過去拍手
雨に濡れる(土方)
「雨に濡れる」
雨がやまないから、私は傘を投げ捨てた。
泥が跳ねるから、靴を脱ぎ捨てた。
空から絶え間なく注ぐ雫は、きっと真っ直ぐ地上に降りたいのだ。
だから、私が邪魔してあげる。雨は私の体にぶつかって跳ねた。
みるみる私はびしょ濡れになって、全身が重たく、そして冷たくなった。
会いたいのに、会えなくて。
触りたいのに、触れなくて。
嫌なことが積もると、人は突飛な行動を起こすらしい。
私は頭がおかしいわけじゃない。ただ、突然そんな衝動に刈られてしまっただけ。
一週間前、土方さんから電話が来た。土方さんはたった一言『別れよう』と言った。
その言葉の真意を、私は分かっていた。
土方さんは私のことが好きだ。それはきっと今でも変わらない。
ただ、土方さんに依存し過ぎている私を心配してそんなことを言ったのだ。
二日に一回は『会いたい』とメールを打つ私に、『土方さん以外何も要らない』と口癖みたいに繰り返す私に、土方さんは憂いを感じたのだろう。
土方さんに依存し過ぎていることは、自分でも分かっていた。しかし、それは思い込みでも逃げでもなく、私にとって事実だったのだ。
「土方さん以外何も要らない」
だってそうでしょう。
土方さんしか欲しくないんだもの。
でも、彼は違う。
私の他に、大事な物がたくさんある。
私よりも大事な物がある。
だから私は突き放されてしまった。
土方さんのもとに居たいなら、自立したふりをすればいい。そう思ったけれど、違った。
私は土方さんに私だけを見てほしかった。『私以外何も要らない』と、そう言って欲しかった。
何て鬱陶しい女だ。フられて当然だとは分かる。
私は、ポケットから携帯を取り出してメールを打ち始めた。
私を叩きつける雨は一層強くなる。
「…送信」
送信完了の表示を確認すると、携帯を再びポケットにしまった。
多分、彼はすぐに飛んでくる。
私は目を閉じて雨の音を聞いた。というより、雨の音しか聞こえない。
しばらくして私は目を開けた。雨のせいで狭い視界に、遠くで人影が見えた。こちらに近づいてくる。
さっきのメールに、私は『土方さんが居ないなら死にたい』と書いた。
土方さんは頭がいい。口げんかも、彼の方が一枚上手だ。
上手く言いくるめられてしまうかも知れない。
でも今日は譲らない。土方さんしか要らないのに、土方さんを奪われた私はどうやって生きていけばいいというのだ。
バシャバシャと、水たまりを蹴る音がする。
近づいてくる人影は愛しいあの人。
私と同じように、雨に打たれながら歩いてくる。
今日は譲らない。
「お前以外何も要らない」
そう言わせるまで私は帰らない。
この雨の中だったら、叶うような気がする。
だって、土方さんも傘を持っていない。
あなたの狭い視界は、きっと私しか捉えない。
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