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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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時は流れ、十数年後。

「出たぞ!管狐だ!」

煙で縁の下から燻し出された妖が牙を剥く。悲鳴をあげた人々は、札を大量に張った板の後ろに大慌てで隠れた。

「そこから出てきちゃあいけねぇぜ」

笑みを含んだ声音と共に、一人の男が進み出る。身の丈七尺はあろうかという偉丈夫で、妖を前にしてその表情は実に楽しそうだった。
人々を守る結界から外れた男に気づいた管狐たちは、一斉に標的を変えて襲いかかる。
風を切る音と共に、男は巨大な二又矛を振り上げた。

「そらぁッ!」

横一閃に薙ぎ払われた矛は、妖たちを全てまとめて一瞬で両断した。耳障りな悲鳴と共に、管狐の体は灰のようにさらさらと零れて消えていく。
様子を見守っていた人々から歓声が上がる。泣きながら礼を言ってくる家主に、男は豪快に笑った。

「慶次ーっ!!」

突如として響き渡った怒号に、男がおや、と振り返る。息を切らせて走ってくる人影を目にして、その笑みが更に深まった。

「遅かったなぁ、利家の叔父御」

呑気な口調でそんなことを言われ、駆け寄ってきた利家は荒い息をついた。
肩に二又槍を担ぎ上げた慶次を、ぎろっと見上げる。

「お前、何でそうやって命令が下る前に勝手に討伐しちまうンだよ!」

「散歩してたら、奴らが何やら深刻そうな顔で話し合ってたもんでねぇ。ちょいと手助けしてやったまでよ」

悪びれる様子もなく言ってのける慶次を見て、利家は深々と嘆息した。

「あのなぁ、お前は一応帝の直轄軍に所属することになったンだ。ちったぁ周りに合わせてくれなきゃ困るぜ」

「その直轄軍に入るときに条件は付けたはずだぜ?基本的には俺の好きにやらせてもらう、ってな」

にやりと笑った慶次は利家の肩をぽんと叩くと、歓喜に沸いている民の方へと歩いて行ってしまう。引き止める言葉が見当たらず、利家はがっくりと項垂れた。
慶次と利家は妖の退治屋である。昨今は妖たちの台頭が著しく、内裏ではその対応に手を焼いていた。陰陽寮だけでは手に余ると、各地で退治屋として名を馳せている猛者たちを集めて帝の直轄軍としたのだ。その中に二人は含まれているのである。
なのだが、利家は従順に兵としての役割を果たしているものの、この慶次はなんとも自由な男で、帝の命など無視して妖退治に出向いたり、命があっても気乗りしなければ出陣しなかったり。おかげで身内の利家にとばっちりが来る始末だった。
それでも彼を軍属にという声が強いのは、慶次の退治屋としての実力が都随一だからである。その働きはまさに一騎当千で、帝も一目置いているのだ。
やるときはやるので、利家の上司である勝家も慶次の素行には目を瞑っているのだった。

「ったく…あの野郎…」

何度目かわからない溜息をつきながら、民と談笑する慶次の背を見つめる。
なんだかんだと言って、彼の実力は本物だ。利家とて相当な手練れである。だが、身近に彼のような男がいれば、羨ましく思うのは当然のこと。

「次は、手柄は渡さねえぞ」

心ひそかに決意し、拳を握りしめた。





都の外れで起きた騒ぎを、内裏の屋根から見下ろしている人影がある。管狐が出たが何者かが既に到着して退治をしているらしいという報が飛び込んできて、電光石火の勢いで利家が飛び出していく辺りから一部始終を見守っていた。

「孫市!」

笑みを含んだ声音に呼びかけられ、孫市と呼ばれた男は視線を下に向ける。見慣れた顔がこちらに向けられ、手を振っているのが見えた。
身軽な動作でそのすぐ横に着地する。手を振っていた男はにっと笑った。

