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短編小説
恩人さん
だれ?
だれだろう
ああ
あの人だ
あの人だって
なら大丈夫
大丈夫だね

■■■■■■■■■■■■■■

「恩人さんって此処にいるの?」
「そうにゃ!」
「偶然って怖ぇな」

目の前に高くそびえる石造りの塀を見て、二人は呟いていた。レイヤードとアーノルドがニースに案内されたのは、目的地である北派神殿であった。

まさか、警戒している相手の本拠地に行くとは思わなくて、微妙な顔をしている二人をどこ吹く風、猫人の少女は二人の服の裾を引っ張る。

「さあ、早く飛び越えるにゃ」
「いや、お嬢ちゃん、正門からじゃないと入れないんだよぉ」

軽く不法侵入を誘ってくる少女に困惑する。彼女が言うには、どうやら神殿の正面からではなくこの塀を越えて行かないといけないらしい。二人ならば、数メートルある塀も軽々越える事は出来るし、猫人である少女らば雑作もないだろう。

だが、二人は困り果てていた。

「何でにゃ?!」

レイヤードの言葉に不思議そうに首を傾げるニースに、アーノルドが説明してあげた。

「良いか?大体の神殿には結界が張られているんだ」

神殿の中は一種の聖域であり、現世でありながら異界だと考えられている。その為、神殿の土地には結界が張られている。それは普通の魔法使いが張る物とは違い、神に下賜された特別な物であり、正式な手続きを取らなければ中には入れない。

よって、神殿を見張っているアーノルドの部下達の主な活動は、人の出入りを外から見張ったり、神殿に仕入れられる物品の監視や、礼拝に紛れ込む事だった。潜入などは、しようものなら雷に打たれてしまうので出来ない。しかし、レイヤードにはとある事情で効かない。だからこそ、彼がわざわざ此処まで来たのだ。

「にゃーに言ってるにゃ、ぜーんぜん問題ないにゃ」

説得する二人に呆れながら首を振った少女は、二人の制止を無視して、猫のように駆け上がり、神殿の塀を飛び越えてしまった。

「え?」
「オイチャン達、早く来るにゃー!」

呆然としていたら、塀の上に腰掛けたニースが手招きしてくる。顔を見合わせる二人、顎で塀を指し示すレイヤード。彼の無言の命令を悟り、深く溜め息をついたアーノルドは、一歩前に出ると塀を思いっきり殴り付けた。

ビリイイイ!!

「っつぅ!?」

その途端、激しく散る火花。

素早く拳を引いたアーノルドの手のひらは、真っ赤に爛れていた。かなり痛いのか、アーノルドは大きな体を縮めて、地面に踞りながら呻いている。

「ふむふむ、結界は機能してるみたいだねぇ」
「オイチャーン!早く来るにゃぁ!」
「はーい、今行くよー。アーノルド早くぅ」
「ちょっと……待て」
「いやーん待ちきれなーい」

気色悪く体をクネクネと揺らすレイヤード。体をくねらせながら、レイヤードは痛みに苦しんでいるアーノルドの尻を、ズダダダダと足で小刻みに蹴る。

「ほら、アーノルド。子猫ちゃんがお待ちかねだよぉ」
「分かったよ!止めろ!止めろ!」

尻を庇いながら、悲鳴を上げて立ち上がったアーノルドは、塀に背中を付けて中腰になり、握った拳をつき出す。

「ほれ」
「よーし、行くよぉ」

塀から離れた位置から片手を上げて宣言したレイヤードは、軽く跳ねるように走りだし、アーノルドの拳を踏み台にする。アーノルドもレイヤードの体の動きに合わせ、上に向かって腕を跳ね上げて体をのけ反らせる。アーノルドの拳を蹴ってジャンプしたレイヤードの体は勢いよく空を舞い、塀の上の僅かなスペースに着地した。

