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久遠の空 【完結】
8.奴を好きな理由


屋敷に戻る馬車の中の、空気が重い。

松平邸をでてから、土方は一言も口を聞かないし、俺も一言もしゃべらない。
こんなことならザキを連れて来ればよかったと、初めて奴がいないことに後悔した。


こんな葬式みたいな雰囲気になったのは、100%俺のせい。
俺が、大事なことを


伝えなかったから…





……
………
…………





「よく来たね、おじさん待ちくたびれちゃったよ」

「申し訳ございません、松平公。何分私共の屋敷からここまでは、少々距離がございます」

「なんで久遠ちゃんドレスじゃないの?女の子だよねぇ」

「私は女である以前に、執事でございます。執事がドレスなど、不相応にございます」

「なんならおじさんがこう…がっぱり胸元開いたセクスィなドレスを…」

「ナイフ、刺しますよ松平公。死にたいんですか?」

「まァた久遠ちゃんったら照れちゃって。イヤ、ごめんネ!!ナイフ仕舞おうよ…」



数日前に届いた松平公からの招待状っつーか召喚状のおかげで、俺達は今、松平邸にいます。
このオッサンの家に来るの、かなり嫌がってた土方だけど、その気持ちが痛いほどよくわかる。

ウザいことこの上ない。
マジ、この絡みのウザさハンパない。


「久遠、失礼じゃねェのかよ?」

「いいんですよ旦那様。この人にはこの位やっても通じませんから」


微笑む俺を見て、げんなりとする土方。
まあ実際、このオッサン女には天津甘栗位甘い。
砂糖に砂糖かける位甘いから、ナイフ構えたくらいじゃ許容範囲だ。
それにこの人、俺を生まれたときから溺愛してる(と聞いた)から、このくらいならちょろいもんだ。

酷いときはあんまりウザくて、パイ投げしたからな〜。いい思い出だ。


「…そういやぁ土方ァ、お前俺の娘、知ってるか?」

「ああ…、確かくり子様…でしたよね。それが何か…」

「お前に逢いたいっつって聞かねェんだ。別に構わねェよな?」


チラリと土方が俺を見る。
おい、俺に何を求めてるんだテメェは!!
いい加減自分がモテることを自覚しろよ腹立つなァもう!!


土方が頷くと松平公が執事さんに何やら話して、すぐにくり子ちゃんが飛び込んできた。
入って来たんじゃない、『飛び込んで』きたんだ。ここ、テストに出るからねー。


「マヨラ様ァー!!くり子に逢いに来て下さったのでございますか!!」

「いや…その…」


助けろ、と言わんばかりに俺をガン見する土方。
何となくムカつくから助けてやらない。
なんか胸の辺りがモヤモヤするからー。


「お久しぶりでございます、久遠さん!!女子会以来でございますね」

「お久しぶりにございます、くり子お嬢様。息災そうでなによりです」

「久遠、助け…」

「よろしいではございませんか旦那様、折角くり子お嬢様に好かれておいでなのですから」


シレッとそんなことを言ってみたら、土方の視線に殺気が篭る。
チクショー、俺に言えってかこの俺様ヘタレ坊ちゃんめ!!


「…とは言うもののくり子お嬢様、いきなり殿方に抱き着くのはレディならお止めした方がよろしいですよ。はしたないですからね」

「あ…くり子ったらすいません。愛しのマヨラ様にお会い出来て、つい…」


ポッと頬を染めるくり子ちゃん。

ズキリ…と、何かが胸を刺す。
そんな雰囲気を感じたのか、土方が少し焦ったように俺を呼ぶ。


「久遠…」

「妬けちゃうねお二人さん。くり子、ついでだから土方に屋敷、案内してやりなよ。二人っきりで」

「いいのでござりますか、お父様?!」

「ああ、パパはここで、久遠ちゃんとお話してるから」


松平公から、チラリと目配せ。
くり子ちゃんは土方を引きずって、物凄い勢いで出ていった。


「さてと…、二人っきりになれたことだしニャンニャン…じゃない、おじさんとお話しない?」


指をくんで、松平公がニヤリと笑う。
まったくこのエロオヤジ、計算してんのかそうじゃないのか…
溜息しか出てこない。


「貴女の計算でしょう。私と、二人っきりになったの…。ま、どうしてもって言うなら、話してあげてもいいですけど…」

「溜息なんかつくなって。大きくなったねェ久遠ちゃんも。最後にあったのって、12歳の誕生日だったっけ?」

「16歳です。…わざわざわざとらしい演技までして、一体なんのご用です?」


元々、召喚状が来た時点で俺に用事があったのは気がついていた。
だって、土方ととっつぁんは、接点がない。
それに、このオッサンが易々と娘と男を二人きりで歩かせるとは考えにくいから。


