[携帯モード] [URL送信]

久遠の空 【完結】
9.意地っ張り


「久遠…テメェ、今のは本当か?本気で…」


ショックを受けた、土方の顔。
隣には、くり子ちゃんがいる。


「本当…です、旦那様。私は…天野家の一人娘、銀時の妹にございます…。黙っていて、申し訳ございませんでした」


深々と頭を下げる。
今の俺には、弁解する権利も、土方の顔を見る権利も何も…ない。


「…俺は、部屋に戻る。少し…考えたい」

「畏まりました。では後でお茶をお持ちいたします。…コーヒーの方がよろしいですか?」

「ああ…」

「ちょっと待て土方…」


出て行きかけた土方を、とっつぁんが呼び止める。怪訝な顔をして、土方がドアを開けた格好のまま、立ち止まる。


「…話がある。くり子と土方はここに残れ。久遠は…」

「…散歩に行って参ります」

「そうか…。すまねェな」


申し訳なさそうにするとっつぁんに一礼して、俺はそこを出て庭に向かった。


きっととっつぁんは、見合いの話をあの二人にするつもりなんだ。
あの人なりに、俺に気を使ってくれているんだな…



少し歩いて、東屋のある小さな庭園に到着した。
俺の、1番好きな場所…
昔、俺はこの屋敷に2、3年くらい預けられていた事があった。その時にとっつぁんが、狭い所が苦手な俺のために、わざわざ作ってくれた所なのだ。
俺がいなくなってから何年も経つのに、ここは手入れがよく行き届き、誰かが使用した形跡すら見当たらない。
全てが、あの時のままだった。
そして、花の中にあるベンチに腰を下ろす。


