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短編小説
神殿着任
僕達の大陸には五つの神殿があり、最上位である中央神殿の下に四つの大神殿があり、その下に各宗派の神殿達がある。四つの大神殿ごとに各自の神を崇め、神官長が所属する神殿の場所を冠して、北派神殿、東派神殿、南派神殿、西派神殿と呼ばれて区別されている。

各自の神殿は、崇める神ごとに得意な分野があり、神官は神の加護により魔法とは違う能力を操る事ができる。それを信者獲得に貢献している。僕達の北派神殿は闇と癒しの神を崇めているため、神官達は神の加護により癒しの力を操る事ができる。そこで、北派神殿では治療を行っているのだが、病人や怪我人を相手にするとなると死人もよく出る。

学者や戦士は戦や知識の神に弔ってもらいたがるが、一般的な人々は癒しを求めているのか、大多数の人々は北派神殿で弔う。ほとんどの神殿の裏手には墓場が併設されており、僕達は死後の人々も守っているのだ。

この墓守という物を神官が行い、死を神聖視するのは北神殿独特の思想だ。他の神殿では、墓とは穢れの一種で墓守とは嫌われる職業だ。これは癒しの神が生と死を同一視しているせいだろう。そのような理由から、北の神殿は町や村から僅かに離れた場所に建てられる。

僕が就任した神殿は、新天地唯一の町【ニューアース】から僅かに離れた荒野と森の境目にあった。

「今日は良い天気だよ、鹿」

テオ君が次々と食堂の窓を開く。吹き込む風と一緒に、森の朝霧の匂いがした。

食堂にはテオ君と僕だけが居て、簡素な木のテーブルに着いた僕の目の前に置かれたのは一杯のスープだった。コンソメと野菜を丹念に濾した物を混ぜた、栄養タップリのスープだ。パン等はない、皿一杯のスープだけの朝食。

だが、僕にとっては、この一杯すら辛い。

スープをスプーンで掬い、気合いをいれて呑む。ああ、美味しい。テオ君は、とても料理が上手になったな。だが、それ以上に競り上がる吐き気が辛い。

飲み込むと同時に、舌の付け根がグッと持ち上がり、食道がひっくり返るような感覚が襲い掛かってくる。それを耐えて、スプーンを持つ手を機械的に動かす。

「鹿、美味しい?」
「ああ、美味しいよ」

ソワソワとこちらを伺うテオ君に笑いかけると、彼は嬉しそうに笑う。

「ここに来てから沢山食べられるようになったね」

全てなくなったスープ皿を見て、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべているテオ君に、罪悪感が湧き上がる。

でも、耐えられない。今日も僕は残酷な事をする。

「うぐぇっ」

朝食後、奉仕活動の仕事があるためテオ君はいなくなり、自分の部屋に戻っていた。部屋の中に置かれている桶の中に突っ込んで、胃の中身を吐き出す。胃液とスープが混ざった液体が、食道を逆流する不快感に涙が滲むが、胃の中が空っぽになる感覚を感じると同時に妙な安心感がわき上がる。

「ふぅ……」

頭を上げて一息つく。吐くと同時に酸欠になっていたようで、頭がガンガンと痛い。息を吸い込むと、胃液の酸っぱい匂いがして気持ち悪かった。

「失礼します」

不意に横から現れた腕が、床に置いた桶を持ち上げる。振り返ると、そこにはラス君と僕が【羊】と呼ぶ兵士さんがいた。

「桶は君が用意してくれたんだね。ありがとう」
「また、花瓶に吐かれたら困りますから」

ツンデレ乙とか思いながら笑っていたら、いつの間にか移動していた【羊】さんに、汚れた口元を拭かれ、薬湯を差し出された。

「ありがとう」

【羊】さんは薬湯を作るのが上手だ。綺麗なグリーン色の薬湯を口に含み、ウガイを何度か繰り返すと胃酸で焼けた喉の痛みがましになる。【羊】さんは黙礼すると、ラス君から桶を受けとると部屋から立ち去って行った。

「厠まで耐えられませんか」
「ゴメンね」
「テオには気付かれたくないんでしょうが、気を付けてください」
「ゴメンね。耐えられないんだ」

最近、吐き気が酷い。以前は厠で処理していたが、今はそこまで我慢できない。理由は分かっている。此処には神官長様達がいないからだ。僕を罰してくれる人がいないから
……。

「俺が……」

黙っていたラス君が剣を抜き、切っ先を目前に突き付けてきた。意味が分からなくて、鋭い刃をボウッと眺める。

「俺が奴等の替わりにしましょうか?それで貴方の心が少しでも晴れるなら……」

刃越しにラス君の顔を見る。その顔は相変わらず感情が浮かんでいなくて、硝子のような瞳をしていた。その瞳に、僕が写っているのに気付いた瞬間、恐怖が体を駆け巡る。

「い、い、や、止め、止めて」

ラス君の姿と、記憶の中の人々とが被る。彼にまでされたら、きっと僕は耐えられない。

暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い

「鹿さん!すみません!馬鹿な事を言いました。何もしません!何もしないから!」

気が付くと、僕はラス君に抱き締められていた。

「あれ?」

ラス君の男前な顔が血だらけになっている。どうしたんだ?

「ラス君、血だらけじゃないか。一体どうしたんだい?」
「鹿さん……」
「痛いだろ?今、治してあげるよ」

差しのべた手は、ラス君に握り締められた。不思議に思いながら、ラス君を見返したら彼は首を左右に振った。ああ、そういう事か……。

「ごめんね、また迷惑をかけたね」
「迷惑なんて……言わないでくだい」

ラス君の涙が頬に当り、流れて落ちた。






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