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悪魔
「お前の指導者は誰だ。誰がお前達を指揮していた。」
ギッと椅子の背にもたれ、足を組みながら白衣があまりに合わないガタイのいい男が、男のちょうど向かい側の簡素な椅子に座ったもう一人の男に話しかけた。その男の服は薄汚れ、髪はボサボサ。体は細く、健康的ではない。男は冷や汗をかき、うっすら口角をあげて、白衣の男を見ている。椅子に腰と手首を縛られているため身動きが取れず、動くたび縄の軋む音がこの部屋の異常さを物語っていた。
「し、知らねえよ。知っててもいうもんか。」
白衣の男は待ってましたと言わんばかりに、椅子から立ち上がった。
「そうかそうか。教えてくれないか。」
白衣の男は男の後ろに立つと白衣のポケットに手を突っ込むと、小さな紙をだした。
「これ。」
男にその紙を見せると、男の顔はさっきのニヤケ顔から一転し、目を見開き青ざめた。
「なんで。」
「アイリーンとアイシャか。お前の妻子だったよな。」
「言わねえぞ!!」
男は汗をかきながら、部屋に響くくらい大きな声を出した。
白衣の男は一瞬目を丸くするなり、静かに男から離れ、部屋の奥へ消えた。

「実はゲスト出演者がいるんだ。」
遠くから白衣の男の声と、ゴロゴロと何かを押す音が近づいてきた。脅しではなかった。目の前に現れたのは檻の中に入れられた、口に猿轡をつけられた妻と娘だった。妻と娘は体に傷はないものの、服は薄汚れ泣いている。白衣の男は移動式の檻を男の目の前に置くと、また部屋の奥に消えた。
「アイリーン大丈夫か。」
男は小声で目の前の妻に話しかけた。妻は娘を抱きしめながら、震えて頷く。
「ここから逃げよう。」
妻は何度も頷いた。

奥の部屋からゴロゴロまた何かを押す音が近づいてきた。
「んーーんー!!」
白衣の男が押す血まみれの荷台に積まれたものを見て、妻と娘は叫んだが、猿轡にもみ消されてしまった。
「妻と娘より指導者の方が大切か。」
白衣の男は男に問いかけた。
男は冷や汗をかいて、青ざめた顔で下を向く。妻と娘がそれを見てまた何かを叫んだ。
白衣の男は檻を開き、娘を母親から引き剥がした。
「アイシャ!」
男は大量の汗を吹き散らし白衣の男を睨みつけた。
白衣の男の手には大きなノコギリが握られている。
男が娘の首にノコギリを当てた瞬間、
「わかった。言うよ!俺の指導者はウォルケニアだ。」
ノコギリを少し離して、
「特徴は。」
「細くて黒髪で、いつもチェックのシャツを着ている。ヒゲを生やしていて、それでいていつも微笑んでる。」
その瞬間、白衣の男はノコギリを荷台に戻し、檻の奥からすでに気を失っている男の妻を引っ張り出した。
白衣の男は他の者と無線をしているのか、耳についた機械のボタンを押すと、先ほどの特徴をそのまま伝えた。この空間にいない者と会話している。
「後は頼んだぞ。」
もう一度耳についた機械のボタンを押し、耳から取り、血まみれの荷台に置いた。

「俺たちをかえしてくれ。」
男は絶望と希望が混じった表情で白衣の男を見上げる。白衣の男はフーッと息を吐くと、
パンッ
突然気絶したアイリーンのこめかみに銃弾を撃ち込んだ。
「アアアァ!」
どうして、どうして、と男が震える声でアイリーンを見つめている。娘のアイシャは目の前で死んだ母親を見て震えている。アイシャがなにも言葉を発しない白衣の男に危険を感じ、振り向いた瞬間に、パンッという乾いた音が部屋に響いた。
「この絶望的な状況では人間は抵抗することをやめるようだ。死ぬ準備をしているらしい。」
妻と娘の自体を見つめ、抜け殻のようになった男を見て白衣の男が呟く。
「悪魔め。必ず殺してやる。」
男は涙を流しながら白衣の男を睨みつけた。
「フィアンス・コーだ。」

ーーーーーーー
フィアンスは鉄の扉に鍵をかけながらフーとため息をつく。
「悪魔、か。」
姉夫婦の残した娘イザベルの笑顔を思い浮かべながら、フィアンスは扉に背を向け歩き出した。

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