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久遠の空 【完結】
10.長い長ぁ〜い昔話


昔、昔、あるところに
おかあさんとおとうさんがおりました。

ある日
おとうさんは悪いおじさんと商談に
おかあさんはお友達とお喋りしに行きました。

誰も居なくなった屋敷から一人の庭師が出てきて、ある一本の木の下を覗き込むとそこには…


「おお!!なんと可愛い双子の赤ちゃんじゃ!!」


銀髪赤目の、可愛らしい双子赤ん坊がおりましたとさ。


「え…えぇぇぇぇえ!!ちょ…えぇぇぇぇえ?!」

「そこは実は天野家の庭で、俺と銀時は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

「めでたしじゃねェェェェェ!!!!」


土方が寝間着のまま立ち上がって、叫び倒した。
ん?なんだ、なにが問題なんだ?


「どうかした、土方?何か変な所でも…」

「いや、ツッコミ所ありすぎだろ?!なんだよ昔、昔って?!おとうさんなんで悪いオヤジと商談?!ありえなさすぎだろうが!!しかもなんでなんの関係も無いオッサンが赤ん坊拾ってんだよ、普通そこはおかあさんだろうが?!」

「えー…そう?」

「お前はどこでそんな話を習ったんだァァァァァ?!」

「いや、笑いも必要だと思ってさ」

「真面目に話せェェェェェ!!」


いや、そんな息切れるくらい叫ばなくてもさァ…
みんな起きちまうよ。


「ま、まあ落ち着け。ほら、取り敢えず座れって…」

「誰のせいだよ?!」

「ん?俺のせい」


にっこり笑ったら土方が深ァいため息をついた。
いや、だってさ…


「…話慣れてないんだよ。この話、お前が初めてだから…」

「え…じゃあ銀時も…」

「うん、銀も知らないんだよね。アイツは忙しかったからね」


今から話すことは双子の兄弟…銀でさえも知らない話になる。
どこから話せばいいのか解らないのが本音になる。


「どこから話せばいいかな?」

「へ…?」

「だから、話。取り敢えず、生まれたときから?」

「…あ、ああ」

「じゃあ…」

「今度はマジで真面目に話せよ」


少し微笑んで、話を始めた。
今度は、真面目な俺の生い立ちを…



……
………
…………




俺と銀の母親は、天野家の下働きの娘だった。
眉目秀麗だった母親は、女好きと有名だった先代の天野家当主に手込めにされ、俺達を身篭った。

それを知った先代当主は母親を屋敷から追い出し、俺達は古ぼけた暴ら家で人知れず、ひっそりと産み落とされた。

天野家は名門。
先代当主は正室もいたし、妾の子なんて存在を隠したかったんだろうね。


そのすぐ後に先代当主が亡くなって、現当主が後を継いだんだけど、現当主と、その奥さんには子供が出来なくて、先代当主の秘密を知った現当主はスラム街で暮らしていた俺らを養子にしようと考えた訳だ。


「…ちょっと待て」

「ん?」

「つーことはだ…、テメェは天野の先代当主の子供で、現当主の養子って事なのか?」

「うん。俺らは先代当主の妾の子…。でも、天野の血を引いてるから現当主に引き取られた。母親は…小さい時に死んだ筈」

「お…おう。訳解んねェが続けてくれ」

「うん」



ある日…
8歳の時だね。俺らが住んでた家に現当主がやってきて、俺達を天野の屋敷に連れていった。


「今日からここが、君達の家だ」


そう…優しく笑ってね。
でも現当主…父親には銀しか利用価値が無かったんだ。
仕方がなく、俺も連れて来ただけなんだよね。
あの人は、後継ぎが欲しかっただけだから。

8歳の時に天野家に拾われて、それから銀は後継ぎとして目一杯可愛がられて、父親に構われて大きくなっていった。

俺は…
居ないものとされつづけて、隠される様に育った。あの人にとって、俺はいらない存在だったから…。

自由に部屋の外にも出れなくて、使用人も、誰も目をあわせてくれなくて、まるで、かごの中の鳥みたいだった。
自由だけど、不自由な生活で、10歳になるまで外の世界を知らなかったんだ。




「それって…」


絶句。
今の土方の様子を表すには、その言葉が丁度いい。
クスッと笑って、言葉を続けた。


「銀だけは、変わらずに接してくれたけど、あそこは狭くて苦しくて…。銀だけが、俺の生きる希望だった。そこから救い出してくれたのが、松平公…とっつぁんなんだよ」

「…え?」



俺達の10歳の誕生日に、とっつぁんが天野家にやって来た。

俺達っつっても主役は銀で、俺は隅っこに小さな席を与えられて、座ってるだけだったんだけどね。


ボロいドレスを着て無表情で座ってた俺を、何が気に入ったのかとっつぁんが見つけて、俺は松平邸に預けられる事になった。


最初は、二、三ヶ月の予定だったんだ。
けど、いつまでたっても俺の性格が治らなくて、結局松平邸には8年もお世話になった。

その間、とっつぁんは実の娘みたいに可愛がってくれて、あの中庭も、狭いところが苦手な俺のためにわざわざ作ってくれたものなんだ。

とっつぁんの所にいる間に、社交ダンスとか社交界についての知識を、とっつぁんが教えてくれた。


「どんだけだよ…。全然見えねェな…」

「だろ?本当、暇な時間は俺に付きっ切りで付き合ってくれて、俺は8年でなんとかここまで戻った訳です。とっつぁんは……本当の父親みたいな存在なんだ。…とっつぁんって、娘溺愛症候群だろ?それ、実は俺のせい」

