久遠の空 【完結】 12.だって、ヒーローですから 土方の屋敷を出た俺は、結局行き場がなくて、天野家に身を寄せた。 6年ぶりに娘が帰ってきたっていうのに、この家の主人は顔を見に来ようともしなかった。 この家には俺の服がドレスしかなくて、仕方なくそれを着ているが、動きにくいことこの上ない。 そして、自室に閉じこもって一週間が経った。 今までなんの音沙汰もなかったのに、使用人が呼びにきた。 「失礼致します、お嬢様」 「なに?」 「旦那様がお呼びでございます。いますぐ、執務室に来るように…と」 「へぇ、解った。行かない」 「ですが…」 「行かない。なんでわざわざ私が行かないといけないの?用があるならご自分がいらっしゃればよろしいでしょう」 自分に利があるときにしか、俺の存在を認めない養父だ。俺がわざわざ、そんな奴の命令に従う義理はない。 しかし、俺が動こうとしないのをみると、四、五人の黒服達が俺を取り囲む。 「こんなに人を連れてきて、一体どうしたというのです?」 「断るようなら、強制的にでも連れて来い…との事でしたので」 「…逃げられない、という訳ね。わかったわ、一緒に行ってやろうじゃない」 俺が立ち上がり、歩きだすと黒服と使用人も周りを取り囲むようについて来る。 前例があるからな、まああの人も学習したって事だろう。 「旦那様、お嬢様をお連れしました」 「ご苦労、下がれ」 使用人が下がった後、養父…天野雅士がこっちに向き直る。 「ただ今戻りました、お父様。なにか…ご用でしょうか?」 「用もなくお前を呼び付けるものか。今日呼んだのは他でもない、久遠…お前の見合いが決まったからだ」 「また…ですか。お父様も懲りないですね」 「フン…相手は同盟を結んでいる高杉家の嫡男、晋助殿だ。見合いは10日後だが高杉家側ではどちらでもよいとのこと。勿論、受けてくれるよな?」 高杉…晋助… あいつが、見合いの相手… なんとも複雑な心境だな。 「お時間を…いただきたい」 「なんだと?」 「見合いとなれば、いずれは夫婦となるお方。そのような大事な事、今ここで決めることは出来ません」 「いいだろう。ただし、期限は五日後だ。五日後、答えを聞かせろ」 「…わかりました。では、失礼致します」 考えたい。 自分がこれから進む道を… 1番の望みは、土方のそばにいることだ。 だけど、奴は結婚する。 土方の隣は、もう俺がいてもいいところじゃない。 本当なら、今すぐ土方をさらいたい。さらって、あいつの側にいたい。 けど… 俺には世話になったとっつぁんや、くり子ちゃんね幸せをぶち壊す事なんか…出来ない。 土方が笑っていられるのなら、俺はそれでいい。 それでいいなら、高杉との見合いに応じればいいだけのに、あと一歩が踏み出せない。 その一歩を踏み出したら、二度とコッチ側には戻って来られない気がして… それから四日がたって、返答の期日があと一日と迫ってきていた。 俺の心は、堂々巡りを繰り返していて、答が見つからない。 「珍しいですねィ、久遠さんが気配に気がつかないなんて…」 「あ、沖田くんじゃん。遊びに来たの?」 「私たちも一緒よ、久遠ちゃん」 「妙ちゃん、神楽ちゃんも…。どうしたの、みんな揃って…」 ドアからぞろぞろと、三人が入ってくる。 あれ?ゴリラがいない。 「ゴリ…じゃない、近藤さんは?一緒じゃないの?」 「あの人は今日、土方コノヤローの方に行ってまさァ。それより、今日はアンタに教えることがあるんでさァ」 「なに?そんな神妙な顔して…。誰か死んだのか?」 葬式か?って思うほど、三人の顔は一気に暗くなって、躊躇いながらも沖田くんが口を開いた。 「土方の…式の日取りが決まりやした。今日から6日後です」 「そっか…。俺、見合いがあって行けないから、おめでとうって伝えておいて」 俺がうだうだ悩んでいた間に、土方は先に進んでた。 俺だけが、取り残されて、立ち止まっていただけなんだと、思い知った。 