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ふわっと――――

建物と建物の間からのぞいた空の真ん中に、大きな白い――布か何か――が舞っている。

路地裏だが風抜けはいい。緩やかに流れる風にのって、白い何かも一緒に流れている。
その真下の路面の奥に、青年と呼ぶには少し幼い茶っ毛の女がひとり居た。歩いている途中で足を止めたのだろう、前方を見上げたまま、片足だけ前に出した変な姿勢で突っ立っている。


「シーツ?」


そうつぶやくと、彼女――エーリルは宙を舞う布っぽい物を受け止めるのに後退し始めた。三・四歩下がるがこの風の強さだともう少し後ろにそれは落下してくるはず。目算して更に脚を下げる。

予測通り眼前にそれは舞い降りてきて、難なくキャッチは出来た。
が、布の面積が広い。どこの誰の物か知らないが、このままでは裾が汚れてしまうため、適当に腕の中に布を抱き抱える。シワになるが綺麗にたたむ場所が無いので仕方ない。


「やっぱシーツだ」


生地具合といい大きさといいそれだった。くっちゃくちゃに丸められたそれは洗い立てなのだろうか、真っ白の、駐屯地で使っているものよりも少し堅めであった。




「どっから飛んで…」


上空を舞ってきたのだからこの路地裏のどこかの住人の物だろう。しかし見る限りこのシーツの持ち主らしき人物は見当たらない。それ以前にこの路地には人っ子一人居なかった。子供の声や生活音はどこからともなく聴こえてくるが、どこか閑散としている。



「捨ててくわけにもいかないしなぁ…、どーしよ」


汚れがなるべく着かない所にでも置いておこうか一瞬考えるが、ちょっとくらい捜してからでも遅くないし――と、暫く落とし主を探すことにした。暇でもないが急いでいるわけでもないのでそこは困りはしない。見つからなかったらどうしようとは思うが、後ろ向きな考えは今は無視だ。

歩きだせば私服なのでいつも鳴り響く金属音もなかった。





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今日は昼近くまで寝てそれから出掛けたが、昼過ぎの落ち着く時間帯の割には街は色とりどりだった。

建物の壁や屋根の色。商店の前に並べられた様々な種類の商品。そこに賑わう人達。老人から赤ん坊まで。


同じテルカ・リュミレースの上に建つ街だが、ザーフィアスと比べるとシゾンタニアの方が街の色彩が豊かだ。ザーフィアスはそう、単調。市民街まで足を延ばさねば殆ど色味なんてありはしない。あとは下町なせいか、少しジメジメとした空気もある。一方ここはカラッとしていた。

そんな独自の雰囲気に、住み慣れた帝都より、訪れてまだ半月程しか経っていないこの街に急に愛着が沸く。




「良い街に来たんじゃない?」


出発式で急な赴任変更を言い渡された時は、散々上官を胸中で罵ったが。結果オーライなら、無茶振りな上官にも今じゃ感謝だ。


愛着ついでに興味も惹かれて街の探索に出た。初日の研修で街に出て以来、特にこれといって街には来ていなかった。
今日の用事は買い物だが、ぐるっと回った帰りにでも十分間に合うだろう。







思いがけなくやってきた小さな厄介事を脇に抱えて少しく歩けば、窓から顔を覗かせてる老婦人が視界に映った。何かを捜すようにこうべを回している。

(――もしかして?)

当たりなら幸運だ。
エーリルは地面を蹴って婦人が顔を出している真下まで来ると、届くように声をはる。相手は四階建ての最上階だ。





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