応接室
咬殺した後、草壁の用件を聞こうとしたが、先ほどと同じく「何でも無い」と言い張った。無理に聞こう等という気は起きないわけで、其のまま流す。と言うよりかは、今の僕の頭の中は名無しの事で一杯だったかもしれない。


「辛いんだけど」
良く分からないけどさ。


自分でも良く分からないが、心の奥深くがずきりと痛んだ。名無しの表情が巡るたびに、思い起こすたびに、心か良くわからない奥が痛むのだ。

もう日が暮れて夜になる。
夕暮れの並盛の景色をぼんやりと窓から眺めながら、僕は不意に頬に手を向けた。

「……名無し」


送っていったときに名無しがキスを落とした其処の肌に再び触れて、微かに熱を孕んだ事を思い起こす。僕らしくない、らしくない。

そう思えど、其の気持ちは晴れる事を知らなかった。

夕暮れ。直ぐに夜が来る。
そして一日が終わり、朝が来る。
このサイクルが繰り返されて、昔を僕はどんどんと忘れていくのだろう。昔見せた名無しの表情も、昔言った彼女のことばも何もかも……月日がたてば薄れて消えて行ってしまう。

そう思えた。





「おはよう」
「おはよう名無し」

そう、そしてまた朝には名無しが学校にやってくる。無邪気な顔して色んな人に笑顔を振り撒いて……。少しだけ、腹立たしい。

「委員長」
「……何」
「気になるんですね」

草壁は、応接室の窓から外を……否、名無しを眺める僕に声をかけた。別に、気になっているわけじゃない。気になんて、なってないよ。

「別に」

其れでも窓の外。挨拶をして多くの男共に絡まれる彼女を見ていたら――苛々してきた。
彼女の傍に居る全ての生き物を……咬み殺してしまいたい。そしてこの地球上から、全て消えていなくなってしまえば良いのさ。彼女の傍に居る全て。僕以外の全てが。

「……草壁」

「はぁ、なんでしょうか」

彼女の様子を、ここで見ているのが否になった。
風紀の仕事をしている最中であっても、べとべとして彼女にくっ付くのは風紀を乱す立派な行為。其れを排除するのも、風紀委員の仕事の一貫だろ。

「ちょっと、行って来る」
「い、委員長――」

言いたい事があるならしっかりと言いなよ。でも、聞いてはやらないけど。
草壁の言う事を無視してドアをあけて出て行けば、僕は一目散に名無しの元へと向かう。自分でも分かるほどに、僕は急いでいたと言うよりかは、焦っていた。




「名無し、今日あいてる?」
「え? う、うん……でもなんで?」


下駄箱付近。彼らは予想以上に群れていた。
良く見なれた茶色の頭の「沢田」と其れに付き添う忠犬「獄寺」が、名無しの傍に寄って話し掛けていた。別に、話しかけるまでならば……未だ我慢できる。でも――。


「実は、ちょっと名無しも交えて勉強会をしようと思ってさ」
「へぇ――」
「十代目の言う事は絶対だぞ、断んじゃねぇぞ名無し」


半場脅しのようにすら聞こえる其の其の遣り取り。心なしか彼らの表情は非常に卑しく見えた。じっと見ていられずに、僕は彼らの前に立ちはだかる。
周りに居た取り巻き立ちや生徒はそそくさと逃げ、沢田は一瞬顔を強張らせたが、獄寺はいがみ立つ。

「ねぇ、其処の君立ち……群れていると咬み殺すよ?」
「んだとコノヤロ――!」
「ちょっ、獄寺くん!」

僕に掛かってこようとする獄寺を宥めようとする沢田と、その彼らを眺める名無し。少々状況が今一掴み切れていない様である。
良く分からないと言う様に、僕に視線を送ってきた。

「おいで名無し、こんな野蛮な奴らの元に居たら何されるか分からないよ」

僕の言葉に少しむっとしながらも、名無しは僕の横に来る。素直な其の性格が、僕を引きつけて止まないのだろう。

「っテメェ!!」

だがそんな僕との遣り取りを見ていた、もしくは聞いていた目の前の彼らは、今にも掛かってきそうだ。其の様子では、彼らは名無しの事が好きなのだろう。
でもだからって



独り占めはさせないから。


だって。


名無しは僕の物だもの。

beforafter

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あきゅろす。
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