式の日取りを聞いて、俺も、決心が付いた気がするよ。 「それ、誰とですかィ?」 「ああ…高杉様と。いつまでも独り身でいるわけにもいかないし、ね」 弱々しく微笑むと、沖田くんはまっすぐな瞳で俺を見つめた。 「アンタ、それ本気ですかィ?…それでいいんですかィ」 「…うん。だって、もうどうしようもない事だから…」 どうしようもない事じゃん、沖田くん。 土方はもう結婚して、俺の手の届くところからいなくなる。 それでいいもなにも、諦めるしかないじゃないか。 俺が頷いたら、沖田くんがいきなり立ち上がって俺の目の前に仁王立ちした。こんな沖田くん、初めて見る… 「馬鹿言って、諦めてんじゃないんでさァ。まだ、なにも始まっちゃいないんでィ!!俺達は、奴が結婚するのが気にくわねェ。だから、奴の式をぶち壊しに行きやす。…アンタ、いい加減自分に正直に生きたらどうですかィ?」 「自分に正直に…生きる?」 俺は今まで、そうやって生きてきたんだよ、沖田くん。 好き勝手に生きて、暮らしてきたんだよ? 「そんな面で、こんな鳥かごに収まってるなんて、久遠さんらしくないんでさァ。アンタ、もっと豪快な女の筈でィ。好きな男が結婚するのに黙って見ているなんて、土方ばりのヘタレでさァ」 俺らしく? 俺らしくってなんだよ… 「沖田くんは知らないんだよ、俺の言葉一つに、どんな意味があるのか…。人一人、簡単に死んじまうんだよ?」 俺が断ったら、銀時がどうなるのか…考えたくもない。 あの親父のこと、原因である土方の事だって、どんな手を使っても消しにかかるに決まってる。 「そんなこと、知るわけありやせん。でも、俺達は簡単にやられる程、弱くねェ。アンタがそんなに思い悩む事ァねェんでさァ。それともアンタ、もうどうでもいいとか考えてるんじゃ…」 「そんなわけないだろ!?俺だって…ずっと土方の隣にいたいんだよ!!…けど、俺が我が儘通したら銀が…土方が、どうなるか…」 大切な人達が傷付き、自分が傷付くのが、何よりも怖い。 結局のところ俺は、ただの弱虫なんだ。 「その事に関しちゃあ、心配いらねェよ、久遠」 「銀?!…なにを…」 いつのまにか銀時が、ドアの前に立っていた。 そして、俺の前にきて、ニヤリと笑う。 「話は…とっつぁんから全部聞いた。久遠、もうテメェを一人にゃあしない。お前が家を出るんなら、俺も家を出てやるさ」 「そんな…銀がそこまでする事じゃ…」 俺を遮るように、銀が言葉を被せて静かに言う。 「俺さァ、もう疲れたんだよね、親父のいい子でいるの。だから、どうせ逃げるんなら、久遠と一緒にいる。それに、誰が殺しに来ても、久遠が守ってくれるんだろ?」 「それは当然だけど…でも…!!」 「旦那が家を追い出されたら、あんたら二人、まとめて家で面倒みてやりまさァ。ついでに俺らの護衛もついて、万々歳でィ」 「お、それいいじゃん!!沖田くん家楽しそうだし」 なぜだ。 なぜが勝手に盛り上がってんだけどこの人達… なんかいらついて来たんだけど、どうすればいいんだろうね。 なんでここで盛り上がってんのこの人達… なんか四人で結婚式ぶち壊す算段してんだけど… なんかもう… 「だァァァァァ!!うるせェ!!テメェらなに人の部屋で騒いでんだ、窓から突き落とすぞコノヤロー!!!!」 俺が叫ぶと部屋がシンッと静まり返る。 「テメェらよォ…なに人の部屋で他人の結婚式ぶち壊す算段してんだよ。どうせならなァ、俺も混ぜろやァァァァァ!!」 「そっちかよォォォォォ!!」 だってさァ なんかあそこまで言われて黙ってるのもアレだしさァ… ぶっちゃけ俺も話聞いてたらぶち壊しに行きたくなったしさァ。 もういい、土方とくり子ちゃんがどう思おうが、とっつぁんに殺されかけようが関係ねェ。 俺は、俺の道を行く。 俺の好き勝手やってやるさ!! 「沖田くん…」 「はい、久遠さん。決まりやしたか?」 