散歩道
結局僕は押し切られる形となって、名無しをバイクへと乗せる。なんて僕は甘いんだ、あれだけ自分に念押しして、何かあったら大変だからって思っていたのに……簡単にその自分の言葉を思いを、破ってしまうなんて――。


「風がきもちー」
「しっかりと掴っていなよ」

小さく吐いた溜息は、きっとバイクの音と共に掻き消されてくれた事だろう。逆にそうでなくては困る。

回された名無しの腕がきゅっと閉まると、なんだか少しくすぐったかった。変な僕。何考えてんだよ……名無しと今度遊園地行こうだなんて、その時何に乗って何をしようかだなんて、早過ぎるし、僕の考えが可笑し過ぎる。僕の柄じゃ無いや……。


「どうかした? 恭弥」
「……、いや、何も」

微かに、笑いが漏れてしまった。自分が情け無いと言うよりかは、何処までこの少女に溺れているのかと……そう思うと笑えてくるよ。


―――


「さ、買ったら早く帰るよ」
「うん、買ってくるね」


名無しを近くのコンビニの前で降ろし、僕はこっちに手を振って嬉しそうに小走りでコンビニの中に入っていく名無しを見つめた。……薄着させなくて良かった、なんて安心しているのも束の間、コンビニに入っていった名無しを、何と無く目で追っている男が目に入った。

汚らわしい……何見てんのさ人の物をじろじろと。


……名無しに言ったほうが良いだろうか? でも今から中に入って中で暴動を起すのは如何だろう? 名無しは暴力が嫌いだから、そんなことをしたらもしかしたら僕のことを嫌いになってしまうかもしれない。

そういえば、初めてあの子に合った時から、僕を怯えた瞳で見ていたきがした……暴力に溺れて生きていた僕を、君は―――。



「恭弥!」
「!!」
「はは、何ビックリしてるの?」


急に目の前に現れた名無し、僕の肩をぽんと叩いて、にこりと笑った。

「早く帰ろうよ、もうかったから」
「……大丈夫だったの?」
「は?」
「……君の事を、見ていた奴が居た」

僕の言葉を聞いてへらりと笑った名無し。対して重要な事と考えていないのであろうその様子が、少しだけ腹立たしかった。

「そんなのナイナイ、恭弥の見間違えだってば! ほら行くよ、私を家まで送っていってよ、恭弥!」

まるでおちょくっているのかと言いたくなるその態度、だが僕は渋々バイクに乗る。後に名無しが乗ったのを確認してから、僕はバイクを走らせた。


「はやーいはやーい!」
「少し黙ってて、振り落とすよ?」

僕の声に小声で「ケチ」と吐き捨てながら、しっかりと僕に抱きつく名無し。口でいろいろ言っていながらも、ちゃんと女の子らしい態度も取れるんだね。
さっきまで感じていた苛々も、どっかの誰かの名無しへの視線の事も、僕は段々と忘れていった……僕が側に居れば大丈夫。今僕の側には名無しが居る。そう思うと、今自分だけが名無しを独占しているのだと言う大いなる満足感が、心の其処から込み上げてきた。


名無しは何処にもやらないよ、だって僕だけのものでしょ?





「名無し、一人で大丈夫?」
「うん、平気、色々と有難う恭弥」

家の前まで送ったら、名無しは静かに微笑んだ。夕日に照らし出されて赤に包まれたならば、何処と無く心が痛む。血の色だって思えば戦闘心が沸き起こる筈なのに、今の僕には郷愁すら覚えさせるものだった。


本当は名無しの家に泊まっていきたい、泊まって一緒に過ごして、キスしたり狂わせてしまいたい……そんな、貪欲地味たクロイモノが、僕の中で木霊する。

でも、そんな事したらどうなるの? 名無しは、きっと僕から離れていく――。


「明日は、学校来なよ」

其れだけ言い残して、僕は踵を返した。バイクに跨る前、名無しが僕の名前を呼ぶ。

「恭弥!」

振り向けば何やら僕に投げられ、うまくキャッチすれば、それは角切りチョコレートだった……チョコレート、甘くてあんまり好きじゃないけど、君がくれたのならば良いかもしれない。


「それ、あげる。草壁と一緒に食べてね!」
「……ハッ、なんで草壁と……」

名無しの言葉に、少々失望。



僕は、一体どんな答えを望んでいたんだろう?


少しの沈黙の後、僕はバイクを走らせて並盛へと戻った。もう夕方だっていうのに、まだ部活動をしている熱い野球部員たちがいる。あんまり夜遅くまで残っている様ならば、噛み殺さなくっちゃね……。



応接室、仕事が未だ終わっていないが故、僕はペンを走らせた。ずっと仕事を続けていると、なんだか疲れてくる……ポケットの中から、僕は名無しからもらったあれを取り出した。

なんだかんだいって、


草壁には秘密で一人でチョコレートを口にした。
口の中に広がるこの味は……ワインだろうか?

beforafter

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あきゅろす。
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