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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
4



風があるわけではないのに、木々がやけにざわついている。
常人にはわからないが、山全体をゆっくりと渦を巻くようにして強大な妖気が取り囲んでいるのだった。その渦の中心は、山の山頂付近にある。
いつも仲間たちが集まっている川べり。妖気の渦中で瞑目していた三成の双眸が、徐に開かれた。妖気の流れに乗って、白い羽が目の前で踊る。右手でそれを捉え、じっと見つめてふっと息を吹きかけた。
途端に羽が青い狐火に包まれ、あっという間に灰になる。灰白のそれが渦を巻き、手を翳すと渦の中心に山道を進む討伐軍の姿が映し出された。
興味もなさそうな顔をして渦巻いていた灰を右手で払うと、武装した人々の姿は煙に巻かれるようにして見えなくなった。荒々しく流れていた妖気も唐突に凪ぐ。地に足を付けた三成は、未だ波が収まらない川面をじっと見つめた。



****




山に入るとすぐに、辺りは暗闇に満たされた。まだ日が沈んだわけではないが、生い茂る木々が山肌から見えるはずの空を覆い隠してしまっている。
無言で歩を進める軍の列の真ん中辺りに慶次はいた。辺りに注意を配りながら進んでいるものの、今のところ不審なものは何も視界には入っていない。そろそろ目新しいものでも見えてこないと、森の景色に飽きてしまいそうだ。
暫く周囲は兵たちが落ち葉を踏みしめる音で満たされる。慶次の脳裏には、出立前に秀吉と交わした会話が甦っていた。



「慶次、これはわしの突発的な思いつきじゃから、無理じゃと思ったら聞かなかったことにしてくれて構わん」

突然秀吉から直々にお呼びがかかり、珍しいこともあるものだと出向いてみたら最初に秀吉が放った言葉がこれだ。
怪訝そうに首を傾げる慶次に、秀吉は大真面目に続けた。

「正直わしは、この遠征で討伐が成功するとは思っとらん。お前らの力は申し分ないが、相手はあの三妖じゃからのう。――じゃが、その三大妖のうち一匹でも使役に下すことができたら、話は違うと思うんじゃ」

突飛すぎる提案だった。誰一人としてそんなことは考えていなかっただろう。遠征に少なからず不安を感じていた者は多い。しかし、だからといって討伐対象の妖を使役にしようなど。
たしかに相手が妖であれば、使役にできる可能性は無くはない。だが、話が通じる相手だとも思えなかった。使役とするためには人間が力づくで妖を屈服させるか、妖に主と認めさせるだけの力を見せて自ら麾下に下らせるかしかないのだ。

「そう簡単に言うがねぇ……」

さすがの慶次も渋面を作った。それを見た秀吉が慌てて手を振る。

「無理ならええんじゃ!軍への被害が広がりそうなら、むしろやめてくれ。ただ、もしかしたら……とな。ちょっと、心の隅にでも置いといてくれんか」

そう言って秀吉は、いつものあの人懐こい顔で笑った。



思案にふけっていた慶次はふと現実に引き戻される。気が付けば辺りにはうっすらと霧が漂っていて、前に進んでいたはずの列がいつのまにか歩みを止めていた。今歩いている道は普段から交通路として利用されている道で、山道ではあるがそれなりに歩きやすい緩やかな上り坂なのだが、一体どうしたのだろう。このくらいの霧なら迷うこともないだろうに。
掛け声と共に松風が走り出す。一気に先頭に追い付いた慶次は、大将を務めている男を見下ろした。

「どうしたぁ?ここまで来て怖気づいたんじゃあねえだろうな」

冗談交じりの声音にも返事がない。それどころか、男の顔は青ざめて体が小刻みに震えている。
さすがにおかしいと思った慶次は、男の目が前方の一点を見据えていることに気が付いた。
その視線を追って僅かに瞠目する。霧の向こう。坂道を登った先の路傍に巨大な岩がある。その上に、誰かが腰かけているのだ。
妙な威圧感を感じた松風が鼻を鳴らす。それを宥め、軽い動作で背から降りて前を見据えた。ぽんと首を叩くと、松風は大人しく列の後ろへと下がっていく。
足が竦んでいるのか動こうとしない大将を差し置いて、慶次は二又矛を肩に担ぎ上げると臆することなく進み出る。
すると、岩に胡坐をかいていた人影がゆらりと立ち上がった。霧に霞む視界でも、その頭部に伸びる細長い角が確認できる。ゆっくりと歩を進めた人影がある程度近づくと、突然霧が晴れてその全貌が露わになった。
前方にいてその姿を見てしまった数名が息を呑む。唐突に辺りに妖気が渦巻き、その場にいる全員に圧し掛かった。
凄まじい妖力。これが件の鬼か。
鬼が放つ妖気に圧倒されながらも、慶次は不敵に笑みを浮かべる。それを見た鬼が目を瞬いた。