「じゃぁ、行ってくるから」
「気を付けろよ」

塀の向こうに消えるレイヤードを見送ったアーノルドは、ポケットから出した布を巻き付けて右手の応急処置を行い、何事も無かったように歩きだした。そして彼は、町の中に消えていった。

■■■■■■■■■■■

「おーい、お嬢ちゃーん」

塀の向こうは墓場だった。

墓場といっても、様々な形をした石碑が並ぶ墓場は整備が行き届き、明るい雰囲気だ。整った芝生が広がり、各所にベンチ等が置かれ、美しい芝生や花が咲き乱れる様子は、まるで何処かの公園のよう。

北所属の神殿では、墓地とは死者と遺族の邂逅の場であるとの考えられているので、北神殿の墓地は明るく過ごしやすい物になっているのだ。以前の神官が居た時は、ろくに整備されずに不気味な雰囲気だったのだが、それがまるで嘘のようだ。

「お嬢ちゃーん。どこぉ?」

そこで、レイヤードは迷子になっていた。

どうやら、待ちきれなかったニースは、彼を置いていってしまったらしい。

今日は墓場が一般公開されない日らしく、参拝客はおらず閑散としているが、神殿に雇われているらしい庭師が時々居るために気は抜けない。物陰に隠れながら、レイヤードは少女を探して歩き回っていた。

しかし、あの三毛の猫耳が見あたらない。仕方ないと、判断したレイヤードは、右耳に着けていたピアスの一つに手をやり特別なワードを唱えた。

その瞬間、レイヤードの聴覚が飛躍的に鋭くなり、今まで聞こえなかった音が聞こえてくる。今操作したピアスは、聴覚を高める魔道具である。

これを使えば、人間が聞く事の出来ない音すらも聞くことが出来るが、いかせん高価で使用回数が決まっているため、使用を控えているのだ。無駄遣いすると、ソーマに張り倒されるのだ。

「にゃーん」

耳を澄ませながら暫く歩くと、遠くから少女の声が聞こえてきた。

「そっちか……」

声が聞こえてきたのは、墓場の更に奥まった場所だった。物陰を辿るように移動し、そちらに向かったレイヤードが見つけたのは、壁のように左右に生い茂る生け垣に設置された小さな木戸だった。

大きさはレイヤードの腰程度。木戸を開いてみると、その向こうには、様々な色合いのアネモネの花畑が広がる広場があった。

広場の所々には、蔓花を絡ませたトンネルや藤棚が作られており、まるで世界すべてが花の海で包まれたような、濃い花の薫りに満ちた世界だった。

「一ヶ月前にはこんなのなかったのに……」

此処は見覚えがある。一ヶ月前に彼等が神殿に監査に入った時には、ガラクタ置場だった場所だ。たった一ヶ月で作られたらしい花畑に、思わず感嘆の声を漏らす。

「あっ!おいちゃん!こっちだにゃ!」

その花の中から、ピョコンと三毛の猫耳が突き出ていた。すぐにニースの顔が現れ、こちらに手招きしてきた。

ニースはまるで花畑へ踏み込んで、そのド真ん中にいるようだが、どうやら背の高い花で隠れているだけのようだ。よく見たら花に隠れて煉瓦の道が敷かれていた。

「今行くよー」

絡み付いてくるような花を掻き分けながら進んで行くと、花畑の中にポッカリと空いた空間に辿り着いた。

小高い丘のようになったそこには、小さな庵が作られている。庵の屋上には水が引かれているのか、六角の屋根から六つの筋の水流がながれ、それは地面に作られた水路を伝って、花畑を潤しているようだった。

「恩人さん、オイチャンのお花喜んでくれたにゃー!」

庵からニースが飛び出てきてレイヤードの服を引っ張ってくる。それに引き摺られるようにして階段を登った先の庵には、ロッキングチェアに力なく横たわる一人の男性の姿があった。

その男を見ると、男の黒い瞳と目があった。その瞬間、凄まじい悪寒がレイヤードの背中を駆け抜けた。




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