恩方とモフモフ
2
首都アルシャス中の全ての鐘が鳴らされ【救世の夜】の到来が告げられる。
すると、首都中に張り巡らされた王樹の根が光り、分樹が光り輝く。
分樹から放出されたチラチラとしたほのかな光りは、まるで蛍のように首都の住人の周りを漂う。
優しい光に照らされて、無数の鮮やかな布がたなびき、首都中が煌々と鮮やかに飾られた。
【救世の夜】の到来だった。
「三王侯直系男子前へ。」
森番が王樹の横で静かに告げた。
リューテス、クロムド、セトラスの三名は布を手に立ち上がった。
ふと後ろを振り向いたリューテスは、狼達がいない事に気が付いたが、セトラスに足を踏まれて急いで視線を戻した。
三人は光を発する王樹の前に立つ。
そこには三本の太い枝がまるで結ばれるのを待ち侘びるかのように垂れていた。そこはかって始祖達が復活祭に毎年布を巻いていた場所らしい。
リューテスは少しほつれた黒い布を真ん中に。
クロムドは無骨な麻の赤い布を右に。
セトラスは繊細な青い布を左に。
一礼して、それぞれの場所に結び付けた。
さぁ、これで祭は終わりだ。リューテスがそう思った時。
「っ!?」
「何だ!!」
リューテスとクロムドは咄嗟に後方に大きく跳んだ。
何故なら、王樹の幾重にも絡んだ苔に覆われた幹の中から突如現れた白い手が、リューテスとクロムドの布を枝から取っていったからだ。
それは後方に居た王夫婦や貴族達にも見えた。
どよめきや歓声、悲鳴が響く。横にいる森番でさえ目を見開き動けない。
「セトラス!!」
クロムドが叫ぶ。
リューテスが王樹の方を見ると、セトラスが逃げ遅れていた。
セトラスは怯えて動くことも出来ず、直立したまま自分に迫ってくる手を見詰めていた。
「クソッ何なんだ!助けるぞ!クロムド!」
「言われなくても。」
リューテスは腰の剣を抜き放つ。儀礼用のナマクラだが、無いよりはましだ。
二人はセトラスの方へ跳んだ。
セトラスは器用に片手で自分の枝から青い布を解く手を見詰めていた。
意外とセトラスの頭の中は冷静だった。
手は右腕のようだ。
王樹から生えた右腕は裸ではなく、言い方は可笑しいが服をちゃんと着ていた。それは、古い古い昔の猫人が着ていた衣装のように見える。
所々血が滲んだ包帯が巻かれた腕は細く骨張り、手の平には薬品の染みのような染みや火傷の跡があった。手の皮は厚く乾き、自分の父親と同じ…。
そう、それは薬士の手だった。
「あっ…。」
フワリと頭に手が触れる。優しい手つきで、セトラスの白い柔らかい髪をクシャクシャと撫でられた。
ジンワリと温かい熱を感じた。手はセトラスの美しい曲線を描く猫耳の毛並みを整える。
気持ちいい…。
セトラスは心地良さに、すっと目を閉じた。
「セトラスから手を離せ!」
「うわっ!?」
クロムドに引き寄せられて悲鳴が出た。クロムドに抱き抱えられたセトラスが見たのは、腕に向かって剣を振り上げるリューテスの姿だった。
「止めろリューテス!その方は【恩方】だ!」
必死にセトラスが叫ぶと、ピタリとリューテスの腕が止まった。その間に、腕は王樹の中に引っ込んだ。
腕が納まったと同時に、王樹が突風を伴って突如光を爆発させた。王樹の光葉が風に乗って無数に舞い飛び人々の視界を遮る。
「うわぁぁぁ!!」
「キャァァァァ!?」
至る所から悲鳴が起こる。三人は突風を間近に受けた為に、地面に叩き付けられてしまった。
伏せる人々の上に葉が叩きつけられる。
リューテスは片手で顔を庇いながら王樹を見詰めていた。
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