「私の妖気に怯みませんか」

その口調と声音は鬼とは思えぬほど穏やかなもので、慶次は意表を突かれた。もっとこう、地響きのような恐ろしい声を想像していたのだが。それによく見ると風体は異様だが、顔だけ見れば人間と区別がつかない。
しかしそれだけで安心できる相手ではないことくらいはわかる。凄まじい妖気に当てられて、慶次以外の兵たちは皆地に膝をついていた。逃げ出したくても、腰が抜けて動けないのだろう。
慶次はにっと笑って矛を構える。

「あんたみたいな恐ろしげな妖気の持ち主に会ったのは初めてだよ。だが俺達はそのあんたを討伐に来たんでね。これっくらいでビビるわけにゃあいかねえよ」

「…そうですか。あなた以外は、そうではないようですが」

鬼の視線が慶次の背後へと注がれる。情けない声を上げる兵たちに、慶次は思わず顔をひきつらせた。

「ま、まぁこいつらは普段人間の相手ばっかしてる連中でな。妖見慣れてんのは俺くらいなんだ、大目に見てやってくれ」

言ってから大目に見るって何をだとちょっと思ったが、ここで気迫負けすると勝てるものも勝てなくなる。気力を奮い立たせ、慶次は再び口を開いた。

「で?相手してくれる気はあんのかい?」

「――それは、そちらの出方次第」

唐突に鬼が声を低めた。すると辺りに瘴気が満ちはじめ、瞬く間に充満する。息をすることすらやっとの空気の中で、慶次は無意識に足を引きそうになるのを地に矛を突き立てることでなんとか堪えた。
慶次に据えられた鬼の紅い瞳が輝く。

「ここで引き返すのならば、私はあなた方に手出しは致しません。都までの道中の安全も約束しましょう。退いていただけませんか?」

口調こそ丁寧だが、反論は許さぬと言わんばかりの重圧があった。だがここで退くわけにはいかない。
応えが無いのを否定と取ったのか、鬼は静かに瞑目する。不意にその右手に朱塗りの槍が顕現した。
徐に槍を掲げた鬼に、直感的に危険を感じた慶次は得物の後ろに隠れるようにして身構えた。同時に鬼の槍の柄が地面を打つ。軽い音がしたと思った瞬間、轟音を上げて地割れが発生し、兵たちがひしめいている狭い山道が真っ二つに割れた。
轟音と裂け目に落ちた兵たちの悲鳴とが混じり合い、一瞬でその場は地獄絵図と化した。間一髪横に飛び退いて落下は免れた慶次だが、軍の様相を見て愕然とする。最早戦うどころではない。
悲痛な叫びにも鬼は表情をぴくりとも動かさず、無言のままその様子を見つめている。肩越しに振り向いた慶次は今更ながらに戦慄した。やはり凄まじい力を持っている。

