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無くしたもの
64 退避失敗









「大会が終わったら三年は引退なんですねえ。センパイは進路とか決まってますか?」「…決まってるっちゃあ、決まってるな」
「なんで曖昧なんですか」
「…ま、この話はまた今度、だ。」
「……ふうん」
「なんだよ、文句あんのかオラ」
「いて、そんな横暴な」






決勝トーナメント2回戦目、結局黒子はベンチに下げたままコートに立たせることは出来なかった。しかし黒子を失ってもなお、青峰は変わらず圧倒的な強さを見せつける事となる。投げやりな、見ている者が不安を覚えてしまうような独りよがりのプレイ。

それがまた、黒子を追い詰めることになった。







試合後、宿舎で監督から告げられた言葉が、わたしには正しいものには思えない。監督が言うように、慰めるつもりなんてさらさらない。けど、だれにだって助けは必要でしょう。言葉じゃなくても、側にいるだけで救われることだってある。それを何も言わず黙ってろだなんて、わたしにはわからない。傷口を放っておけばいずれ膿み、余計大きな事態を招くに決まってる。


そんな考えを抱いたのは私だけではなかったらしく、宿舎を出てぼんやりと歩いていれば難しい顔をした虹村センパイとたまたま視線がかち合った。帰る方向がどうやら同じらしい、ぽつぽつと会話を零しながら帰路を共にする。道中、ずっと情けない顔してるだの試合を見てるときの顔がおぞましかっただの罵られたけど噛み付く元気はわたしにはもうなかった。まあそれは事実だし、理解できるのだけど。

なんでわたしは今、虹村センパイとテーブルを挟んで向かい合っているのだろうか。ていうかそもそも、






「何故わたしは虹村センパイとごはん屋さんにいるんですかね」
「うまそうな中華料理屋があったから」
「明日も試合ですよね」
「すんませーん、注文いいっスか」
「ちょ」





はーい、なんてすぐさまテーブルの横に立った店員に虹村センパイは慣れたように注文を繰り返す。仮に控えだとしても試合があったのになんでこんなに元気なんだろう。ラーメンチャーハンセット餃子エビチリ、虹村センパイからつらつらと出てくる言葉に開いた口がふさがらない。


……頼みすぎじゃないのか。明日に備えて身体を休めるべきだと思うのはわたしだけなんだろうか。
信じられない、そんな思いで目前の人物を眺めていれば「何ボサッとしてんだよ」メンチを切られた。こわ。





「何食う?」
「……あんまり食欲が」
「すんません、ラーメンチャーハンセット二つに変更で」
「あれ?話聞いてますか?」





店員の口から繰り返される注文を聞くだけでわたしはお腹がいっぱいなわけだけど。食べれる気がしない。から残ったら目の前のバスケ番長に押し付けることにしよう。
去っていく店員の背中を眺めつつお冷やを口に含めば同じようにコップを手に取ったセンパイと目が合う。




「やっとほぐれたな」
「ん、なにがですか」
「言ったろ、ずっと情けない顔してるって」
「……まあ、情けないかは置いといて、笑顔振りまく気分にはなれないですね」





早くも空になったコップを手で遊ばせれば、カラカラと氷がぶつかる音が響く。ふうん、と、聞いてきた本人にはなんとも薄い反応を返された。





「ほんで、青峰に愛のお説教は出来たのかよ」




言いつつ、空になったコップにお水を注がれる。なにが愛のお説教だ。おっとっと、なんて微かに心に芽生えた反抗心を誤魔化すようにおちゃらければ眉間に思いっきりシワを寄せられた。コップ片手に頬杖を着き視線を泳がせれば立て続けにおでこを叩かれる。





「するつもりなんてなかったんですよ」
「って事はしたんだな」
「地面に捨て倒した上に胸倉まで掴んでしまいました」
「ぶふっ、なんだそりゃおまえ!」





おっそろしい女だな。と、続けて口を開いた目前の人物はそれはそれは楽しそうにお腹を抱えて笑っている。……なんでそんな他人事なんだろう。かわいい後輩が悩んでるんだけどなあ。虹村センパイの心意がわからない。無意識に口を尖らせれば業務的な店員の声とともに運ばれてきたエビチリと餃子がテーブルに置かれる。お、美味しそう。


パキン。差し出された割り箸を受け取って割れば、目の前のセンパイの口角がニヤリとつり上がった。





「で、青峰はどーだよ」




だから、なんで楽しそうなんだ。





「……見たまま、ぐれ峰のままですね。わたし、明日の試合が怖くてたまらないんですよ。どうにかして青峰を試合に出させないようにできないか、ずっと考えてます」
「ばーか、そんなことできっかよ。したらお前、どーなるかわかってんだろーな。青峰がどうこうの話じゃなくなるぜ」
「…できませんよ、わたしにはそんなこと」