「うん、最強の計画立てといて。そこまでいうならやってやる、破戒神の娘たる由縁、見せてやるよ」 なんかもうふっ切れた。 白馬の王子様よろしく、格好よく土方をさらってやるさ。 「あの久遠ちゃん、やる気満々のところ悪いんだけど、まだやることあるでしょう?」 「なにを?」 「ラスボス退治。残ってるわよ」 「そういやそうだ。ありがとう、みんな。もう、俺は大丈夫」 そう… 『俺らしく』 この信念があれば、俺はもう大丈夫。ブレることはない。 次の日… 養父の執務室のドアを、銀と二人で開いた。 ラスボス退治とは、そう…― 親父に一言言うことだ。 「決まったのか、久遠。…なぜ銀時がいる」 「俺も報告することがあるからですよ、お父様」 「…まあいい。さて、答えを聞かせてもらおうか」 ニヤリと、親父が笑う。 俺がどう答えるのか、わかりきったつもりでいる筈だ。けど…俺はもう、ブレないよ。 「見合いの件ですが…お断りいたします。俺はもう、アンタのいいなりにはならない」 「なんだと?!」 「今まで…ずっと窮屈だった。鳥かごみたいなここからは、絶対に逃げられないと思ってた。けど、自分で行動しないと状況は変わらないって、大切な人達に出逢って…気がついた」 土方や沖田くん、ゴリラに妙ちゃん、神楽ちゃんに出逢って俺は変わった。いや…変えてもらったんだ。 「土方と一緒にいたい。ただそれだけだけど、俺にとっては大事なこと。だから、俺は俺の道を行く」 親父の眉間にシワが寄って、苦々しい表情になった。 「その…土方とやらがどうなってもよいというのだな?この私が一声かければ、あんな家…」 「俺が護ります。俺の大事なモン全部。6年前のように銀をダシにしようとしても無駄ですよ。俺が、全てをかけて全員護ります」 とっつぁんは武器の扱いを俺に教え込むときに言った。 ―いつか、きっと役にたつ― 今が、そのいつかだ。 俺が全身全霊をかけて、大事なモンを護り通す。その為に、使う力だ。 「…いいだろう。家を出ていくのならば止めはせん。ただし、二度と我が家の敷居を跨ぐな」 事実上、勘当されたようなもんだろうがもう関係ない。 ただ…― 銀はそれでいいのか? ちらりと銀を見たら、暖かく頷いてくれていた。 「それで…銀時は?」 「俺も同じだ。この家に…この鳥かごに嫌気がさした。俺も久遠と一緒にここを出る。今まで世話になりました」 親父はあんぐりと口を開けてたけど、いきなり笑い出した。 「この私が…せっかく出来た家継ぎをやすやすと逃がすと思ったか?」 奴が指パッチンすると、ドアの前一面にSPがズラッと並んだ。 銀時の舌打ちが聞こえて来る。 「どうする?」 「怖じけついたの?」 「まさか」 「逃げ道ならあそこにあるでしょ?」 ニヤリと笑って窓を見る。 ここは3階。落ちるのに失敗したらただじゃあ済まない。けど、逃げ道はそこしかない。 「さて、どうする?逃げ道はない、大人しく捕まれ」 絶対に捕まんね。 あー…すっげニヤついてる。物凄いムカつくんだけど、どうしてくれようか。 「オイ…どうすんだ?」 「飛ぶよ」 「ハァ?!死ぬ気か!!」 「生きる気。いい?俺が窓を割って飛ぶから、銀はそれに続いて」 「オイここ3階…」 「捕まって、軟禁されたいの?躊躇うなよ。……行くよ!!」 戸惑う銀を引っ張って、奴らの隙をついて窓を割って外に飛び出した。 後ろから銀の叫び声がついて来る。 窓の下に生えていた木の枝を掴んで勢いを殺して、見事地面に着地した。 肩が外れそうになったけど、まあ平気だ。 あとから落ちてきた銀のクッションがわりになって受け止めた。 上を見ると怒りに歪む親父の顔。 「銀、逃げるよ!!」 「は?」 「追っ手が来る。こっち!!ほら、早く!!」 6年前に独りで駆けた道を、今度は銀と二人で走る。 今度は怖くない。 銀がいるだけで、強くなれるような気がした。 〜続く〜 [*前へ][次へ#] [戻る] |