山茶花の小説

シードラゴンとワイバーン

   その1    ラダ×カノ


「シードラゴンさま、冥界の使者殿がいらっしゃいました」
 案内役の雑兵が呼ばわる声がして、カノンは見入っていた書類の束から目を上げた。少し不審げな顔をするが、雑兵に軽く頷いてOKを出す。

「わかった、ここへ通してくれ」

 重々しい足音と共に黒い光沢のある冥衣姿のワイバーンのラダマンティスが、海将軍筆頭であるカノンの執務室に入ってきた。胸板の厚い堂々たる押し出しの轟然とした偉丈夫、まさに3巨頭のひとりという呼び名にふさわしい男である。

「仕事中邪魔をする」
 相変わらずの真面目くさった顔つきで、小脇に抱えてきた分厚い書類の束を執務机の上に几帳面に揃えて置いた。

「任務ご苦労であった。冥界の3巨頭の一人を、わざわざこんなところまで派遣するとは一体どんな一大事なのだ?」
「別にカタストロフが起きたわけじゃない…」
 愛想よく話を振ってやると、憮然とした答えが帰ってくる。
「当たり前だ。そんな物騒なものそうそう起きられて堪るものか」
 とんでもない物の出現に、思わず相手の顔に目をやる。気難しげな仏頂面に少し赤みが差していた。

 カノンは笑いを含んだ瞳を隠して、ラダマンティスを追い詰める。そうとは知らないラダマンティスの返答は、案の定次第にしどろもどろになっていく。

「ならば、そのくらいの規模の出来事ならメールやFAXでもよかったはず。貴公の手を煩わすほどの物でもないが…」
「…」
 
 とうとう天を仰いで嘆息しだした。厳つい容貌には心底困り果てた表情が浮かんでいる。反対に重ねた書類で隠されたカノンの顔には、こっそりと満腹した猫のようなにんまりとした笑みが浮かんでいる。

「…では、貴公は一体何の用件で、海底神殿まで参られたのかな?」

 書類の山から顔も上げずに最後通牒を突きつけてみた。

「カノン…」
 もう何の申し開きも出来なくなったラダマンティスが、切なげに上目遣いで見つめてくる。カノンの大好きな情けない顔も、ゴツイ冥衣をまとった体さえ一回りちいさくなったようだ。
 その様子があんまり可愛いので、ホントはもう少し虐めてやろうと思っていたがもうカンベンしてやる事にする。

「クックックッ、俺に会いたかったのなら最初っからそう言えばいいんだ。…ヘンに格好つけるからこうなる。バレバレなんだよ、お前」

 喉を鳴らして満足げに笑うカノンは、しょんぼりしたラダマンティスを書類を丸めた筒で軽くたたいた


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