久遠の空 【完結】 1.最強執事、誕生! あの冷たい雨の日から、もう4年がたった。 その4年で俺がわかったことといえば、女遊びが激しいって事だけだった。 毎日毎日、違う女を部屋に連れ込み、起こしに行く俺の身にもなってくれって感じだった。 もちろん、使用人からの評判はよろしくない。 土方家の後継ぎが、どこで何をやってるかわかったもんじゃないっつうのが、使用人の総意だった。 それでも俺は4年間でただ一度だけ、土方のまったく違う一面を見たことがある。 それは、良く晴れた綺麗な空の日だった。 廊下を移動中、中庭に佇む土方を見つけた。 その時の土方は、普段の意地悪さなんか微塵もなくて、ただ儚さだとか悲しさとか、そんな雰囲気しか纏っていなかった。 風が吹けば飛んでいきそうなその寂しそうな横顔は、今でも脳裏に焼き付いてる。 でも、その表情は一瞬で消えて、俺に気が付いた土方の発した第一声はなんと『何見てんだブス』だそうだ。 頭の中で何かがプチって切れて、つい鋭いナイフを投げちまったのは、ちょっとした笑い話だ。 あとから聞いたら、その日は土方の恋人、沖田ミツバさんが亡くなった日だったそうで、思えば土方が女遊びしだしたのはその頃からだったかもしれない。 土方は今日、初めて会った日と同じ全身黒づくめで、あの日と同じ顔をして中庭に立ち尽くしている。 土方家の旦那様 そう―…土方のお父様が三日前に亡くなられた。 土方に愛想尽かしてたこの屋敷の使用人達は、この三日でほぼ全員出ていって、活気溢れていた屋敷はガラン…としていた。 残ったのは、俺と山崎の二人だけ。 「久遠ちゃんも残ったの?」 「ああ…行くところなんか、どこにもない。それに俺には、土方が使用人達のイメージ通りの男だとは思えないんだ」 俺の心には、中庭のアイツがずっと居座って何かを囁き続ける。 「…山崎、お前も残ったのか。一番に出ていくかと思ったのにな…」 「俺は、一生土方さんについて行くって、この屋敷に来たときから誓ってますから」 「土方、お前…こんな所で何してんだ?」 「久遠…か。お前は何となく残る気がしてた。なんでだろうな?」 フッと、奴が空を見上げる。 その横顔は、あの時と同じくらい、切ないものだった。 それを見て、俺の心にある誓いが浮かびあがる。 「土方、お前を一人にはしない。俺が、側にいてやるよ…『執事』として」 多分、俺が出来る唯一の事。 メイドじゃ、土方の事を護れないから、執事として絶対の忠誠を捧げ、命を懸けて土方を護りたい。 こんなにも誰かを『護りたい』と思ったのは、遥か昔の『アイツ』以来だった。 「お前…女だろ?女が執事なんて…」 「残念ながら、男装は得意だ。それとさ…」 シュッ!! ザク… うわァァァァァ!! 「お前…今何した?」 「ナイフを投げました、ご主人様。ネズミがいたもので」 サァッと二人の顔が青くなる。投げたのはただの、食事用の銀のナイフなのにさ。 「こういうことも、得意だぜ?多分これから、こういう事多くなるから、必要だと思うけど…」 屋敷内には既に、俺達三人しかいない。 この隙を狙って、土方財閥を潰そうとする輩が出てくる事は馬鹿でもわかる。 「お願いします、土方さん」 まっすぐに目を反らさず、土方だけを見つめる。 見つめ返す土方が、しばらくしてからため息をついて頷いた。 「テメェが言い出した事だ、地獄の果てまでついてこい。それが出来なきゃ今すぐに出ていくんだな」 「御意、我が命尽きるまで、貴方様に永遠の忠誠を誓いましょう」 なぜ、こんな面倒くさいことを誓ったのか、俺自身もわからない。 ただ土方には、俺に永久の忠誠を誓わせてしまう程の何かがあったのは事実だ。 「おい久遠…」 「なんでしょうか?」 「最初の仕事だ。…紅茶を煎れろ」 「御意。謹んでお受け致します」 こうして史上初の、最強女執事が誕生したのだった。 そして、今日―… 土方の執事になってから丁度一年。 「久遠ちゃん、そっちに行ったよ!」 「チッ…逃がすなよザキの癖に…」 逃げる俺達の前方に、何か細長い銀色の物体が突き刺さる。 それにつんのめって転ぶと、服を地面に縫い付ける様にナイフが刺さる。 もう、逃げられない。 そんな俺達の目の前に、ニコヤカに笑う、燕尾服の男が一人、立ち塞がる。 多分、ナイフと一緒に素晴らしい殺気を放っていた奴だ。 「素晴らしい方々ですね。この屋敷にそんな軽装で侵入するなんて…」 この執事、軽装なんていってるけど、俺達十分重装備だよ?! ロケットランチャーは二人とも装備してるし、その他にも持てるだけの銃やナイフは持ってきた。 それなのに、軽装って… 「この屋敷を攻めるのならば、戦車の一台や二台位持ってきて頂かないと…」 微笑みながらそういう執事の姿は、まさに鬼。 俺達は、あれ程恐ろしい人間の姿を今だかつて見たことがない。 顔が綺麗な分、余計に恐ろしい。 「て…テメェ、ただの執事じゃないな?!」 おいヤメロー! 無駄に鬼を挑発するなァァァァァ!!俺達殺られるぞォォォォォ!! そんな不躾な問いにも、その執事(=鬼)は微笑みながらこう答える。 「いいえ、私はただの、平凡な執事でございます。では…お楽しみの時間へと参りましょうか?」 平凡な執事じゃあねェだろ?! っていう、誰かの突っ込みは、多分聞き間違いじゃない。 俺が覚えている事は、その執事の恐ろしく綺麗な笑顔。それと、最初に出会ったときに自己紹介された名前だけだ。 「私…でございますか?土方家執事、天野 久遠と申します」 〜続く〜 [*前へ][次へ#] [戻る] |