山茶花の小説

闇の狭間で

    黒サガvs白サガ?

「またあの子を抱いたのか…」
 暗闇の中で満腹した猫のように満足げに、にんまりとアイツは嗤う。
『私が何をしようが、いちいちお前に伺いを立てねば成らん必要は無いだろう』
 紅い瞳が私の心の中を見透かすように、こちらを見ている。
「実の弟相手に何をしているんだ」
『…それを私に云うのか?私はお前が望んでいる事を果たすのみ。…実の弟、それも己と寸分違わぬ双子の弟に欲情しているのは何処のどいつなのかな?』
 くくっと喉の奥でアイツは嗤う。大きな暗い窓の向こう側で。
 本当はそんな所に窓など無い。そこにあるのは、無機質な白い壁でしかないのはわかっている。

 それでもアイツはそこにいる。黒い法衣を身にまとい、漆黒の髪を背に流して、こちらを見ている。
 何時からいたものかわからない…13年前のあの時からか、それとももっと昔からなのかさえ。

 あいつは、もう一人の私。
 私の中に住む、私でないなにか。
 我が手でこの心臓を貫いたとき確かに私と共に滅びたはずなのに、なぜ未だに私を悩ませる。

『綺麗ごとばかり言っているうちに、弟を冥界の男なんぞにまんまと掻っ攫われたのは一体誰だ?このままでは、遅かれ早かれ身も心もあの男に持っていかれてしまうぞ』
「カノンがそれを望むなら、私には反対する理由がない」

 カタン…と、小さな音がして有ってはならない窓が開く。
 白い手が窓枠にかかり、アイツが暗い瘴気を振りまきながら真っ暗な部屋から現れる。
『フッ…私に嘘をつき通せると思うか。お前の嘘などお見通しなのだぞ。嫉妬で気も狂わんばかりもくせに。…あの冥界の男だけでなく、この私にさえ嫉妬しているのは誰だ』

 …アイツには実体が無い。あの私を蔑むような禍々しい笑顔などこの世界には存在しない。
 あぁそれなのに…あの冷たい口付けは…この体を這い回るおぞましいあの手は…実在しないと言うのか。

『くくく…お前は美しいよ…カノンなどよりもっと…認めてしまえ…カノンは美しいお前の所有物になるべきだったと…』
「よさないか」
 耳を塞ごうとした手が私には無い。

『…師匠のもとで修行に明け暮れているお前の傍らで、あれは小宇宙を燃やす事すらも教えられずに師匠の玩具にされていたことも、私が初めて殺したのは己の師匠だったあの男であることもお前は見過ごしてきたのだ』
「私が師匠を…そんな馬鹿な!」
 長い髪を振り乱してサガはもう一人の自分の言葉を否定しようとする。

『あの男はカノンを亡き者にしようとした。…お前が引き取りたがったので、手放すくらいなら殺してしまおうとしたのだ。カノンを見ればどんな扱いをされてきたか一目でわかってしまうからな。まだ、たった6つの幼いうちから性奴にされた哀れな弟。…双子の片方は黄金聖闘士なのに、もう片割れはろくに字も書けなければ、小宇宙の燃やし方も知らんではボロがでないわけがない。それで手っ取り早く殺してしまおうとしたのだ。それも、どうせなら散々楽しんだ上でな』

「ちがう!私の師匠は高潔なお方で…」

『だから、それが作られた記憶だと言うのだ。お前にとっては高潔だったかもしれぬ。双子の子供を引き取って、より才能のある片方のみを徹底して教育し、厳しい修行をさせて黄金聖闘士に育て上げる。もう一人は最初っから、小宇宙の燃やし方すら教えず自分の慰み者にするつもりだったのだぞ。…なぜなら、黄金聖衣は一つしかない。あぶれたもう一人は、一生を影として生きねばならんからな。そんな者ならば自分の思い通りにしても良かろうとさ』
「そんなことはない。なぜなら、私にはそんな記憶など無いからだ」
 サガの声はほとんど悲鳴のようだった。

『教皇の幻朧拳を喰らったのだ。私のギャラクシアン・エクスプロージョンを食らって倒れている裸の男と、やはり大怪我をしている裸のカノンにすがり付いて泣いているお前。何があったのか一目瞭然だったろうしな。「私を置いて逝くな、私を一人にしないでくれ」と泣き叫んだのも覚えてないのか。ふむ、やはりあのじじいは大した者だったのだな。死体を始末させ、カノンには治療してやり、そしてお前には総てを忘れさせる幻朧拳を撃ったのだ。生憎と私には効かなかったようだがな』
「シオン様が…」
 驚きにと胸を疲れた瞬間、入れ替わられたのがわかった。

「フッ、他愛もない」
 心底おかしそうににんまりと笑う。背に波打つ髪は闇の色
『私を謀ったのか!』
「何を云う。私は嘘などついてはおらんぞ。どこかの誰かとは違うのでな。己に都合の悪い事は、みんな見過ごしてしまう便利な目の持ち主殿とはな」
『なんだと?』
「本当に覚えてはおらんのか?大男であったあの男が、まだほんの幼いカノンを力づくで組み伏せて、己の邪な劣情の餌食にしている所をお前は何度も目撃しているはずぞ。健気なあの子は泣きながら、でかい大人の男根にまだ幼すぎるその体をなんどもなんども串刺しにされながらも、決してお前の名は呼ばなかったのに……お前はたった一人の弟を生贄に差し出したのだ」
 
 碧い髪のサガは暗い窓の向こうで、両手で顔を覆ってしまっている。広い肩が細かく震えているのは、泣いているのか、それとも笑っているのか。
 
 黒髪のサガは低く嗤うと自室を後にした。

                      終 

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あきゅろす。
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