窓の外
僕はそう、きっと苛々していたんだ。最近並盛には平和が訪れ、先日の黒曜の事件から一転して温暖な日々が訪れたというのに。
この気持ちは、きっと僕が苛々しているから、ただ其れだけのため。
「恭弥、如何したの?」
僕は、ぼんやりと校舎の外を窓から眺めていた。何も珍しい事なんて無い、外では弱い草食動物たちが群れているだけ。何、また噛殺せば良いじゃないか。
変わっていたのはそんな事ではなくて、僕の目の前に居る娘、名無しの存在であった。
「恭弥、何で無視するの?」
「……別に、無視してない」
苛々する。この少女の存在があって。否ではない筈なのに、何故か僕の周りを付きまとってくるこの少女の存在が、僕の気持ちを苛々させていた。
「お願いだから、声をかけないで」
「ぇ? ……うん」
丁度、提出するために書類にサインをして居た所だ。僕は全ての文章にサインを施してから、ペンを持つ手を一端止めた。
如何しても気になるのだ、僕の目の前にいる少女……名無しのことが。
「ねぇ、……」
「ん?」
僕が声をかければ名無しは僕の目を見てしっかりと言葉を聞く。無垢で汚れ無き其の姿勢は、確かに心引かれるものがある。でも……それ以上の何でも無いと思いたい。
「何でも無い」
何を言おうとしたんだろう、僕は。君に言いたい事があったはずなのに、その言葉は僕の口から出てくる事は無かった。嗚呼、本当は君に伝えたい事があった筈なのに。
ソファーに向き合って座れば、じっと僕の手元を見つめている君が目に入る。君がそこにいるだけで、気にしてしまうのさ、如何しても。――否応無しに、気になってしまう。
「――終わった」
「やっとかぁ」
「何? 君は何もやって無いくせに」
まるで自分が書いていたという口振りで話す名無しは、僕を見て薄っすらと笑った。其の笑みに、僕が内心どきりとしたなんて言える筈が無いでしょ。
「如何したの? やっぱり今日の恭弥変……」
「……別に」
もしも今日の僕が変だとしたならば、昨日の僕も、其の前の僕も変だったに決まっている。
君がやってきてからは、ずっと僕の調子は狂いっぱなしだ。自分のプライドも何もかも、君の傍に居ると狂って如何にかなってしまいそうな気すらするんだから。
名無しから視線を反らせば、君はクスリと笑った。何笑ってるのさ、なんてつっこんではやらないよ。あくまでも、僕は何にも興味は無いし、……持ちたくない、
「この書類、持ってってくれる? 名無し」
「えー、量が多いっ、」
「じゃあ半分は僕が持っていくから」
机の上に山角にされている書類を果てし無く遠い瞳で見つめる名無しと
そんな名無しを、楽しそうに見つめる僕。
応接室から見える桜の木に止まっていた鳥が、擦れた声を出して鳴いた。
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