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無くしたもの
10 黄瀬と出会った日




ふだん一緒に帰ったり昼を一緒に食べたりする金髪の彼とはいつからこんな関わるようになったんだったか。

授業中、何気なく校庭に目をやるとよく知った金髪の彼がサッカーボールを足元で転がしている。その姿を見てふと、そんなことを考える。























「黒子、お昼は?」



「……今日はいいです…」



「はい、おやすみ」



「おやすみなさい」





入学して二カ月程経った頃。
昼放課、普段お弁当を一緒に食べてる黒子は日々のハードな部活のせいで疲れが溜まってるのか、見事に熟睡。起こすのも悪いので紫原を誘ってみたものの、今日は赤ちんに呼ばれてるから、と断られた。赤チンって何?




特別他に友達もいないため弁当を持ち、人が全く寄り付かないとある場所へと向かった。そこは日当たりもいいしベンチもあるし、なかなかの穴場スポットなんだけども校舎からは死角になるため人はなかなか来ない。こうして黒子とかとたべれないときはよく来るのだ。だから他に人がいたら困るのだけれども。
そんな事を考えていたら目的地につき、ベンチに腰掛ける。








「……いい天気…」






うん、非常にいい天気だ。まだまだそう暑くもない、ちょうどいい。好物のネギ入り卵焼きを口に運べばほのかな甘みが口に広がる。我ながら上出来である。
もくもくとおかずを口に運んでいると遠くの方から女子の甲高い声が聞こえてくる。
元気だな、そんな歓声を浴びるほどの人気者がこの学校にいただろうか。
まさか青峰たちではないだろうし。


そんなことをかんがえていたら女子の声は聞こえなくなり、代わりに数メートル先から雑草を踏み歩いてくる足音が聞こえた。
誰か来るらしい。足音が聞こえてくる方にちらりと視線をよこせば携帯をいじりながら歩いてくる金髪の長身の男の子。こちらには気づいていないらしい。ならばこちらも関わらないようにと、視線を再び弁当に戻す。







「はあ、めんどくさい」


「馬鹿の一つ覚えみたいにぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ」


「つまんねえなあ」






足音に紛れてボソボソと聞こえてくる声。なんてことを言うんだこいつ、そう思い再び視線を向ければ男の子は既にベンチの横に立っていて、こちらを驚いたように見ていた。
と言うよりも、この人見覚えがある。
思い出そうと記憶を辿っていると自然と目が合う形になってしまい、謎の気まずさが場を支配する。








「うーわ、聞いてたんスか?」
「…聞いてたというか、なんというか」







まるでめんどくさいとでも言うように髪をくしゃりとかきあげ携帯をぽっけにしまった彼は私の右隣に腰を下ろした。え、座るのかよ。そう思い彼の横顔を見ていると左耳にだけついたピアスに目がいく。
ああ、思い出した。







「黄瀬くんだ」
「は?今さらっスか」





そう言えば彼は信じられないとでも言うように眉を潜めて私を見る。なんか聞いた話とはだいぶ違う印象なんだけど。なんか冷たくない?こんなもんなの?





「で?」
「はい」
「サイン?写真?」
「は?」
「別に両方でもいいスけど」
「え…いらない…」
「は?」
「え?」





は?って何?そもそもサインってなんだよ、写真もいらないし。確かにイケメンではあるけどそこまでがめつくない。噂のイケメン黄瀬くんはもしかしたらとんでもない自意識過剰屋さんなんだろうか。






「俺のサインいらないんすか?」
「…なんで私が黄瀬くんのサインを?」
「有名人のサインいらないの?」
「え、そんな有名人なの?」
「俺モデルっスよ?」
「……そうなの?」






それは知らなかった、そう言えば黄瀬くんはまた眉を潜めて私を横目で見る。モデルならさっき聞こえてきた女の子達の悲鳴にも似た歓声にも納得がいく。なんと言ったらいいか迷っている私を黄瀬くんはジト目で見る。そんなにいけないことを言ったのだろうか、こわっ。