「殺しはしません。今から都に帰って手当をすれば、数日でまた動けるようになるでしょう。……これでも退いてはいただけませんか」

最後の問いかけに、慶次は地に突き立ててあった矛を引き抜いて切っ先を鬼に向けた。

「さっきから言ってんだろう?俺達ゃあんたを討ちにきたんだ。ここまで来ておめおめと帰るわけにはいかないね。――俺の名は前田慶次。一つ手合せ願おうかい、鬼さんよ」

瞑目した鬼がひとつ嘆息する。不意に腕が後頭部に回り、再び現れたその手には般若の形相を浮かべる面があった。

「ならば、致し方ありません」

穏やかだった表情が面で覆い隠されると、辺りに満ちていた妖気が更に濃さを増した気がした。
気迫に呑まれて硬直する慶次に、鬼は姿勢を低くして槍を構える。

「ここから先は我らが領域。人間の世界ではない。これを侵そうというのならば容赦はせぬ。――人の子よ、疾く失せるがいい」

乾いた剣戟の音が鳴り響き、慶次は思わず顔を歪めた。瞬間的に翳した矛は細身の槍と組みあっている。凄まじい膂力で振り下ろされたそれを全身で受け止めてしまい、足が一寸ほど地面に沈んだ。矛を支えている腕の筋肉が悲鳴を上げる。
気合の声と共になんとか押し返すと、身軽に反転した鬼はすぐさま体勢を立て直して突進した。あまりの速度に反応が遅れ、慶次の頬に赤い筋が走る。
横凪ぎに払った矛には手応えがない。舌打ちした途端、背に回った矛の切っ先に僅かな振動があった。
瞠目した慶次が肩越しに振り返る。矛の刃の上に片足で着地した鬼は、柄を下に向けて槍を振り上げた。






仕事を終えた人々は既に帰路についており、内裏は昼間の活気が嘘のように静かだ。
その中で、煌々と明かりが灯っている一室がある。中にいるのは秀吉と利家だった。
利家は都の守護を預かる身として、勝家と共に今回の討伐軍からは外れている。盃の中身を一気に飲み干した利家を見やって、秀吉が口を開いた。

「利家、ここんとこばたばたしとったし、疲れとるじゃろ?今日くらい邸でゆっくりしたらどうじゃ?」

「……慶次が気張ってンのに、一人で邸で待ってられっか」

ぶっきらぼうに言って盃を差し出す利家に、秀吉はからからと笑って徳利を傾ける。中身は白湯だ。
秀吉は討伐軍の報告待ちで待機をしているのだが、利家は本当ならここにいる必要はない。だが行軍を見送ってから利家はそわそわと落ち着かず、勝家に一喝されて秀吉の居室に転がり込んできたのである。
話し相手になってくれるなら好都合だと秀吉も喜んで迎え入れ、今に至る。酒器を用意したのは気分転換だ。なんとなく、漠然とした不安が胸中に凝っている。

「なぁ、秀吉」

唐突に名前を呼ばれて秀吉は顔を上げた。利家はこちらを見てはおらず、その視線はぼんやりと宙を泳いでいる。

「俺ァ、慶次のことは信じてる。あいつは強い。俺なんかよりずっと頼りになる奴だ。でもよ、なんか胸騒ぎがすンだよ……」

独り言のような言葉を聞いて秀吉も驚いた。利家も同じようなことを思っていたとは。

「大丈夫かな、あいつ…」

このような弱音を吐くことは珍しかった。利家は日頃慶次に対する愚痴を零しながらも、どこか彼を尊敬している節があるのだ。恐らく慶次の力を誰よりも知っていて誰よりも信頼しているのは利家だろう。
退治屋として妖たちと対峙した経験から、その妖たちの頂点たる存在の力が計り知れないということもある。今までにもそれなりに強力な妖はいたが、退けられないほどのものではなかった。
だがきっと三大妖はそんなものではないのだ。会ったことはないからわからないが。
悄然と肩を落とす利家の背中を、秀吉が勢いよく叩いた。突然のことに、思わず前につんのめる。

「安心せい利家、慶次はそう簡単に負けやせん!あいつの力を一番知っとるお前が信じてやらんでどうする!」

ちょっと涙目になりながらも顔を上げた利家に、秀吉はにっと笑った。

「なるようになる。なるようにしかならん。わしらに今できるのは、信じて待つことだけじゃ。違うか?」

利家は思わず瞠目した。
確かにそうだ。漠然と不安に囚われていては、心が乱れる。心の乱れは更なる不安を呼ぶのだ。退治屋として常に冷静に妖と対峙することに努めながら、大事なことをすっかり忘れていたらしい。

「……そうだな」

慶次は大丈夫だ。どんな逆境に立たされても、彼が負けたところなど見たことがない。だからこそ利家も、安心して背中を預けて戦ってきたのではないか。

「ありがとよ、秀吉。らしくねえこと言っちまってすまねえ。飲み直そうぜ!」

「ま、白湯じゃけどな」

悪戯っぽく笑う秀吉に釣られ、利家も声を上げて笑った。



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