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無くしたもの
62 始まりを告げる








様々な懸念材料を胸に秘めたまま、全中は幕を開けた。とは言っても1日目は開会式のみで(欠伸をこぼしたら後ろにいた緑間に足を蹴られた)わたしたちは列に並びつまらない宣誓を聞いていただけだった。紫原は立ったまま寝てたし相変わらずルーズである。


様々な懸念材料とは、一つは彼らの体力についてだ。全中は一日に二試合行うことになっているため、それはそれはとてつもない体力が必要な事になる。いくらキセキの世代と世間で謳われている彼らも身体は中学生だ。しかしそれも見越して練習ではそれなりにハードなトレーニングメニューを行ったし、彼らならばそれも乗り越えてくれるだろう。何よりも不安な事、それは一度バスケを投げ出そうとした青峰の事だ。あの日の黒子の言葉で気を持ち直したのは事実、だけど、きっとそう簡単に振りきれるものではない。数歩先でうろたえながらもインタビューに答える青峰達に目を向け、ため息を一つこぼす。……大丈夫だ、今は信じよう。黒子の気持ちに応えた、青峰を。






(今日はこれだけか、みんなのインタビューが終わるまでヒマだなあ)





手に持ったトーナメント表をパラパラとめくる。そういえば、青峰と対等に渡り合った人がいるってさつきちゃんが言ってたなぁ。その人なら、今の青峰の迷いを払拭するようなきっかけになってくれるかもしれない。……いや、そう簡単にもいかないか。対等に渡り合ったといっても、それは一年前の話だ。今は手がつけられないほど強くなっている青峰に、この人はどれだけ食らいついてくれるだろうか。……青峰のことを信じるといっても、そう簡単には振りきれるものではない。……いかんいかん、またマイナスにことばかり考えてた。どうしようもないな、わたし。一度沸き起こった不安は何をしてても頭をよぎってしまうもので、その考えを振り払うように手に持ったトーナメント表に顔を埋めた。






「……あ、帝光の子ですか?」
「うわ、あ、はい」
「もしかして、柴田悠さん?あの監督補佐をしてるって言う」
「え」





監督補佐って、いつからわたしはそんな立ち位置にいたのだろうか。「ちょっとお話いいかな?」いやです、なんて否定の言葉を口に出す前にカメラを向けられる。さつきちゃんがインタビューされてたのは知ってたけど、今ではマネージャーもこんなことに巻き込まれてしまうのか。まったくいい迷惑だ。言葉を失っていれば眩しいフラッシュと共に写真を撮られた。おい。つい無意識に眉を潜めていれば、次の瞬間には小型収録機が口元に寄せられる。






「元全日本選手の娘さんなんだって?柴田謙光の!彼は有名なPGだったみたいだけど、君はバスケはやってないの?なんでマネージャーの道に?お父さんは今なにしてんの?」
「え、いや、」






……なんなんだこの人、すごいグイグイくるな。生憎わたしはそんな対応能力なんて持ち合わせてはいないし、ここで一つ一つ質問に応えられるほど話上手じゃない。困ったなあ、どうにかして撒けないだろうか。眉を下げてゆっくり後ずされば、目の前のインタビュアーもゆっくりと前進してくる。いやいやいやいや、勘弁してくれ。あからさまに顔をしかめた瞬間、横から伸びてきた手に腕を引かれた。






「申し訳ないですが、これくらいにしておいていただけないでしょうか?」
「……あれ、インタビューは?」
「もう終わらせたよ」





困った時のヒーロー、赤司くんだ。さっき見たときには多くの取材陣に囲まれていたようだけど、いつの間に終わらせてしまったんだろうか。真っ直ぐにインタビューに向けられた赤い瞳は、わたしを一瞥する。「あ、赤司征十郎くん?二年生にして主将になったっていう?」しばらくの間を空けて、目の前の大人は赤司くんに収録機を向け、それに対して赤司くんはにこりと僅かに目を細め上品な笑みを浮かべた。うん、パーフェクト。その対応に思わず感嘆の声が漏れそうになる。慣れてるんだなあ、流石だ。







「すみません、この後も練習があるのでこの辺りで失礼させていただきます。インタビューをお望みなら、学校に通していただければお話をさせて頂けるので。……では」
「……うわっと、あ、ありがと」






なんだか、赤司くんに腕を引かれる機会がものすごく多い気がする。迷子になった子供の気分だ。毎回毎回申し訳ない。不意に歩みを進められ、足がもつれそうになるのを堪える。ここで転ぶとかダサすぎる、耐えてれてよかった。「悪かったな」「……なにが?」僅かに振り返って発せられた言葉に首をかしげれば、足を止めた彼が踵を返して今度はしっかりとわたしと向き合う。自然と赤い瞳と視線が交わることになり、思わず身を固まらせた。






