異常な静けさ
ヒロは約一ヶ月ぶりのカサハラをゆっくりと見回す。
いつもなら、たくさんの子供たちがそこら中を走り回り、制服を着た学生たちが、同じ方向へ歩いていく。そんな風景を毎日見てきたような気がする。
「静かだね。」
すぐ後ろにいるシエルが小さく呟いた。
そうだ。
異様にカサハラが静かなのだ。
その瞬間、何か嫌な予感が脳裏をかすめ、それがヒロの足を勝手に動かしていた。
(そうだ。病院。)
本当の親子ではない。
姉にもそう断言されたし、自分でも薄々気づいてはいた。
それでも、母親は母親。
ヒロの母親の記憶はほとんど今の母親のものである。
前の母親は顔さえも覚えていない。
ヒロにとって、母親はカサハラのあの人だ。
そういったうちに、だんだんヒロは自分の足取りが速くなるのを感じた。
ーーーー
病院
特にいつもより人が多いわけではない。
騎士に怪我を負わされたのは母親くらいのようだ。
「ヒロくん!」
聞きなれた、優しい声にヒロは目を丸くした。
こちらに今時珍しい、大きなメガネをかけ、大きなだんごを頭にのせた少女がこちらに走ってくる。
「杏理!」
松本杏理だ。
「お母さんは大丈夫だよ。ずっと気を失ってたけど、目を覚まして。
先生も命に別状はないって。」
「よかった。」
ヒロは胸に手を当てて、大きなため息をついた。
「ヒロ、早く行こう。」
ランナに服を引っ張られ、ヒロはハッとすると、大きくうなずく。
「こっちだよ。」
杏理はヒロを呼んだ。
病院は町と変わらず、静かだった。
病院だから静かなのは当たり前なのだが、
病室のドアの隙間から聞こえる笑い声だとか、日常の生活音だとか、さっきからこの町の日常の幸せが何一つ見受けられない。
「なんでこんな静かなんだ。」
ヒロは耐えきれずに前を行く杏理に尋ねた。
杏理は一瞬口をつぐむ。
そして
「実はね」
重い口を無理やりこじ開けるように、杏理は最初の一言を出した。
その時、
「そりゃあ、敵国のカストレの騎士さんが来てれば、皆さんお逃げになるだろうよ。」
4人は同時に後ろを振り返る。
真っ白で無表情な壁が延々と並ぶ長い廊下の先に、1人の青年がたっている。
シエルより明るい金髪に、黒のジャケット、そしてジーンズというラフな身なりである。
「騎士?」
ヒロが片方だけ眉をあげて男を睨み付ける。
「そっ!俺は騎士です。
今世紀最大のイケメンにして、騎士です。」
男は意味不明なことを堂々と叫ぶと
カツカツ
とブーツのかかとをテンポよく鳴らしながらこちらに近づいてくる。
「ヒロ!行くよ!」
シエルがヒロの背中を叩いた。
「あ、ああ!」
杏理が走り出したのと同時に3人も続いた。
「おーい!
廊下は走るなよー」
4人が走り去ってまた、静かになったころ、
男は静かに鼻で笑った。
「パーフェクトな俺に怖じ気づいたか。
あと、別にこんな廊下で襲ったりしませんよ。」
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