「あれ…くり子にとってはいい迷惑だぞ。そうか…テメェが原因か…」

「うん。俺が来てすぐにくり子ちゃんが生まれて、二人で超溺愛されて育ったから。それでさ、実は俺だけ、いつか役に立つからって、武器の扱いを学んだんだよね、あの人に。だから、俺のナイフ捌きとかバズーカの精度とかは、とっつぁん産なんだ。本当、こんなところで役に立つとは思わなかったけど…」


土方があんぐりと口をあけたまま、俺を見つめる。
まあそうだよね。
普通、なんでここまで武器の扱い手慣れてるんだって思うよね。
しかもそれが、あのとっつぁん。
驚かない方がおかしい。



「…取り敢えず、テメェの過去が色々と規格外なのはよくわかった」

「お褒めの言葉、どうもありがとう」

「いや、褒めてねェし!!」

「じゃ、続けるよ」



18歳の時、俺は天野家に呼び戻された。
強制送還って奴だね。


今更何の用だって思ったら、あの人は開口1番こう言ったんだ。


「皇国星の皇子と結婚しろ」


18年も放っておいて、関心を示したと思ったらいきなり結婚しろって言われてさ。
しかも銀の事で脅されて、見合いだけでも受けることにしたわけ。

でも、その皇子ってのが触覚はあるわ頭はハゲてるわデブだわで気持ち悪くなっちゃって、窓を突き破って逃げ出した…ってわけ。


「気の毒なんだが…、なんて言うか…窓を突き破って…って?」

「そのまま。2階だったから、窓を割って、そこから飛び降りて逃げた」

「……豪快だな」

「そんなに褒めるなって」

「いや褒めてねェし!!…で、続きは?」

「続き…続きかぁ…。……ヒくよ?」

「いい。ヒかないから、言え」

「…わかった」



それから…
それから俺は、スラム街で路上生活を始めた。
昌婦紛いの事もしたし、金のために女とも寝た。


生活は最悪だったけど、俺にとっては最高だった。
自由に生き、自由に暮らせる。
鳥かごみたいな天野家に戻らなくてもいいなんて、まるで天国みたいだった。



「後は、土方の知ってる通り。あの時は、マフィアの方々が自分の女、寝取られたと勘違いしてボコボコにされてたんだ」

「それで、あんなボロボロで路地裏に…」

「あの時があったから、俺は土方に出逢えた。それに関しちゃ、あのマフィアに感謝してもいいかもな」

「そのマフィア…コロス」

「まあ、落ち着きなさいな。俺の話はこれでおしまい。まだ、色々武勇伝はあるけれど、もう夜遅いし明日はくり子ちゃんが来る。…寝るよ」


土方がベッドに入ったのを確認して、俺は部屋の灯りを消して、自室に戻った。

銀にも話せなかった俺の過去。
なぜか、土方には素直に話せた気がする。






………………………


次の日の朝。
予定通りくり子ちゃんがやってきた。
ただ、その表情はとても硬い。


「いかが致しましたか、くり子お嬢様?顔色が優れませんが…」

「久遠様…これを…これをご覧下さい!!」

「新聞…ですか?少々拝借致します」


新聞に目を通して驚いた。


「おい久遠、貸せ!!」

「…旦那様の目に入れる程のものではございません。さ、参りましょう」

「…見せろ」

「ですが…」

「誰が主人だ、久遠?」

「…畏まりました」


土方に新聞を手渡すと、俺と同じように目をしばたかせた。

新聞の一面には、俺が馬車の扉を開けている写真が、デカデカと載っている。
その写真の下には、俺を陥めるような文章が書き連ねられていた。


『失踪中 天野家令嬢見つかる!!』

新聞の見出しが目に痛い。


しかもそこには、俺だけならいざ知らず土方家の事まで批評されていた。


「久遠…」

「久遠様…」


心配そうな二人を尻目に、俺は笑った。


「あらら…ついにバレましたか…」


唖然としたくり子ちゃんの顔。同じ様な顔で、土方も俺のことを見つめる。



「折角いい感じに、旦那様に取り入ってたのに…。マスコミに騒がれちゃあ、やりにくくなっちまうなあ…」


マスコミに騒がれたら、俺だけの問題なのに、ここにまで迷惑がかかる。
くり子ちゃんも来たばかりなのに、身体を壊してしまう。

マスコミに注目されつづける限り、ここにはもう…居られない。

ここにもう、居られないのなら、とことん嫌われて、俺の顔も見たくない位嫌われて、出ていった方がいい。


「…私が、本当に貴方に仕えると思いました?旦那様…いえ、土方サン」

「何を…」

「貴方に昨日話した事は本当です。ですが、私の本来の目的はこの家を私の思う通りに動かすこと。折角うまくいっていたのに、残念ですね」


涙が零れそうになる。
好きな人達に嘘をつくのがこんなにも辛いものなんて、思わなかった。


「私は、バレちゃったので逃げますね。さようなら、皆さん。くり子ちゃん…土方とお幸せに…」

「久遠…」


入り口のドアを潜る瞬間、土方に呼び止められて止まった。


「なんですか、土方サン?」

「お前、嘘が下手だな。今までで1番下手な嘘だ」

「…嘘じゃ…嘘なんかじゃありません。では、さようなら」


土方が、ザキが、くり子ちゃんが…涙で霞んでよく見えない。

最後のチャンスだったのに、好きな人の顔が霞んで見えない。なんてマヌケなんだろう?

ドアの隙間から一瞬だけ、土方の顔を見て、俺は振り返らず屋敷を出た。


静かに、枯れた筈の涙が頬を伝って、地面に水玉を描いていた。





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