「あんた俺に興味ないかんじスか」
「…話は聞いたことあるけど」
「その程度ならそうでしょ。」
「元々雑誌とか読まないから」
「あー」





黄瀬くんはそういってポッケから携帯を取り出し画面を見つめる。ちらりと横目で見れば開かれたBINEの画面には驚くほどの通知の数が映し出されていた。100越えですか。






「すごい通知でしょ?これみんな女の子っス」
「人気なんだね、黄瀬くん」
「…密かに応援してくれてたり、たまーに声をかけてくれる、とかだったらいいんスけどね。夜中までしてくるやついるから」
「あらら、そりゃいい迷惑だね」






私を見ることなくメッセージをさばいていく黄瀬くん。モデルという事は入学当初からそれはそれはすごい人気だったのだろう、しかも女子というのはめんどくさいものだ。嫌な顔をすればそれはあっという間に彼のモデルとしての評判を落とす噂として流されるだろう。気分が乗らないときだってきっと、嫌なな顔をせずに笑顔で対応しているのだろう。そうとなれば、気が休まるのはきっと人気のないここにいる時だけだ。少し寂しいけどこの場所は彼に明け渡そう、そう立ち上がると彼は目を丸くしてわたしを見た。






「どこ行くんスか?」
「…いや、1人のがいいかなって」
「別にいいっスよ、さっきの言葉も聞かれてたみたいだし。今更言い訳する気もないし、ほら」
「あ、はい」







私が座っていた場所をぽんぽんと手のひらで叩く黄瀬くん。特に断る理由もなかったのでおとなしく腰を下ろすと再び携帯に目を向けた。つられて私も目を向ける。黄瀬くんは大量のメッセージを削除していた。わお、大胆。だがメッセージにはしっかりと目を通しているようでちいさな優しさが見えた。






「あーあ、充電切れそうっス」
「わたし充電器持ってるよ。おなじ機種だよね?」
「あ、ほんとだ!借りていいっスか?」
「いいよ、今持ってないけど。教室にあるから戻ってからでいい?」
「もちろんっス!ありがと!」







わたしをみてお礼を言う黄瀬くん。今迄表情を曇らせていた彼の初めて見せてくれた笑顔だった。大人びた顔立ちだが、中学生らしいあどけない笑顔に一瞬心が揺れてしまった。さすがモデル。これはモテる。






「ここ、よく来るんスか?」
「うーん、たまにかな。日当たりいいし、ちょっと移動すれば日陰もあるし、穴場スポットだよね。黄瀬くんも?」
「最近知ったんスけどね。息抜きに来るようになったんスよ」






携帯をベンチに置いて背もたれにもたれながら言う黄瀬くんは言う。どうやらお互い息抜きの場所として来ていたらしい。今迄会わなかったのはタイミングのせいだろう。







「そっか、邪魔しちゃってごめんね」
「いやいや、先にいたのそっちじゃないスか。邪魔したのはこっちっス」
「そんなことないよ、わたし人と話すの得意じゃないけど、黄瀬くんなら大丈夫そう」
「なんスかそれ」
「わかんない」






そう言えばまた笑顔になる。どうやら私に対する警戒心はもう無くなったらしい、早いな。





「黄瀬くん、もうすぐ鐘なりそう」
「まじスか?じゃあ戻ろ」
「あ、充電器わたすよ」
「何組スか?」
「2組、黄瀬くんは?」
「オレ4組っス!まあ遠くはないっスね」
「じゃあ間に合うか、ゆっくり行こう」






携帯を開いて時間を見れば授業開始まで7分前。荷物をまとめて彼と腰を上げる。何気ない会話をしながら歩いていると思っていたよりも早く教室についた。
充電器とってくる、と声をかけて教室に入れば「あれ黄瀬くんじゃない?」「背高!超イケメン!」とあちこちから声が聞こえる。カバンの中を漁りながらさりげなく黄瀬くんに目を向けると目があった女の子達に笑顔を見せていた。女の子たちは跳ねて喜ぶ。
うん、あの対応を入学してからしてたのだとすればストレスが溜まらないわけがない。







