短編小説
閑話【少年SIDE】
今日も帰ってきた酒天様は、酷く傷付いていた。体中が切り裂かれていて、血の臭いが漂う。
薄っぺらい布団の中に力無く横たわる酒天様を皆で囲んで心配すると、酒天様は「心配するな」と言って笑ってくれる。
体が辛い筈なのに、僕達が泣きそうになると、そっちの方が悲しい顔をする。頑張って泣くのを堪えて唇を噛み締めて頷くと、酒天様は「偉いぞ。しけた顔よりマシだ」と言って頭を撫でてくれた。
けど、やっぱり体は辛かったみたいで、酒天様はそのまま眠りについた。
酒天様の寝顔を見ながら歯軋りする。
あの糞看守…。異常性癖者のアイツは、酒天様に執着し毎日事あるごとに傷付ける。
ある日は鞭で打ち据え
ある日は切り付け
ある日は殴り付ける
枷さえなければ、あんな奴に好き勝手にされないのに…。酒天様は強くて凄いのに!悔しくて悔しくて、仲間達と唇を噛み締める。
「陸蔵…」
「分かってる」
兄ちゃんに目で合図されて頷くと、仲間達に肩車された僕は通気用ダクトの中に入る。兄ちゃんは布団の中に枕を突っ込み、幻覚をかけた。
すると、布団の中に俺が眠っていた。
兄ちゃんの枷は幸いにも、僅かにヒビ割れていた。そのおかげで、一度だけなら幻術が使えるのだ。
仲間達に頷いて手足を動かし、通気用ダクトの中を這いずり目的地に辿り着く。
そこは小さな物置だ。何故か此処にある棚の中には、傷薬や化膿止めが等の薬品がある。どうやら誰かが俺達が来るのに気付き、わざと薬を置いているらしかった。
毎回そこから必要な量を持ち出して手当てしているのだ。
毎日量が減っていたり包帯が無くなったりしたり、逆に処置で汚れた布や空の薬瓶を置いていったりしているのに誰も騒がない。
毎回来る度に補充され、ゴミは片付けられている。時々お菓子が置いてあったりするから、誰かは自分達に好意を持っていると分かる。
僕達は、誰かは香坂という看守じゃないかと思っている。今まで何回もアイツから助けてくれた良い奴だ。
中に入ろうとした瞬間、誰かが入ってきて慌てて戻った。
慌てて身を隠すと、入って来たのはアイツだった。格子越しに睨み付ける。
全ての元凶であるコイツ。コイツさえいなければと、苦々しく思う。視線に殺意を込めていると、アイツがとった行動に息を飲んだ。
紙袋を片手に持ったアイツは、何かを取り出した。机の上に置いたのは傷薬だった。
切り傷の薬に化膿止め。次々に薬品や包帯等を出し、それを棚の中に入れて行く。
毎回、酒天様の症状にあった薬が置いてあるはずだ。加害者本人が用意してるんだから。僕は漏れそうになった声を飲み込む。
まず最初に思ったのは「何故?」だった。
何故アイツは薬を用意していた?
何故アイツは僕が来る事を知っていた?
何故アイツは僕を捕まえない?
息をのみ、観察する。
薬を入れ終えたアイツは、机にもたれ掛かると、制帽を脱いで胸元でクシャリと握り絞めた。
俯いた顔は分からない。肩が震えている様に見えた…。
チラリと見えた顔は、今までの冷徹な顔が嘘みたいに憔れていて…。
後悔とか罪悪感とか色んな感情が混ざってグチャグチャになって、無理矢理それを押さえ込んでいたような顔だった。
やっておいて何を後悔してるんだと憤慨した。
けど、その顔があまりにも寂しいそうで辛そうだから。何だか悲しくなった。
あの顔は兄ちゃんと同じ顔だ。自分の気持ちを押し殺して、浮かび上がるのを必死に押さえ付けて。歪んでそれが噴出するのが紙一重な状態。
施設に押し込まれていた時に、時々兄ちゃんが浮かべていた顔とそっくりだ。僕を殴りながら、影で糞ったれな人間達に虐待されていた兄ちゃんの顔とそっくりだ。
自分自身を恥ながら嫌悪している顔だ。
アイツはギュウッと自分の体を抱きしめていた。一人で傷付けるように抱きしめる様子すら、兄ちゃんとソックリで、とても小さく見えた。
大丈夫だよと言いたい。
悲しくて痛くて辛かったなら我慢しなくてもいいんだよ。
酒天様が守ってくれる。
広い背中でギュウッてしてくれるから、こっちにおいでって…。
手を握って言いたくなった。
昔、仲間達が僕達にしてくれたみたいに。
けど、アイツは全てを押し込めるように制帽を被ると立ち去ってしまった。
何で酒天様を傷付けるの?
何で傷薬を用意してるの?
何で悲しい顔をするの?
降り立って棚の中を見ると、そこにはいつも通り薬品がヒッソリと置かれていた。
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