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ある昼下がりのこと










「今日は呼び出しは受けとらんか?」

「うん……今のところ」



そうか、と相槌を打てば返事はしず、また訪れる沈黙。

普通なら二人きりの沈黙は辛いものに思えるが、愛璃と居るとそうは思わん。

何故か、安心する。

それは俺の心の安心とは少し違う。


愛璃が存在している、という安心感。

隣に居て、呼吸をして、目を動かして……いつ消えるか分からないように小さな少女が傍に居る。

その存在を、確かに感じていられるから、無言でも俺は気にしなかった。



「……愛璃、お前さんは部活には入っとらんのか?」

「……入ってない」

「なら、放課後テニス部覗きに来んか?そしたら、そこに俺は居るから」

「………」



優しく尋ねてみると、愛璃は首を横に振った。



「嫌なんか?」

「……人混みは、好きじゃない…」



俺が言うのもなんだが、テニス部は人気がある。

特に大量の女子がフェンスを囲んでいる。

それは屋上からでも見えているのだろう、愛璃は呟くようにそう答えた。



「確かに、あそこはそこらの女で充満しとるな。でも、俺ならその中からお前さんを見つけてやるぜよ」

「………」

「お前さんは他の女と違って、純粋な目をしちょる」



何も知らない、目。

無知は怖ろしい。

だが、愛璃は無知とは少し違うのかもしれん。

愛を知らずして、憎しみだけを受けている愛璃。

故に、純粋で深い愛を求めている……。


まだ一日しか関わっとらんのにここまで考えてしまうとは……詐欺師が笑われたもんじゃ。



「無理よ…。存在感は薄いし、行っても、きっと遠目でしか見えない」

「構わん。俺は見つけてやる。試合ではお前の為に勝ってやる。約束するぜよ」



約束

自分でもそんなにしたことはないし、相手からされても守られた事はあまりない。

そんな薄い経験しかしてない俺が、約束を持ちかけるとはな。

だけど不思議と、守れるような気がするんじゃ。



「……私が行ったら、迷惑になるんじゃ…」

「何言っちょる。その逆じゃよ」



不思議なくらい、堕ちていく。

愛璃の深い目に吸い込まれるようにして……。

守ってやりたい。

支えてやりたい。

全て受け止めてやりたい。


初めは軽い気持ちだったのに……今は、何か違う、愛璃の全てが知りたいという思いに変わっていた。



「愛璃、もし俺がお前さんに惚れたって言ったら、どうする?」

「……ほれた?」

「好きになったっちゅうことじゃ」

「………」



愛璃は何も言わない。

考えているのか、視線を一点に絞っている。



「………分からない。だって、私が雅治のこと好きか分からないのに、それを受け入れたら、雅治は寂しくなるんでしょう?」

「……はは、そうじゃな」



あっさりとフラれたのう。

これは大変じゃ。

まず、愛璃にあったかい好き≠教えてやらんと……。



「そう悩まんでいいぜよ。さっきの言葉は忘れてくれ」

「………」



愛璃の無言を肯定と受け取る。

それからは俺もあまり喋らなかった。


あたたかな空気が昼になるのを教えてくれるまで、俺達はそのままじっとしていた。



「もう昼か……」



何気なく呟くと、愛璃は立ちあがった。

何かと俺は愛璃を見上げると、愛璃は俺に視線を向けないまま初めに居た場所へと戻った。


仕方なく俺も立ち上がり、愛璃へと近づく。



「どうしたんじゃ?」

「……昼休みだから」

「昼休みになったらどうしてそっちへ行くんじゃ?」

「……人が来るから」



人……か。

そうやっていつも日の当たらない所に隠れて過ごしているのか。


愛璃の事を考え、俺もその隣に座った。

すると、やはり人は来た。

早い者勝ちと言うのか、一組が来たらそれ以上は来なかった。


そして昼休みの終わる間、他愛のない話をしているその友達同士に、気づかれないように愛璃は膝を抱えて空を見ていた。

俺からしたらその女同士の話は所々聞こえたが、愛璃は全く無視で、聞こうとしていないかのように無表情で流れる雲を見ているだけで。

その姿が今までの愛璃の生き方を物語っていて……俺は無性に悲しくなった。


愛璃と比べたら、俺は贅沢だった。

日々色んな女から向けられる好意=B

それをどうでもいいものと思い、中には真剣だっただろう気持ちを軽く見ていた。

でもそれは自分の中では仕方ない≠ニ思っていた。

全ての愛≠ェ真剣なものであるとは限らない。

俺は人の行動や仕草から、考えていることを読み取るのが得意じゃ。

伊達に詐欺師じゃないからな。

それで分かるんじゃ。

俺と関わっていることで、周りへと見せつけているアピールをしている女。

俺の外見だけで判断して、付き合うとすぐ触れることだけを目的にしてくる女。


それならば本気の恋愛なんてできない。

だったら全部本気にしなければいい。

俺はうんざりしていた。

そんな安っぽい気持ち全てに答えるような優しさは俺には欠片もない。

寧ろ、捨ててしまうようなタイプだった。


それを考えると、愛璃の気持ちが分からないようで実は共感できた。

本当の愛を知りたい

愛璃の想いが、一瞬にして俺もそう思わせるようにさせていた。



「………」

「………」



俺は無表情の愛璃の肩をそっと抱いた。

それに対しても照れたり、怒ったりするわけでもなく……軽く流す愛璃。

そこが新鮮、とまでは言わんが。

確かに俺は愛璃に出会うことで知ることができた。

周りには、こういう女も居たんだと。



「愛璃、」

「……?」

「昼休みが終わったら、また日向の方に行こうな」

「………」



囁くように言うと、愛璃は微かだが頷いた。

俺はその小さな反応が嬉しくて、口角が笑みの形になる。


いつか取り戻してみせる。

……いや、覚えさせてやる。

豊かな感情を。

俺に向けての、特別な意識を。




























ある昼下がりのこと
(俺は教え方なんかわからんが、傍に居てやることならできる)












あきゅろす。
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