出来ないことは百も承知だ。いくら腕を認められて監督補佐を任せられてるとしても、こんな小娘一人の意見が通るわけがないのもわかってる。あっけらかんとした態度でそうため息を着けば、なんだそれ、なんてセンパイは不満げに口を尖らせた。肩をすくめ、エビチリを口に含んで咀嚼を繰り返す。……ただ、誰かに口に出して言うことで思いっきり否定されて諦めたかっただけ。もしかしたらどうにかできるかもしれない、なんて、情けなくも抱いた淡い期待をぶち壊して欲しかっただけなんだ。「……なあ」と、しばらく結ばれていた口が開いた。





「お前って赤司のことどーおもってんだ?」
「頼れる主将」
「そーゆうことじゃねーっつー……っの!!」
「いっ!!!!〜〜〜った!!!」
「リアクションがきもい」




口を尖らせたまま、そう投げかけてきたセンパイに迷わず口を開く。
しかしそんなわたしの返答がお気に召さなかったらしい、未使用の割り箸で思いっきりデコピンされ思わず机に突っ伏した。信じられない。木だぞこれ。おまけにリアクションまで罵られる始末。何も間違いではなかったと思うんだけど。そもそも恋話とか興味あるんだ、やっぱりそこは中学生なんだなあ。

前髪がないおかげでそのままの威力の攻撃を食らったおでこはきっと、赤くなってるだろう。これほんとに痛いや。涙で視界が滲んだままセンパイを見上げれば「そんで?」再び問いかけられる。






「何が聞きたいんですか。恋話したいなら申し訳ないですけど、わたしそんないいネタなんか持ってないですよ。強いて言えばさつきちゃんと黒子のことくらい。」
「へえ、一応聞いといてやるよ」





センパイは肩肘をついてそう言った。行儀悪いですよ、と言えば「ほっとけ」なんてわたしは軽くあしらわれただけ。せめてもう少し興味ある素振りくらい見せてくれないかな。しかし他人の恋事情に興味があるのはわたしも同じで、それがさつきちゃんと黒子となれば尚更。話したいことは山ほどある。





「さつきちゃんと黒子がデートしたんですよ。アウトレットデートってやつ」
「あー、そいや合宿最終日は午後休みがあったな。前々から桃井のことかわいいって言ってたやつが騒いでたから知ってるわ」
「おお、さすがさつきちゃん。しかもシューズ店でさつきちゃんセレクトのバッシュを黒子が買ったんです。どうですか、テンション上がりません?」
「……おまえな、テンション上がってんならもっと顔に出せよ。わかりづれーわ。」
「む、こう言う顔なんですよ」
「はいはい。で?お前は桃井と黒子の後でも着けたわけか?」
「いえ、そんなことしたらバレた時のことが怖いので着けてはないです。あ、黄瀬と一緒に合流はしたけど、それはさつきちゃんに頼まれたからですし」
「………あー、そっか、黄瀬もいたか」





意外や意外。思いの外真面目に耳を傾けてくれた事にまず驚きだ。嬉々としてそう話すわたしの口から飛び出した名前に、センパイの顔が一瞬強張った。……気がしたけど、気のせいだろうか。
それとも黄瀬との間に何かあったのか。生憎あんな性格の黄瀬だ。周りから反感を買うことが多いのは知ってるし、実際に見てきた。まあ、何かあったなら黄瀬の顔面はボコボコになってるはずだし、今現在綺麗な顔を保ってると言うことはわざわざ首を突っ込む程のことじゃないって事だろう。「モテ期ってやつだな」なんて乾いた笑いを寄越してきた虹村センパイの言葉は拾わないことにする。新たに運ばれてきたラーメンを一口啜った。あ、これ絶対たべきれないわ。




……しかし、モテ期か。
周りが周りなだけに忘れてたけど。






「虹村センパイは地味にもてますよね」
「地味ってなんだコラ」






何言っても噛みつかれるのは何でだろう。


ラーメンとチャーハンを交互に口に運ぶ目前の人物にそう言えば鋭い眼光を向けられる。初めこそ押し黙るしかなかったけど、部活で今日この日までほぼ毎日会ってたんだ。この眼にももう随分慣れたもので、ただただセンパイの顔を凝視してればいつものあひる口でそっぽを向かれた。






「普段黄瀬のファンばっかりであまり目立たないんですよね」
「モテた覚えなんかねーよ」
「そうですか?試合会場とかの応援席で虹色のリストバンドしてる女の子とかいますよ。センパイのこと好きなのかなあって思って見てますけど、違うんですか?」
「……お前はまたどーでもいいことばっか」
「…視野が広いと言っていただきたい」






観察だって大事でしょう。続けてそう言えば「あー、そーだな」なんとも感情のこもってない返事をされた。








「女のその感情はなんなんだよ。影で騒がれてもなんも嬉しくねぇ」
「……うーん。かっこいいとは思うけど、バスケ部主将だったしなにより女の子に興味なさそうだし。雲の上の人、みたいな感じじゃあないですか?まあ実際直で話してみれば目つき悪いし口悪いし手癖も悪ければ足癖も悪いから女の子は怖いんじゃないですかね」
「お前はほんとオレを舐めてるよな」





あ、ついつい口が。あからさまに口を押さえる仕草をすれば口角をヒクつかせたセンパイが硬く拳を作っていた。あれ?殴られる?


