土方
*月の宴
夜空にまん丸な月が登った日には、縁側に座って酒でも飲めるといい。
酒は強くないけど、軽い缶チューハイでもそれなりに雰囲気はでる。
こんな静かな日は、静寂の中独りきりでじっと耳を澄ますのがいい。
私の耳は、ほんの微かなな音しか拾わない。
この世界に私しかいないのだと感じるのもたまにはいい。
ああそうか。
誰もいなくなったのか。
寂しい気持ちと少しの優越感。
この世界は私が支配いたしました。
なんだか、お酒が回ってきたみたいだ。まだ一缶も飲みほしてないのに、やっぱりお酒は弱いと確信する。
外に投げ出した素足も、アルコールのおかげで寒くない。
缶の中の残りを確認しようとして、空に掲げて軽く振ってみると、チャプンと音がした。
それと同時に空に瞬く無数の星に気付く。
あまりに見事な満月に、星の存在を忘れていた。
「いち、にーい、さん」
酔いの回った私は、その星達を指さして数えだした。なんて無謀なことをしているのだろう。
すぐ、後ろで声がした。
「酔っ払い女」
振り向くと、土方さんの姿が見えた。
「…ひし…がたしゃん」
「濁点の場所違うけど。相当飲んでんなお前」
まだ一缶しか飲んでいない。でも体が気だるくて、否定するのも面倒くさい。
「ひしがたさん…生きていた」
「勝手に殺すなよ」
「だってみんな居なくなったんです」
朧気な口調でそう言うと、土方さんは呆れ顔になった。
「は?大丈夫かよ。みんな寝てるだけだろ、もう夜中だぞ」
全く、気持ちのいい雰囲気が台無しだ。世界に私独りだけなわけはない。ただみんなが寝てる時間、にひとりで飲んでいただけであった。
一瞬にして現実に戻された。台無しだ。
「土方さんのせいで酔いが冷めちゃいました」
「こんな時間に独りで、寂しいやつだな」
「…」
土方さんは私の隣に腰を下ろした。床に置いてあったビールを開ける。
「満月…か」
そう呟いた土方さんの横顔が妙に眩しかった。
闇の映える男だ。
「月見酒もいいもんでしょう」
私はオレンジジュースを開けた。これ以上飲むと明日の仕事に差し障る。
「お前はもはや酒じゃないけどな。何で独りなんだよ、総悟とか言えば付き合うだろ」
「独りがいいんですよ」
「分かってないですね」と鼻で笑うと、隣から舌打ちが聞こえた。
怖い怖い。
「世界に、私独りしかいない気分になるんです」
「…ああ?」
「いっつも周りに人がいるじゃないですか。だから時々こうやって、私を私で確認するというか…ううん、上手く言えないな」
土方さんは缶から口を離して
「まぁ、なんとなく、分かる気もする」
と言った。
そして土方さんはまた空を見た。きっと星に気づいたのだ。
「独りきり…ね」
「はい」
「いや、違うな」
再び土方さんの方を見ると、やっぱり綺麗に見えた。
「今は世界に俺とお前だけか」
自嘲気味に発せられたその台詞は、私の耳元でエコーがかけられていた。
世界にふたり。
それも悪くない。
素直にそう思えたのは何故だろう。
悪くないと思っていたら、何だかそれは凄く素晴らしいことのように感じてきた。
もうみんな居ないんだ。どこかに行っちゃったんだ。
私と土方さんだけが、この地球での唯一の生命体なんだわ。
私のお酒はまだ抜けてないらしい。
月は多分、私達を照らすスポットライトなのだ。星は私達を祝福するために瞬いているのだ。
「独りがいいんだよな、邪魔した」
そしてまた、土方さんは現実に引き戻す。さっきといい今といい、せっかくの素敵な気分をタイミング良く遮ってくれるものだ。
またしても酔いが冷めた。
「…台無しです」
私は、立ち去ろうとする土方さんの裾を引っ張った。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!