「キツいな…、やっぱり…」


わかってたつもりだった。素性がばれたら、あんな反応をされる事を…
慣れていたつもりだった。人から拒絶され、一人になるのが…


でも実際は、辛くて苦しくて……泣き出しそうだ。

泣きたくても、流れる涙は無い。
ずっと昔に、枯れてしまったから…


「よォ、やっぱりここにいたのか?」

「…とっつぁん、話、終わったの?」

「ああ。二人とも、了承した。くり子は…これから土方家に住み込みで花嫁修業することになった」

「そう…」


ということは、これからはくり子ちゃんが屋敷にいるって言うことで、俺は二人がイチャつくのを、黙って見ていないといけないのか…


本当、後悔って奴はなんで事が起こってからするものなのだろう?
なんで…後悔する前に行動に移せないんだろう…


「なあ、とっつぁん…」

「なんだ、久遠?」

「大事にしすぎても…いいことってないんだね。結局俺は…本当に欲しいものはいつも手に入れられない運命なんだな…」

「……そうだな。なんでだろうな、いつもお前は…大切なもの、無くしてばかりだ」


いつもいつも、俺が1番欲しいものは手に入らない。
それは、今でも同じ事。1番欲しいものは、絶対に手に入らない。目の前で取られて行くだけだ。


「久遠…、お前が良ければまたここにこないか?土方の所には、山崎っつう使用人もいるんだろう?」

「…娘として?それとも、使用人?」

「お前が望むのなら、どっちでも好きなようにさせてやるさ」


この人はいつもそうだ。
俺がキツいときに、さりげなく逃げ道をくれる。
しかも、俺が1番望む逃げ道をくれるんだ。

でも、今回ばかりじゃ逃げちゃいけない。
根拠は無いけど、そんな気がしてゆっくりと首を振った。


「いらないよ、俺は執事だから。死ぬまで、奴の側にいるって…約束したから」

「土方と、くり子が一緒になるのにか?」

「…うん。それが、俺が望んだ事だから。……ただ、俺の側にいてくれる人が、欲しかっただけだから…」

「そうか…。なら止めはしねェよ。ただ…壊れそうになったらいつでもおじさんに言いに来い」

「…うん、ありがとう」


とっつぁんは後ろ手に手を降って、格好よく去って行った。
普段はただの変態なのに、なんでこんなときだけ格好いいんだよ。
なんでいつも俺を、甘やかしてくれるんだよ。

とっつぁんを見送りながら、俺は既に後悔しはじめていた。
とっつぁんが示唆してくれた逃げ道に行けば、自分は護れるのに、と…。

けど、俺は何年経っても土方の隣で護り続けることを望んだ。
土方の隣にいるだけで、幸せだと思うから…。


「久遠…」


後ろから、土方の声がした。
こんな情けない表情を奴に見せるのはごめんだから、前を向いたまま返事をした。


「なんでしょうか、旦那様?」

「いや…松平公にテメェの居場所聞いたら、ここだっつってたから……迎えに来た」

「申し訳ございません、お手を患わせました。…お帰りですか?」

「ああ…でもその前に、少しここを見ていきたい」

「畏まりました」


土方を東屋に案内する。そこから見える景色は、俺が1番好きな景色。
どこまでも続く青い空と、雲と、辺り一面にリコリスが咲き誇る、純白の絨毯。


「…綺麗だな。こんな美しい庭は初めてだ」

「私の…1番好きな景色です。ここは、私以外の者は庭師しか立ち入りません」

「は?なんで…。てか俺も入ってきたぞ?!それはいいのか?」

「旦那様なら、構いません。ここには…昔、少々お世話になったものですから。ここは、私のために松平公が作ってくださった庭なんです。…さ、参りましょう。直に、日も落ちるでしょうから…」

「…ああ」


庭をでて、とっつぁんに挨拶しに行くと、どうやらくり子ちゃんは後から来るらしく、待ちきれない…っといった風にそわそわしていた。


それから俺達は、殆ど無言のまま松平邸を出て、土方の屋敷に向かった。

無言の、重い空気の中馬車は揺れつづけ、屋敷に戻ったのはとうに日が暮れてからだった。
すぐに土方の寝る支度を整えてから、自分は執事室に戻る。



深夜になってから、備え付けのベルが鳴る。
土方からの呼び出しベルだ。

ベルのスイッチを切ってから、土方の部屋へ向かう。


「どうかした、土方?」


ドアを開けて入ると、土方は寝間着のまま、ベッドの縁に腰掛けていた。


「眠れないなら、ミルクティー煎れるけど…」

「それくらいなら、山崎を叩き起こす」

「じゃあ…なぜ?」


土方が立ち上がって、ゆっくりとこっちに歩み寄る。
その瞳には普段の面影は影を潜め、いつか見た儚げな光しか写されていない。


「久遠の事が…知りてェ。こんなに一緒にいたのに、テメェの事は何一つ知らねェ事に、今更気がついたんだ…」

「…ただの、土方の執事。…では駄目んだね」

「…ああ」


こうなった土方は、何をしても意見を変えることはない。


「命令?土方サン…」

「当然だ。ただ…話せない事情があるなら、話せる所まででいい」

「事情は無いけど……参ったな」


頭を掻いて、ため息を付く。
本当、土方には参るぜ。…色々な意味でさ。

俺の過去は、出来れば話したくない。封印しておきたい代物なんだ。
たとえ土方と言えど、そうそう簡単に話せるものではない。


「…じゃあひとつだけ、条件をつけていい?」

「ああ。簡単なのならな」

「キスして。俺に」

「ハァァァァア?!」


土方は、ヘタレだ。
ヘタレなら、万が一にもキスなんか出来ないだろうっていう、俺の計画。
俺、頭良くね?


「簡単だろ?俺にただ、キスするだけ。そしたら、話してあげる」

「ひ…卑怯な…」

「俺は、難易度低めな条件だと思うけどね。…さ、どうぞご自由に」


目をつむって、キスを待つ。ゆっくり10秒数えてから、目を開けた。

土方は、真っ赤になって固まっていた。


「やっぱり、無理だったね。じゃ、俺は部屋に戻るから………ッッ!!」


土方に背中を向けて、ドアまで歩くと、後ろから押されて思い切り壁にぶつかった。
ついでに頭も打った。

痛みに顔を歪めていたら、続いて唇に柔らかい感触。

瞳を開けたら、真っ赤な土方の顔がドアップであった。


「や…約束守れよ!」

「やられた…。…わかりましたよ、どこからですか?」

「はじめから、今までの事全部」

「…わかった」




俺は、ポツリポツリと、生まれてから今までの事を語りはじめた。
銀にすら、話していない…
秘密の物語を…







〜続く〜

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!