しかし次の瞬間には拳を静かに下ろして伏せ目がちに口を尖らせたセンパイに、そんな恐怖も直ぐに消え失せることになった。







「意味わかんねーよ。勝手な理想抱かれて影できゃあきゃあ言われても、それこそありがた迷惑なだけだ。てか、それを言うなら黄瀬だろ。」





首をさすりながらそう呟いた。……なんで黄瀬?疑問を抱きつつ餃子を一つ口に運べば、わたしが聞くよりも先に目の前の人物によって答えを聞かされた。







「モデルだかなんだか知らねーけど、変に愛想振りまくから陰湿なファンも増えんだろ。被害被るのはお前らマネージャーだって分かってんのか?お前飼い主みたいなもんなんだからどうにかしろよ。扱いなんて慣れてんだろ」
「………飼った覚えはないです」






そうこう話してるうちに虹村センパイの器は空に近づいている。わたしの器はまだまだ空には程遠いと言うのに。そんなわたしの視線に気付いたのか「待っててやるからゆっくり食え」なんてありがたいお言葉をいただいた。


そもそもお腹いっぱいなんだけどなあ。さりげなくチャーハンをセンパイの前に寄せたら少食ぶってんじゃねえ、と毒を吐きつつも頬張り始めた。大食いファイターみたい。






「アイツのギャラリーはタチがわりーんだよ。この季節は体育館締め切って冷房つけるから部活中はなんの支障もねえけど、出待ちしてるやつが多い。最近は余計だ。」
「まあ、たしかに増えましたね。元々女の子に好かれてたけど、バスケ始めてから余計…なんでしょう。やっぱスポーツマンはモテるんですかねえ。あの変人おは朝信者の緑間でさえ、女の子はかっこいいと言いますから」






たしかに、ここ最近は多かったっけなあ。やっとの思いでラーメンを食べ終え、ふと考えを巡らせる。





「あいつも黙ってりゃあ顔はいいからな。あれで不細工だったら誰も寄り付かねーよ」
「こら、なんてこと言うんです」




それはどうかと思う。微かに眉をひそめて不快感をあらわにするも、意味深に口角を釣り上げたセンパイがさらに笑みを深くするだけだった。たしかに緑間は誰もが認める変人だけど、何に対しても真っ直ぐで誠意を持っている人間だ。それをこんな風に言うのは如何なものか。そもそも、緑間が不細工だったら、なんて想像もできないんだけど。ごちそうさまでした。小さく手のひらを合わせる。残り一つの餃子は大口を開けたセンパイの口に吸い込まれていった。





「ごちそーさん」
「……まあ、黄瀬も黄瀬なりに溜め込んでるものもあるみたいなので、あんまり風当たり強くするのはやめてあげてください。あんな性格してるからそういう事も他人に伝わりにくいだけですよ。」






紙ナプキンで口を拭い、なんの気もなしに言う。黄瀬が女の子関連の事で気を重くしてしまうことは少なくないのは知っているし、彼に出会ったのもそれがきっかけだし。だからなんとなく、深い意味なんてなくそう言ったんだけど。








「お前、なんでそこまであいつらの肩持つんだよ」






ごくん。予想していなかった問いかけにわかりやすく唾を飲みこんでしまった。






「へーえ」






そんなわたしの明らかな動揺の色をこの人が見逃すわけもない。咄嗟に感じた嫌な予感に席を立つ。続けて無造作に置かれた自分の携帯に手を伸ばすも、それはわたしの手の中に収まることはなかった。







「恋話よりよっぽどおもしろそーだな」







気持ち悪いくらいに満面の笑みを浮かべたセンパイに思わず鳥肌が立った。ちなみにわたしの携帯はこの人の手の中、コップ上で悲しくも揺れている。恐らく、ここから一歩出口へと足を踏み出せばそのままポチャン、お陀仏になるだろう。きっと……いや、この人は絶対やる。







「もうこんな時間じゃないですか。明日も試合ありますし、また帰ったらメッセージでやりとりしましょうよ。」
「ハァ?なんだって?先輩相手に既読無視するやつがよく言うわ」
「寝落ちしちゃうんですよ。ほら、疲れてて。アーもう外がこんなに暗いやァ」
「送ってく」
「……門限が。お父さんに怒られちゃう」
「お前んち父親滅多にいないんだろ、青峰が言ってた。よしこれで問題はねェな。はいどーぞ」
「……」







だめだ、逃げられない。諦めておずおずと再びイスに腰掛ける。それでも携帯は私の元には帰ってくることはなく、彼の手に握られたままだった。逃げると思われてるんだろうな。全く信用されてないじゃないか。「逃げるつもりなら」そんな事実についつい乾いた笑いを漏らしていれば、まさに泣く子も黙る様なとんでもない悪人面をしたセンパイが口を開く。










「この携帯から紫原に電話する」






灰崎くんですら逆らえない相手に、
わたしが逆らえるはずもないじゃないか。










あきゅろす。
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