「やっぱり手厳しいね、久遠ちゃんは…。本題、入っていい?」

「どうぞ」

「あのさ、うちの娘、近々嫁にだすんだよね」

「ヘェ、手放さないものと存じておりましたが?気でも変わりましたか」

「変わるわけねェだろ。上からの命令、だ」

「天導宗…ですか」


コクリ、とっつぁんが頷く。
天導宗とは元老院のような存在で、実質この国を取り仕切っているのは奴らと言っても過言ではない。
さすがのとっつぁんも、奴らには逆らえない。


「お相手は?」

「土方十四郎。上からの命で、まだ奴は知らねェがな。近々、見合いをする段取りになっている」


ズキン…と何かが刺さった。
土方の隣にだれかがいる……?
そう考えるだけで、ほんの少し考えるだけで…こんなにも苦しい。


「構わねェよな?」

「なぜ私に…そんな事を…。たかが、一介の執事である私に…」

「好きなんだろうが、土方の事」

「一体…誰がそんな…」

「オジサンの勘」


なんでだろうな…
色濃い沙汰は、このオッサンにはお見通しらしい。

そっか…
俺、いつの間にか土方の事が好きになってたのか。
なら、この胸の痛みも頷ける。


……けど、これだけは譲れない。
ここだけは、意地を通さなければいけない。
これからも、土方の隣に居続ける為に…


「何をおっしゃっているのか、解りかねます。冗談はほどほどになさって下さい」


声が震える。
けれど、まっすぐ松平公を見つめて、ぶれない視線で居続けなければいけない。


ジッと睨むように見つづけると、松平公は溜息をついて明後日の方角を向いた。


「テメェがなぜ…、土方と一緒にいると、オジサンがわかったと思う?」

「…解りかねます」

「高杉がさァ、オジサンにチクって来たんだよ。ついでにその時、久遠ちゃんが惚れてるって話もされてさァ、オジサン困っちゃうじゃん?」


高杉め…
嫌がらせのつもりか?

俺が今、土方の屋敷に身を隠していることがばれれば、俺は家に連れ戻され、土方とは二度と逢えなくなる。
篭の鳥に、戻ってしまう。


「オジサンはさァ、可愛い可愛い久遠ちゃんをあの『篭』に戻す気はちっともなくて、ただ知りたいだけなんだよね。なんでそこまでして、あいつの隣にいたいのか…」


この人は、親に見向きもされない俺を、正しい道に引っ張ってくれた。
ウザいと思いながらも、俺に進むべき道をくれた。
あの家から逃げたした時だって、とっつぁんは俺を助けてくれた。

この人にだけは、嘘をついてはいけない。
…本能が、そう告げていた。


「私が奴の隣にいた理由…。簡単です、貴方の言う通り、恐らく私が土方を好きだから、ですよ。多分、3年程前…沖田ミツバさんが亡くなった頃からでしょうね。彼を『護りたい』と願いました」



あの時の土方の顔は、今でも鮮明に覚えている。
あの時から、土方が気になって、側に…隣にいたいと願うようになった。


「私が奴の隣にいるのは、私が望んだからです。ただ、隣にいることを望んだ。だから、私の正体を必死に隠して、常に隣にいて護り続けられる、執事と言う道を選んだ。それだけです」

「そうか…。久遠ちゃんも、もうそんな事を言う歳になったのか…」

「私の願いは、彼が幸せであること…。これが、私の歩む道です。ですから、誰がなんと言おうと譲れません。彼が幸せであるなら、私は…どこぞのお嬢様とご結婚なさっても構わないのです」

「オジサンが娘の為に…奴と離れろって言ってもか?」

「ええ。たとえ貴方様でありましょうと、全て殺して我が道を進みつづけます。…後悔したくないですから」


強い、意志を秘めた瞳。
すべてをうやむやにして生きてきた俺の、一つだけ譲れない大事な意地だ。
こればっかりは、譲れない。


しばらく睨みあって、それからとっつぁんがフッと笑った。


「そうか…。さすが俺の娘だな」

「貴方から生まれた覚えはありませんが…」

「そんな眼をした女が…久遠が、天野家の娘だなんて、誰も気がつかねェよな」

「私はあの家を捨てました。だから、苗字こそ天野ですが、あの家の人間ではない。土方家の執事です」


やっぱりこの人は、わかってくれた。
俺を、自然に認めて、導いてくれる。


その時、俺は必死すぎて気がつかなかった。
扉が開いて、誰かが入ってきたことに…


「久遠…」


名を呼ばれて、初めて気がついた。

扉を開けてすぐのところに、土方十四郎が立っていた。


〜続く〜

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