「去年もインタビューはされたが、マネージャーであるお前たちまで巻き込むことになるとは思わなかったよ。困らせてすまなかったね。二連覇がかかってるからだろう、去年よりも大分大掛かりだ。」
「ああ、大丈夫。さつきちゃんも囲まれてたけど、うまく流してたみたいだし。赤司くんは相変わらずパーフェクトなご対応で。」
「からかうな、お前は随分あからさまに顔をしかめてたようだが。らしくないな。」






言いながら、小さく微笑んだ彼はまた長い足を動かし始める。「……まあ」どうも、父のことを問われるとわたしは表情を崩さずにはいられないらしい。とくに確執があるわけではないが、なんとなく、だ。自然に泳いだ視線は、背中を向けた彼に気づかれることはなかった。赤司くんが主将になって初めて迎える全中。彼の背中にのしかかってるものも、わたしが想像出来ないほどに大きく重いものだろう。他のチームメイトに比べて幾分か華奢なその背中は、わたしにとったらとてつもなく大きいものだ。それは、物理的にも、その他の意味でも。





「なんだ?人の背中をじっと見て」
「…………えぇええ」
「流石に歩き辛いな」
「背中に目でも付いてるの?」





そんなもの付いてるわけないだろう、バカめ。言葉にこそ出さないものの赤司くんの眼は間違いなくそう言ってるようで、無意識に口角がヒクついた。比喩ですって、ごめんなさい。相変わらず賑わう会場では、生徒が各々会話を楽しんでいる。きっと去年やりあった学校同士、熱い誓いでも交わしているのだろう。うん、青春だ。


……お、目を凝らして見てみれば、見知った顔が一人、これまた青春をしているではないか。わたしの視界に入ったのは、楽しそうに顔をほころばせる黒子と、




(一緒にいるの、誰だろ。知らない人だ)





「どうかしたのか?」
「ん、いや、ちょっとね」




見ているこっちがついつい笑顔になってしまうような無邪気さを持った、茶髪の男の子。赤司くんの問いかけに小さく返事をすれば、遠くにいた黒子と視線がかち合った。……うわ、違うよ、ずっと見てたわけじゃないんだよ。思わずぎょっと目を丸めて首を横に振れば、わたしの意図が理解できないと言ったように首を傾げつつ、黒子は小さく手招きを寄越す。まじでか、お呼ばれされてしまった。







「赤司くんや、ちょっと行ってきます」
「構わないが、もうじき会場を出るぞ。このあとも練習があるからな。ついでで悪いが、話が終わったら全員まとめて連れてきてくれ。」







「がってん」「真顔で言うな」「いだっ」敬礼してみせれば頭にチョップを落とされた。そう言う赤司くんこそ真顔だ。しかも赤司くんがチョップって、バスケ部で確実に悪い影響を受けてるに違いない。誰だ、青峰か。
背を向けて歩き出した赤司くんの背中を見送りつつ、わずかな緊張を感じながら黒子の元へと歩みを寄せる。何を隠そう、わたしは自他共に認める人見知りなわけで。ふいに茶髪の彼と目が合ったかと思えば、それはそれは楽しそうにわたしと黒子の顔を眺めた。






「なに!黒子、彼女できたの!?」
「いえ、タイプじゃないです」
「おい」



目を輝かせた茶髪の彼の言葉はわたしが口を開くよりも早く、黒子が一刀両断にした。
呼んでおいて早々否定から入るってどうなの。するならするでもっといい否定の仕方があるだろ。隣に並ぶ黒子に軽蔑の目を向けてやれば「よくここに居るのがわかりましたね」なんてきょとんと目を丸めていた。うまいこと話を逸らされた。けどたしかに、自慢ではないけど、ここ最近は不思議と比較的早いスピードで黒子の姿を捉えることができるようになった。一年前なんて、隣の席にいたことすら認識することができなかったのに。





「柴田さん、彼がボクの親友の萩原シゲヒロくんです。何度か話をしたことありましたよね?紹介しておきたくて」
「……ああ!萩原クン!」





……そうか、彼が萩原くん。目の前ではにかむ彼は黒子から聞いたとおり、ほんとに聞いままの人物だった。黒子の親友で、黒子にバスケを教えた張本人。黒子のバスケ人生を語る上で、避けることの出来ない人物。かつて2人が交わしたと「お互いレギュラーになって全中で会おう」なんて約束は、夢じゃなくてこうして現実味を帯び始めた。一年前、黒子からそう聞いたことがあるわたしからすれば、彼らの再開は感慨深い物がある。…黒子に相応しい素敵な人だ。きっとこの人の周りに集まる人も、素敵な人に違いない。彼の口元にお米がついてるのは置いといて。







