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短編小説
ラ族と魔法使い
【二柱の神】

暗黒大陸は【秩序と法の神】と【混乱と繁栄の神】の双子神が君臨されていた。そして、二柱の神を信仰した国は繁栄を極めた。

しかし、その繁栄は、次第に大きな歪みをもたらすことになった。

二柱神の教義は、一見すると真逆なようだが、実は繋がっており、二つで一つの教義となる物だ。【混乱から秩序が生まれ、法から繁栄が生まれ、秩序から混乱が生まれ、繁栄から法が生まれる】それはどちらが優れているでも、どちらが劣っているでもない、等しい物だ。

だが、豊かな生活に酔った民は暴走した。彼等は教義の表面だけを信じ、自分が信仰する神ではない方を教義に反する敵と罵った。神官達は必死に否定して民の暴走を留めようとしたが、暴走は止まらずそれは国を二分した。

二つになった大国は争い続け、その争いは自分達の大陸を壊し尽くしてやっと終わったのだった。

生き残った民は自分達を深く恥じ、今後同じような事がないように、自分達を戒める事を誓った。

■■■■■■■■■■■■■■■■

「はぁ」

移民管理局担当官のソーマは、移民監理局の事務室の上座に置かれた自分のディスクで溜め息をついた。その姿はいつも通り麗しく、事務室で働いていた職員達は片腕の魔法使いに見とれていた。

「ドウシタ?ソーマ。ハラヘッタ?」

そんな彼に片言で話し掛ける少年がいた。

「ああ、大丈夫ですよ。モニ」

そこには白いシャツにクリーム色の半ズボンとベストを身につけた、十歳くらいの少年がいた。

ソーマを心配しながら紅茶の入った陶磁器や、お茶請けの菓子を配膳する様子は、まるで貴族の師弟のように洗練されている。だが、彼は普通の人間ではなかった。

まるで西の民のような褐色の肌に、僅かに赤みがかった黒髪を肩まで長く伸ばし、長い前髪は真ん中分けにして脇に流している。額には赤色の組紐を一本結んで、前髪を固定していた。それだけならば、普通の人間だ。しかし、その耳や手首から、まるで昆虫の羽根のような物が生えており、額からは虫の触覚のような物が生えている。それは青色を基調にして、虹色に輝く物で、その独特の色彩はメタリックな光沢だった。目の光彩もメタリックな緑色で、白目がない美しいが異様な物だ。

まるで美しい宇宙人のような印象を受ける彼は、新大陸原住民族の一つ、ラ族の生き残りの少年だ。大昔、兵器型大魔法が連発された新大陸には、至る場所に濃い魔素が満ちたスポットが点在している。そこに入ると、普通の人間では体調を崩したり、最悪の場合死ぬ。

新大陸の原住民達は、その魔素に晒され続けた結果、適応することによって生き残った。その代わり、体に異変が起こり、まるで昆虫のような特徴を持つようになった。モニのように目の色が違って羽根が生えている者、体が甲殻に覆われている者、蝶のような羽根を持つもの。

その全員が魔素によって肉体が強化され、別次元の進化を遂げている。その肉体の性能は獣人以上で、まさに一騎当千の最強人類である。

そんな原住民の一人である彼は、今は訳あって、この開拓領の老夫婦の養子となり、移民監理局の給仕係として働いている。

「ソーマ、タノマレテイタノ、書イテキタ」
「おお!!」

モニ少年が差し出した紙の束を見て、物憂げな表情を浮かべていたソーマは途端に笑顔になる。 その後ろでは、彼の笑顔を見た職員達が鼻を押さえて前屈みになっていた。
ソーマが嬉しげに捲る紙には、数十枚にわたって少し癖のある文字で物語が描かれていた。

ラ族の民は、物語好きと有名な部族で、彼等は一族全体で物語を語り継いでいた。

しかし、比較的無害で戦闘能力の低い彼等は、他の部族間の闘争に巻き込まれて大多数が死亡した。生き残った一族朗党は離散してしまい、ラ族の物語群がバラバラになってしまったのだ。モニもその混乱の中で孤児となったところを、移民達に保護されたのだった。

ラ族の物語は創作ではない。実際にあった事であり、すなわちラ族の物語群とは暗黒大陸の歴史なのだ。しかも、その物語には深い格言や戒め等が散りばめられており、物語としても読みごたえのある物である。

ソーマはその収集に執念を燃やし、その記録と編集を一生の研究課題にしようと決めている。また、子供であるモニは覚えている物語が少ないため、いつか他の生き残りを探しだそうと考えていた。

「ありがとうございます、モニ」
「ソーマ達、タスケテクレタ、コレクライ当然」

淡々と語る彼だが、その緑色の瞳は思い出した怒りで煌々と輝いている。

実は彼こそが、先代の北神殿神官の魔の手に掛かった少年である。

敬虔な癒しの神の信者である老夫婦を人質にとられ、世話役の名の元に性奴にさせられそうになったのだ。ギリギリでレイヤード達に救われたが、変態神官に裸に剥かれて舐められた体験は軽いトラウマになっている。

その事件が切っ掛けで管理局の給仕係の職に就いたのだが、あの日の記憶は忌々しい物として記憶している。

「レイヤード達イソガシイ。マタ何カアッタ?ワルイヤツ来タ?」
「此処は新大陸ですからね」
「ソーマ、カナシイ、ソイツノセイ?大丈夫、レイヤード達ガ助ケテクレル」

モニの励ます言葉に、ソーマの憂い顔は変わらない。逆に何かを悩むように、伏し目がちになって黙ってしまった。

「?」

ソーマは、僅かに頭痛のする頭を片手で撫でる。彼の悩みの原因は、酷くなる精霊の声だった。最初は時々感じる程度の微かな物だった精霊達の声は、次第に強くなり、最近は酷い物だった。

精霊の血が僅かにでも入っている者達も、何かしら感じていた。それは悪寒であったり、恐怖であったり、不安であったり、様々な形で現れた。ソーマのように親が精霊である者は、泣きわめく精霊を目撃したり、精霊達の泣き声をハッキリと耳にしている。

ソーマも、悲しげに泣き声をあげる精霊の声を毎夜聞いている。

精霊の異変のせいか、町の中も何処か陰鬱とした雰囲気に満ちている。精霊使い達の扱う術の暴走事故や不発の報告も、最近多くなっている。

精霊の声は聞き取りにくいが、【あの子】と【助けて】という単語が聞き取れた。精霊は誰かを、恐らく子供を助けて欲しいのだ。あの神殿には、誰か子供でも囚われているのだろうか?既に、レイヤードには報告済みだが気になって仕方がない。

「ソーマ、ドウシタ?」
「ああ、すみません。少し考え事をしていました」

黙りこんだソーマを心配する少年に、安心させるように笑顔を浮かべる。そんな彼は誤魔化すように、紙の束を指差してモニに尋ねた。

「そうだ、精霊に関する物語はありますか?今、精霊に関して調べているんですよ」
「ソレナラ、コレ」

モニが束の中から取り出した一枚の紙。目の荒い灰色の雑紙には、小さな文字がビッシリと書かれていた。

その物語の題名は、【精霊に愛され過ぎた男】だった。

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