月日が経った
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とても身近にいるものの死を実感した時、私はそれが余りにも非現実的なものの様に感じ、死んだという現実を受け止める事が出来ないでいた。
 目の前を通っていく棺桶から覗くその蒼白な顔も、もしくは瞑った美しいその瞳も心も何もかも、何も無かった事に為る等私には考えられない事なのだ。其れ故私は、それが事実であるのだと認識するのに、かなりの歳月を費やす事と為ってしまった。
 はじめて死を実感した時に感じたあの虚無感と空虚な気分は、自らが其れを否定し防衛するためにとる一種古来から伝わる輪廻なのであると思う。昔の記憶をぼんやりと思い起こしながら、重く圧し掛かる思いに眉を顰め、私は紅茶を一杯口に含んだ。

「物思いに耽っている様だね」

中学の頃同級生だった眼鏡の條原は、十年ぶりの再会を果たし今私の家を尋ねてきていた。かなり久しぶりの再会であるにもかかわらず、しかし彼は昔から変わらぬ独特な雰囲気を保ちながら、私を茶化すように高良かに笑う。

「もう忘れたらどうだい? 十年も前の話だろう」

カツンと一つ、紅茶のカップをテーブルに置く無機質な音が響く。彼の鋭いながらも芯のある優しげな瞳が、私の心をしっかりと掴み、そして振るわせる。
 嗚呼、確かに私は今でも忘れられないのであろう、あの甘味為る誘惑的なあの記憶と、美しげでセピアな残像の数々を……。

「無理に、決まっているだろう――」

 私の口を小さな溜息が付き、そして風と成り静かに消えていった。自らの視線が壁に掛けられている写真にいっている事に気付きすぐさま反らすが、彼は私のその視線を逃す事は無く、私を静かに見つめる。彼の視線は何処か寂しそうでありながら、思いやりと悲哀に満ちていた。
 その瞳を見つめていれば、朝の静かな空間とそれらが混ざり合い私に重く圧し掛かり、そして冷たさと緊張を齎す。私は今試されているのだろうか、それとも私は何も考えずに、只生きる事だけを強要されているのか? そんな答えの無い疑問ばかりが、流れる様に自らの脳裏を掠めていった。

「好きだったんだろ? ……あの子の事」

 声が空間を切裂き、新たな時空を作り上げる様に、彼は私に言葉を投げかける。其れは私には重く、悲しく、理解し受け入れるには時間がかかる事を強要しているようであり、今の私には未だ時間が足らないのだ。だからこそ、十年という月日を賭けても未だ尚、彼女の姿を道端や街中の少女たちの雑踏に捜し求め、心の奥底の影を取り除く事が出来ない。
 今の自分の心をそのまま考え、私は涙が流れたのを感じ取ってしまった。情けない自分が憎らしい、そう思えど思えども、私は自分の生き甲斐すら見出す事が出来ない。ならば涙を流したとて感情が変わるわけでなし、只彼が私を見てなんて思うかなど考える余裕があったとしたならば、私が彼女の事を愛していたと言う事を、彼が深く理解してくれていると嬉しいと思っただろう。

 ふと、棺桶に入ったあの彼女の血の気の引いた横顔を、私は涙で滲んだ景色の中にぼんやりと見たきがした。


恋し人の姿や、涙に映りて



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