追い返された事を思い出してラダマンティスの表情が曇る。
「なに怖い顔してるんだ?なんか怒ってでも居るのか?」
「…いや、なんでもない」
ふいに押し黙り静かになってしまったラダマンティスをいぶかしんだカノンが、ついと顔を寄せて視線を合わせてくるのに心臓がどきりと撥ねた。
ラダマンティスは自分をこの無愛想な顔に生んでくれた両親に、心からの感謝を捧げることにした。なんといっても脳内のばら色の妄想を気取られたりしたなら、もはや生きてはいかれない。豆腐の角どころかカッテージチーズの塊に頭をぶつけて死んでみせる。
カノンはそんなラダマンティスを気にした風も無く、いろいろ提案してくる。
こちらをもてなそうと言うだけででなく、久しぶりの外出は彼にとってもいい気晴らしになっているのだろう。
「酒でも良いなら、どこかの居酒屋とかでもいいか?生憎この時間にうまい紅茶を出す店には心当たりが無い。」
「旨い料理が出てくるのなら、別にどこでもいいぞ」
「なら決まりだな」
嬉しそうににこりと笑うと先にたって歩き出すカノンの背を追いながら、ラダマンティスは額にかかる前髪をかき上げる。
…早くお前が食べたいよ…声に出さずに呟いた。
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