「相変わらずの身のこなしじゃのう!見事じゃ!」

「用事ってのは何だ?秀吉」

「おお、そうじゃった。まぁ入れ」

秀吉に促されて広い部屋に通される。人払いが済ませてあるようで、二人以外に気配はない。孫市は足を崩してどっかりと腰を下ろした。
秀吉は殿上人たる左大臣の地位についている。一介の傭兵である孫市程度では会うことすら叶わないような身分だ。このような姿勢は当然不敬。だが、二人ともそんなことを気にする様子はない。
昔馴染みの友人に会うのに、しきたりなどはどうでもよかった。
暫し世間話や色恋沙汰で話題に花咲かせていた二人だが、秀吉がすっと表情を引き締める。

「最近、都の妖共が活発になっとるっちゅうんは、お前も知っとるじゃろ?」

「そうみてえだな。さっきも一悶着あったらしい」

孫市の言葉に、秀吉は声を上げて笑う。

「慶次と利家か!退屈せんでええぞ、あの二人は。実力も確かじゃ。……が、そう呑気なことを言ってもいられん事態になってきとる」

十年程前から、都に現れる妖たちは徐々に数を増やしていった。最初は誰も気にも留めていなかったし、生活に影響が出るほどではなかった。そもそも、霊力を持たない者はその姿を視ることさえできなかった。
しかし、最近は違う。妖たちの激増により都の内部で妖気の濃度が高まり、その姿は平常時、常人の目にも映るほどになってきたのである。
妖たちが増えれば穢れが強まる。陰陽寮が総力を以て抑え込んではいるが、いつ暴走が起きてもおかしくはない状態だった。
更に、都の守護が弱まっているのか、最近では疫病や天災も年に一度くらいの割合で起こるようになっている。民たちの間で妖を掃討せよという声が高まるのに、そう時間はかからなかった。
秀吉は勢いよく孫市に頭を下げる。

「この通りじゃ、孫市!お前の力が必要なんさ。一時でも構わん。信長様の直属軍に入って、大元の大妖共を退治する力になってほしいんさ!」

切実な訴えに、孫市は眉を顰めた。

「俺が信長を認めてねえことは、お前が一番よく知ってるだろ?」

「わかっとる。それでも、これが御上の御意向なんさ。頼む!」

この話題が来るとわかってはいたのだが、いざ来られるとやはり渋ってしまう。孫市は参ったといった風情で後頭部を掻いた。
都では昔から囁かれている噂があるのだ。この世の全ての妖は、三匹の大妖に従っていると。真偽のほどは定かではない。しかし、民たちの間で「この三匹さえ倒してしまえば都に平和が戻るのでは?」という、尤もらしい世論が持ち上がるのにそうそう時間はかからなかった。
孫市はそんな簡単なことではないと思っているのだが、ないとも言い切れない。この声を受けて、帝が近く直属軍を動かす支度をしているともっぱらの噂だった。
孫市が妖退治の経験を持ち、更に有力な傭兵であることは有名。白羽の矢が立つのも近いだろうと、退治屋の仲間からからかわれたばかりである。
しかし、ここに出向いた時点で孫市の心は決まっていた。

「頭上げろよ、秀吉。俺達ゃダチだろ?ダチの頼みを断る奴があるか」

秀吉が目を見開いて顔を上げると、その表情はみるみる喜色に染まった。わかりやすい反応に思わず孫市が噴き出す。
身分や階級など関係はない。秀吉は孫市の友だ。帝のために命がけで妖退治に出向くなど真っ平御免被るが、友のためならば話は違う。友が困っているときに、孫市が動かない理由などありはしなかった。

「引き受けたぜ。熊退治でも妖退治でも、何でもやってやらあ」

「孫市…!」

笑いながら片目を瞑る孫市を見て、秀吉は再び深々と頭を下げた。





「秀吉様、失礼致します」

執務を片づけていた秀吉は気のない返事をする。静かに襖が開き、顔色の悪い長身の男が姿を見せた。
立っているだけで威圧感があるその男に、秀吉は振り向いてにかっと笑いかける。

