心の外
其の日一日は僕にずっと付き添う様に名無しに言った。でもさせる仕事とかも其処まで沢山有る訳じゃない。只応接室に閉じ込めるだけと言う考えもあるのだが、其れは幾分曖昧な動機過ぎやしないだろうか。
「ちょっと、ここでまってて」
「え? 何処行くの?」
「下駄箱」
群れている、予感がした。
名無しをチラリと降り返れば、彼女は少々悲しそうな表情で僕を見てくる。……ずっとあんな風に僕を見ているならば、僕は何時か名無しを壊してしまうかもしれない。
名無しをじっと見ていると、そんな衝動に狩られた。
「……咬み殺したい気分なんだ」
「そうか、分かったよ……」
待ってるね、なんて無邪気に言う君。ハッ、馬鹿名無し。周りの人間を、じゃ無くて、……名無しを、なのにね……。
応接室から抜け出して、廊下を一人歩く。彼女と歩いた廊下よりか、幾分寒く感じられた。
「そうそう」「だよね」
再び、咬み殺す対象だった人影が見えたが、下駄箱付近に居た女子たちは僕の姿を見るなり飛ぶようにクラスの方へと姿を消す。何をしているんだか。
怪しまれるような行為をしているのは君達の方だろ。
「……寒っ」
風が吹いてきた。頬に吹き付ける風が強く寒く感じられる。普段は応接室の暖房で防げるのだが、今ここは廊下だ。
咬み殺す標的が居ないし、下駄箱と言ってしまったわけだから戻るしかないか。否、戻ろうか……。
自分の動機が幾分か不順し、可笑しいと感じる事が有った。自分は本当は何をしたいのか、何をするためにここに着て、何を如何したいのか。
偶によく分からなくなる。
「恭弥!」
「……」
応接室に戻れば、顔を綻ばせた名無しがソファーに一人。そう言えば、いつから名無しを知っていたっけ? というよりかは、何時からここに名無しを呼び寄せる事になったのか。
「ねぇ恭弥、今度遊園地行かない?」
「突然其れ」
僕の考えを差し置いて、名無しは行き成り変な事を言う。遊園地なんて、混んでいて人だらけでヤダよ。
「遊園地に居る人、全員咬み殺しても良いって言うならば、行くけれど?」
「何其れ、そんなに否なの?」
ん、ちょっと待てよ。
「やっぱり、良いよ」
「ぇ」
そうだ、良い事を思いついた。遊園地に連れていって、名無しの他の顔も堪能し様ではないか。こんなに頼もしいイベントは無い。
僕の言葉に君は目を輝かせる。そんなに行きたかったんだね、大丈夫……僕が連れていってあげるからさ。
「じゃぁ今度行こうか、学校が休みの日とかに」
「うん」
名無しは本当に嬉しそうに僕を見てくる。嗚呼、そんな顔をしないで欲しい。何時か僕は、君を如何にかしてしまいそうで怖いのに。
でも、名無しが大切であるが故に、結局は何も出来ないかもしれない……。何かし様なんて考えてはいないけど――そんな気持ちが湧き上がってこないとも言いきれない。
「他に仕事ある?」
コロコロと、話題が変わる。
今度は名無しは仕事をする気なのか。何処までもマイペースな娘だ。
「仕事ねぇ、じゃあ其の書類片付けて分類しておいて」
「はーい」
本当は、今僕が書き終わった書類を職員室前のロッカーの上に置いて来てって言いたかったけれども。其れだと彼女が何処かに行ってしまう可能性が高まってしまう。
至極楽しそうに名無しは部屋の片隅に散らばっている書類を片付け出す。一枚一枚、しゃがみ込んで片付けていく彼女の姿を見ていたら、やはり何処にも出したくなくなった。
「名無し」
「ん?」
ゆっくりと振り返った名無し。静かに微笑んで、僕は言う。
「楽しみにしているよ」
何が? という顔をする名無しと、そんな彼女を楽しそうに見つめる僕と――。酷く対照的な表情を顕す。
遊園地。そうだ、群れるのが否ならば、遊園地を貸しきるか。いやいや……名無しがなんだか嫌がりそうだ。ならば僕が我慢をするか?
君と遊園地に行く事ばかりを考えていた性か……サインしていた文字が、何時の間にか「遊園地」になっていた。
嗚呼、しまった。
beforafter
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