土方 *トライアングル 好きな人に好きな人がいること。 それはつまり、失恋を指す。 なのにどうして、土方さんは私を隣に置くんだろう。 私は土方さんの食事が終わるのを待っていないといけないんだろう。 「…ご飯はおいしいですか?」 私がそう言うと、土方さんはお茶を啜りながら小さく「ああ」と言った。 この部屋には私と土方さんだけ。真選組のみんなの昼食が終わり片付けが一段落した頃、仕事が忙しい土方さんに私はご飯を届けてあげたのだ。 では失礼します、と立ち去ろうとしたところ、土方さんの左手は畳を軽くポンと叩いた。 「ここにいろ」の合図。 だからこうして私は大人しく土方さんの隣にいる。 「当たり前です。今日は私が昼食の当番でしたから」 「そうかよ」 「……」 素っ気ない返事に、私は軽く拗ねた態度を見せる。 この男、何だ。 最近の私たちには疑問符しか浮かんでこない。 一体私のことを何だと思っているのか。どういうつもりなのか。 「今日こそ、聞かせていただきます」 もぐもぐとご飯を頬張る土方さんに向き直り、私は真剣な口調で切り出した。 「なんだよ突然」 突然。 そう、突然だが私の我慢は限界にあった。 あの日から1ヶ月、私は土方さんと一緒にいる。 端から見れば、付き合い出したかのような関係だ。実際、私が土方さんの彼女だと思っている人は少なくないだろう。 「私、土方さんの何なんですか」 「彼女なんじゃねーの」 訂正します。 私は本当に彼女らしいです。 今初めて知りましたよ。 「じゃあ私にキスしたのも、あれもそれも、そういうことだったんですか!!」 「…お前、俺が彼女でもねぇ奴にんなことすると思ってんのか?」 本気で驚く私に、土方さんは少しあきれ気味の態度だ。 私、告白なんてしてないけれど。知らないうちに気持ちがバレていたのだろうか。 そんなことを考えていると、昼食を食べ終えた土方さんは静かに箸を置いた。 「嫌ならいーけど」 「…そんなっ」 全力で否定しようとして、私は口をつぐんだ。 そんな私を土方さんは不思議に見つめる。 土方さんと居られるのはいい。幸せだけれど、どうしても引っ掛かることがあった。 「…1ヶ月しか、経ってないのに?」 その言葉を聞いて、土方さんの表情が変わるのが分かった。 あの日から1ヶ月。ミツバさんが亡くなってから1ヶ月。 やはり、土方さんは忘れていない。 「まだ、好きなんじゃないんですか?」 「バカか。死んでんだぞ」 あっさりとすぐに返ってきた答えに、逆に違和感が残った。 「亡くなってたって、好きなら、…その人のこと好きなら好きなんです。私よりもその人のこと好きなら……」 本当は両想いなんだ。 だけど土方さんの気持ちは届くはずはない。 「お前…」 「どうして私を隣に置くんです。私のこと、一番じゃないのになんで」 土方さんは悲しい顔をした。 見られないようにしたけど、私には分かった。 「土方さんの恋は永遠に不毛です」 「…」 「そしてその土方さんを好きな私はもっと…」 ああ、無意味な三角関係だな。 死んだ人がライバルなんて、そんなのズルい。どうやって勝てばいいんだろうか。 「…どうしたら勝てますか」 いつか、その三角関係を壊せる日が来るのだろうか。 土方さんは静かに口を開いた。 「……勝つとかそういう問題じゃねぇ」 「じゃ…」 「じゃあどういう問題ですか」そう言おうとして止めた。 土方さんは俯いて私に寄りかかる。 土方さんの前髪が首筋に当たってくすぐったい。 そんなことされたら、私はつい背中を引き寄せてしまうではないか。 「俺の問題だ」 小さくそう言った。 「…1ヶ月前、土方さんの前を通りかかったのが私じゃなかったら…土方さん、違う人とこうしてました?」 「…」 土方さんは答えなかった。否定は出来ないらしい。 気が紛れるなら、誰でも良かったのだろうか。 でも今、ここにいるのは私。例え誰でもよくても、誰にも譲らない。 完全に私のものになるまでどれだけ時間が掛かったとしても、私は放さない。 ずっと隣にいよう。 私はそっと、土方さんの髪を撫でた。 寂しいんですか ああ寂しいよ 普段弱音なんか吐かないこの男の、こんな言葉が聞けるなら。 私だけに聞かせてくれるなら。 [*前へ][次へ#] [戻る] |