「官兵衛、守備はどうじゃ?」

「陰陽寮との連携は成りました。あとは出陣するのみ」

「そうか!ご苦労じゃったな」

口調は軽く笑みもいつも通りに見えるが、なんとなくその表情は晴れない。
少し躊躇いながらも、官兵衛は口を開いた。

「何か、お気を煩わせるような儀がございましたか」

感情をあまり表に出さない官兵衛にしては珍しく、気遣わしげな声音。驚いた様子を見せた秀吉は、困ったように笑った。

「官兵衛には隠し事はできんのう」

「秀吉様に仇為す火種あらば、即刻排除いたしますれば」

「ああ、いや。そういうわけじゃないんさ」

ぱたぱたと手を振ってから、秀吉は一呼吸置いて瞑目し、腕を組む。

「なぁ、官兵衛。都の妖共は、わしら人間なんぞが生まれるよりも昔からこの国に棲んどるものたちじゃ。奴らから見りゃあ、人間は後入りで奴等の棲家を土足で踏み荒らして、奴等の居場所を奪って自分らが住みやすいように作り変えちまった害悪に見えとるじゃろうて」

官兵衛は黙って話を聞いているだけで、答えることはしない。秀吉の言葉に、否定する要素は何もないからだった。
人間からすれば、妖は自分たちの平穏を掻き乱す厄介者。しかし妖から見れば、その見方は綺麗に逆転する。

「わしは思うんさ。奴等を都から追い出したり退治したりせんで、昔のように共存していく道はないもんか、とな。…信長様の采配が間違っておられるとは思わん。民たちに被害があるのも事実じゃ。じゃが…これで本当に、解決するんか」

本気で憂えている風情の秀吉に、官兵衛の目が僅かに細められた。数拍の鼓動を数えてから、官兵衛は静かに頭を下げる。

「今上の帝は天照大神の末裔。その采配に間違いがあろうが、下々の者は従うが必定。帝が滅べと申されたなら、滅びねばならぬのがこの国の人間の宿命でございます。帝に背くは、神に背くも同じ。――秀吉様、どうか争いを招く火種になることなきよう、ご忠告申し上げる。天に向かって唾を吐けば、己に返ると申しますゆえ」

暫く官兵衛の頭を見つめていた秀吉は、一つ頷いた。

「ありがとうな、官兵衛。下がってええぞ」

「は。御前失礼致します」

一礼した官兵衛は、退室すると静かに襖を閉める。回廊を歩き出すと、その耳に楽しそうな笑い声が届いた。

「何事だ、半兵衛」

『べっつにぃ〜?』

口を動かさずに小声で問いかけると、くすくすと笑い声を上げながら官兵衛の右上辺りに影が顕現する。常人には見えないそれは、靄のようになって渦巻いたと思うと猫の姿になって官兵衛の肩に降り立った。
どこにでもいる野良猫に見えるが、ゆらゆらと揺れる尻尾の先が二つに分かれていた。

『あれが官兵衛殿の上司の秀吉様かぁ。ちょっと猿っぽいけど、俺達を心配してくれるなんて優しーんだねぇ。官兵衛殿みたいだ』

「私はあの方のようにはなれぬ」

『あは。そーじゃなくてさ、優しいところが似てるって言ってるの。――…優しいんじゃなく、甘いのかな?』

鋭い視線で秀吉の居室を振り返る猫又は、名を半兵衛という。官兵衛の使役する妖だ。
官兵衛は陰陽師ではない。退治屋でもない。妖を撃退する力は何一つ持たないが、見鬼の才は陰陽師などよりもよほど優れている。秀吉直属の文官として力を奮っている彼に半兵衛が従っている理由は、ただ「興味を持ったから」というだけ。
俺は官兵衛殿を好きになっちゃったんだあ、などと言いながら付きまとってくる半兵衛に、官兵衛が好きしろと返したことで、半兵衛はその麾下となったのである。
飄々とした軽い言動をしているがかなりの力を持っている妖であるらしく、己の妖気を隠すことも苦ではないと言っていて、殿中で半兵衛の存在に気づいている者は官兵衛だけだという。

「秀吉様は聡いお方だ。自らの甘さで身を滅ぼすような真似は、そうそうなさらぬだろう」

『ふぅん…』

じっと秀吉の居室を見つめていた半兵衛は、やがて少し笑った。

『今の帝は嫌いだけど……あんな人が左大臣やってるんなら、この国もまだ捨てたもんじゃないなあ。官兵衛殿の上司がイイヒトみたいで、俺嬉しいよ』

半兵衛の言葉を聞いて口の端に僅かながら笑みを浮かべた官兵衛は、そっと猫の頭を撫でた。


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