土方
*イシンデンシン
届け
届け
心の中でひたすらにそう繰り返す。
「おい、何だ。ケンカ売ってんのか」
「……」
そう言いながら不機嫌な顔をする土方さんに、私は無言の視線を送る。
「何見てんだよ」
いくら心の中で叫んだって、届くはずなんてない。
「別に。土方さんは顔は格好いいのになー、惜しいなーなんて思ってませんよ」
「…ケンカ売ってんだな?」
「そんなわけないじゃないですか。土方さんは報告書の期限を延ばしてくれないとか、文句言ったりしませーん」
ここは私の部屋。私は土方さんの目の前に座り、お説教を受けていた。私が報告書を出していないためだ。
私たちは上司と部下の関係。更に言うならケンカ友達。
でも、私にとってはそれだけじゃない。
"好き"
この一言が言えずに、どれくらい時が過ぎただろう。
気付いたばかりのころは、側にいるとドキドキしてしょうがなかった。でも、想いを伝えないまま時間が過ぎて、その気持ちは私の一部になった。
片思いにかわりはないけれど、ちょっとしたことではもう取り乱したりしない。片思い特有の敏感かつ繊細な乙女心はいつしか姿を消していた。
だから、彼の前で態度には出ていないはず。きっとこのまま黙っていれば、あの鈍感男は一生気付かないかもしれない。
「じゃあ…あと1日やる。それまでに絶対提出しろよ、今回だけだからな」
土方さんは溜め息をついた。
「ありがとーございますっ!!」
今回だけとか言いながら、毎回そんなことを言っている。なんだかんだで彼は甘いのだ。
土方さんは立ち上がり、部屋を出て行こうとする。その姿を私はじっと見ていた。
「…土方さん」
「なんだよ」
彼は背を向けたままそう言う。
「なんでもないでーす」
"もう少しここに居ればいいのに"
そんなこと言えるわけなくて、適当にはぐらかしてしまった。
言えないのは、私が土方さんに気持ちを伝えられないから。
恋人ならいくらでも「行かないで」「側にいて」って言えるのに。
土方さんの背中を見ながら、ぼんやりと思う。
私が叫べば君は振り返るだろうか。
伝えてしまえばいい。
このままでいたい。
相反する心は私を苦しめる。
"すき"
背中に向かって、唇だけでそう告げる。
当然音は届かない。
"私を見て"
すると、ふいに土方さんはこちらを振り返った。
一瞬、声に出してしまったかと慌てて口を押さえてしまった。
「……どうしたんですか」
振り返ったまま何も言わない土方さんに私はそう告げた。
「いや…」
「言いたい事があるなら言って下さいよ」
そう言った後で、いつものように喧嘩腰になったことを小さく後悔する。
しばらくして土方さんはこう言った。
「…そろそろ飽きたな。こうゆうの」
「?」
意味が分からない。私に投げかけているのか、独り言なのか、その間のような呟きだった。
「なんですか」
「だから…あれだ、…ほら…」
土方さんの話はなかなか先に進まない。
「もう、何なんですか」
私が呆れたようにすると、土方さんは私の目を真っ直ぐ見た。
「お前、俺のこと好きだろ」
一瞬、時が止まった。突然の言葉に私は驚く。というか、驚くどころの騒ぎではない。
「何…言って…」
「…もういいだろ。この関係も悪かないけど、どうしても先に進む気がしねぇ」
土方さんの口調は真面目で、ふざけているわけではないらしい。
「…ちょっと待って下さいよ…なんで私が土方さんを好きなんて…」
「勘違いだってか?」
そう遮られて口をつぐむ。勘違いなわけない。
「どうして、そう思ったんですか」
静かに私が呟くと、土方さんは不思議そうな顔をした。
「どうしてって…、……………なんでだろうな」
私に聞かないで下さい。
「…根拠もないのにそんなこと言い出したんですか!?」
いまいち掴めない男だ。こんな男を好きな私は何なんだろう。
私は顔を両手で覆って俯いた。
とりあえず落ち着こう。
全く焦って損した。
知らない内に、私が態度に出していたのかと思った。
ん?だったらどうしてバレてしまったんだ?
「…土方さん」
「あ?」
私は顔を上げて土方さんを見る。
「私…エスパーですか」
「はぁ?」
届け
届け。
もしかして届いてしまったのだろうか。
「それとも土方さんがエスパーなんですか」
「頭大丈夫かお前」
土方さんには言われたくない。
「結局…、そうなのか、そうじゃないのか…どっちだよ」
好きか、好きじゃないか。
そんなの答えは決まっている。
「それは…読んでください」
でも素直に言えるはずもない。
「…なに」
「心の中で唱えます。土方さんなら分かります。エスパーなんだから」
怪訝な顔をする土方さんに、私は無理矢理後ろを向かせる。
「なんだよエスパーって」
「きっと分かります」
私はその広い背中におでこをくっつけた。
"……すき"
ああ、声に出してしまったかもしれないな。
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