「はい、充電器」
「助かるっス!帰りに返しにこればいいスか?」
「全然いいよ、じゃあ帰りで」
「はい!じゃあまた後で!」
「じゃあね」






そう言いお互い手を振り扉から離れる。もう鐘鳴るかな。




「あ!ちょっと!」
「わ、どうしたの黄瀬くん」





手を引かれて驚いて振り返れば、私の手を取ったのは黄瀬くんだった。




「俺!名前聞いてないっス!」
「…あれ、そうだっけ」
「聞いてないっス!!」
「柴田だよ」





わざわざ名前聞くために戻ってきたのか、びっくりした。そう考えながら名前を告げると彼は辺りを見回しプリントを手に取ると誰のかわからない机の上にあったシャーペンを握り何かを書き始めた。





「黄瀬くん?鳴っちゃうよ」
「黄瀬でいいっスよ、それか涼太」
「…黄瀬ね」
「はは、照れなくてもいいっスよ。
はいコレ」
「ん?」





黄瀬から渡されたプリントに目を向けると白紙の部分にアドレスと電話番号が記されていた。






「それ、あんまり人に教えてないから落としたりしたらダメっスよ!」
「…あ、はい」








紙を見つめてしばらく呆然としていると私の頭を彼の手が撫でる。もちろんそれをみた女の子からは黄色い声が飛び彼は一瞬しまった、とでも言うように顔を歪めたがすぐに笑顔にもどり、女の子たちに手を振る。きゃああ、とまた聞こえたと同時に授業開始の鐘がなる。





「鳴っちゃったっスね、じゃあまた帰りに」
「あ、うん。登録しとく」
「登録するだけじゃなくてちゃんとメールも電話もしてほしいっス!」
「覚えてたら」
「えぇ!」





ほら、遅れるよ、そう言えば彼はまた表情を変える。初めて見たときのように顔を歪めるのではなく、ぶすっとしたように。
鐘が鳴り終わると彼は私に背を向け歩き出す。私も席に戻ろうと背を向けて歩き出す。






「柴田っち!」
「え?」





まだ何か用だろうか。ていうか柴田っちってなんだ。○○ちって女子か。そう考えながら振り返ると彼は今日一番の笑顔を私を向けていた。







「あの場所であったことは、2人だけの秘密っスよ!!また一緒に話ができるの楽しみにしてるっス!じゃあ!!」
「え」






彼はそう言うと再び私に背を向けて歩き出した。秘密とは、わたしが最初に聞いた彼の愚痴のことだろうか。黄瀬から渡されたアドレスが書かれた紙を見つめ席につく。すると今迄寝ていた黒子が身体を乗り出して紙を除く。





「こら、プライバシーの侵害」
「ナンパでもされたんですか」






違う、そう言えば彼は納得がいかないといったようにじっと私を見つめた後、何も書かれていない黒板へと視線を向けた。
なんと言えばいいのか、そうしばらく考えてみたものの暖かい陽の光を浴び、更にお腹が膨れたおかげで眠気に誘われたので考えるのをやめた。

彼に関して知らないことだらけだけど、友達だと認識してもいいのだろうか。いや、することにしよう。そう考えていたら自然と頬がにやけてしまい、いつも通り黒子からの「気持ち悪いです」と言う冷たい言葉とともに授業の開始を迎えた。













ふと、過去の記憶から意識を戻す。
机の下で携帯を開いて彼の名前を探し、メール作成画面を開きカチカチとボタンを押す。








『そういえば、初めて会った時に貸した充電器ってどうしたっけ?』








ヴヴ、すぐに携帯が振動する。校庭に目を向けると携帯を手に持つ彼。どうやら真面目に授業を受ける気はないらしい。






『あ、オレ返すの忘れてるっス!』







ま、いっか。





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