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小ネタ
神様は棺の中に その後
「ちょっといいかな? 大事な話があるんだけど」

リビングのソファーで寝転がっているオアクテを、雪は仁王立ちに腕組みで見下ろしていた。

「ん? なんだ」
「一度はっきりさせておきたいことがあるんだけど……って、一回その本置いてもらえるかな」

オアクテが夢中になって読んでいたとある作家の全集を取り上げ、雪は無理矢理にでも自分へ注意を向けさせた。
オアクテの澄んだ目が雪を見る。これから何を話すのだろうと期待を込めているようにも思えた。

「えっと、その……あなたは本当に神様なんだよね?」
「ああ、その通り。なんだ、君はまだ私のことをただの変人だと思っていたのか?」
「だって神様という割に、やってることは日がな一日本を読んだりしてるだけじゃないか」
「ちゃんと夜は君と愛をはぐくんでいるじゃないか」
「そういうことじゃなくて! いいか、今のあなたは完全にヒモにしか見えないよ」
「なにせ今の私には何の役目もないのだから仕方あるまい。だが君の役に立てるのなら何でもするつもりだ」
「何でもと言われたってなあ……」

急にそんな提案をされたところでして欲しいことなどそう簡単には浮かんでこない。雪はしばらく頭を悩ませたが、不意に以前実験したとあることを思い出した。

「そういえば、どこの国のどんな言葉でも分かったよね」

言葉の神であると自称するオアクテの言葉が本当であるかを確かめるため、雪は以前録音した各地域の言語をオアクテに聞かせたことがある。

結果はといえば、オアクテはすべて的確に翻訳して見せた。どんな地域のどんな複雑で入り組んだ構造の文章でもだ。

たとえどれほどの天才であってもこんな芸当はできまい。ある意味オアクテの主張の正しさが証明された瞬間でもあった。

「あの時は音声で実験したけれど、文字でもおんなじことをするのは可能かな?」
「おそらくできるはずだ。だいぶ文字という概念にも慣れてきたところだからな」
 
オアクテには当初文字と言う概念はなかった。それはあの南国の島には、かつて文字というものは存在しなかったからだ。

そのためオアクテも初めて文字を言葉であると認識したときは、かなり混乱しているようだった。しかし今では、積極的に文字を――おもに雪の蔵書で――取り込んでいくことで、初めて触れる文化すらも自分の能力に置き換えることが可能になったようだった。

「それじゃあちょっと試してみようかな」

雪はやけに嬉しそうにしながら、本棚から一冊の本を取り出してくる。そしてパラパラとページをめくり、何か文字の書かれた石板が大写しになった写真をオアクテへ見せた。

「これ、なんと書いてあるかな?」

雪はオアクテに尋ねながらわずかに意地悪そうな笑みを浮かべた。

石板に刻まれていた文字、それはいまだ解読のされていない未解読文字だったのだ。果たしてそれをオアクテが読み解けるかどうか、半信半疑ではあったが雪は試してみることにした。

「これは、『東の空に赤い星が出た。これは凶星なので今年は凶作になるだろう』と書いてあるな」
「え、そんなあっさり分かるの?」
「分かる」
「そ、そうか。それじゃあこれは占いの結果を記録してあったのか……」

しばし石板の写真を見つめていた雪だが、不意に顔を上げると何か慌てたようにオアクテへ詰め寄った。

「この場合、この文字を初めて解読したのって僕たちになるわけだよね!」
「そうなのか? まあそうかもしれないな」
「ど、どうしよう! 世紀の大発見だ。教科書に名前が載るよ!」

喜ぶ雪だが、それがぬか喜びであるとすぐに気づいた。

「待て、これをどうやって発表するんだ? まずは論文を書いて学会に提出? でも言語学の研究なんてしてないのに? というか原文と訳がどう対応するかなんて分からないぞ」

雪はしばし考え込み、やがて持っていた本を静かに閉じてもとあった場所へしまった。

門外漢の人間が、急に根拠もなく未解読文字を解読できたなどと言ったところで、ただの世迷言と片づけられるのが関の山だ。

「どうした? 読まない方がよかったのか?」
「ううん、そうじゃないよ。でもやっぱり僕には荷が重いかな。この手柄はいつか知り合いの言語学者にでも譲るよ」
「よく分からないが、あまり気を落とすな」

雪の表情は、餌を前にひたすら待てをされている犬のようで、見ている者の憐れみを誘った。

そんな雪を励ますように、オアクテは頬へ軽いキスをするのだった。

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