「柴田悠さんだっけ?黒子からよく話はきいてるよ!帝光のマネージャーさんなんだよな!よろしく!」
「黒子がお世話になってます。この子余計なこと言ってないですか?こんなおとなしそうな顔してるくせに失礼な事ばっか言うから」
「保護者ですか」
「お!?黒子コントなんてするようになったのか!」
「違います」




















「萩原くん、いい人だねえ。まさに黒子の親友って感じだった。」
「……そうですね。まさにってとこがよくわからないですが、いい人なのは事実です」




あれからしばらくコント紛いの談笑を続けたわたしたちは「決勝で必ず会おう」なんて萩原クンと熱い約束を交わし、会場を後にした。なんとも人当たりのいい人だった。いい友達になれそうだ。ゆるりと柔らかい笑みを浮かべる黒子を見れば、萩原くんが黒子にとってどれだけ大切な存在なのかが手に取るようにわかる。彼と会って実感したのは、辛い挫折を乗り越え、黒子の努力が報われたと言う事。自然とわたしの頬も緩む。会場を出ればすでに揃ったカラフルヘッド御一行に迎えられた。ああ、みんなのこと忘れてたわ。







「あ、そうだ」




なんともでかい彼らの後ろを着いて歩く。前を歩くカラフルな頭を眺めて、そういえばひとつ忘れていた事があると思い出した。歩みを止めることなく肩にかけたバックを漁り始めれば「……何を出そうとしてるのだよ」不審そうに緑間が呟く。やだなあ、なにを想像してるんだよ。そんな変なもの出さないよ、なんの気もなしに言えば「前に剥き出しのパンが出てきただろう」と眉を顰めた。違うんだよ、それは紫原の悪意に満ちたいたずらでだな。ってそんなことはどうでもよくて、






「じゃーん」
「あ、前に買ってた靴紐っスね」




「って、ずっと持ってたんスか!」「忘れてた」そう、以前形ばかりのダブルデートをした時に購入したみんなのイメージカラーの靴紐。全中の時のお守りに、なんて言ってたのに今日の今日まですっかり忘れていた。手に持ったそれを半ば強引にみんなの手に収ませれば、目を輝かせる者もいれば不思議そうに首をかしげる者もいる。





「わ!わたしの分まであるんだ…!ピンク…!かわいい…!!」
「……なんか小っ恥ずかしいけど、しょーがないから着けてあげてもいいよ。えらいえらいよしよーし」
「何紫原、珍しく素直、うわ、酔うって。」




珍しく素直にそれをジャージのポッケに押し込む紫原は、ゆるりと口角を上げたままわたしの頭をガシガシと撫でる。ぐわんぐわんと揺れる視界の中で、緑間が小さく微笑んだ気がして思わず胸がキュンとする。心の中だけに止めておこう。ツンデレ最高。






「……なんだか、中学生らしいですね。やっと、目で見えてわかりやすくチームと言うものになれた気がします。」
「……体育館着いたら、付け直すか」
「青峰着けれる?やってあげよっか?」
「よーし柴田歯ァ食い縛れ」
「拳を下ろせ青峰、女子に振りかざすものではないだろう。グーはやめろ」
「パーでもダメだからね」





遠回しに平手打ちにしておけって聞こえるけど気のせいですかね。赤司くんの言葉にしっかりと顔をガードする。その瞬間にガラ空きだった背中を青峰に平手打ちされた。おい背中はズルいって。思わずつんのめって緑間にぶつかってしまえば思いっきり睨まれた。あれ?さっきの可愛さは?「青峰、転んだらどうするんだ」「引きずる」いや、赤司くんがグーはダメって言うから。そんな中わかりやすく目を輝かせてくれたのは黒子で「こう言うのは初めてなので」と照れくさそうに顔をほころばせる。なんだよ、かわいいな黒子。今は後ろでのたうちまわるさつきちゃんの気持ちもわかる。小型犬、テツ。





「柴田、お前自身のはないのか?」





赤司くんの問いかけに、そこにいた全員の視線がわたしに向けられた。律儀に足まで止めて。………わたしの?





「あーーーーーーー……ね。」
「おい」




忘れてた。てへへ、なんて真顔で頭を小突けば、さっきまでわたしを見ていた彼らの表情が呆れを含んだものに変わる。忘れてたものはしょうがない、うん。








「まあ、ね、わたしはまた今度買ってくるから。よかったらそれ着けといてよ。とりあえず願掛けね。何事もなく全中二連覇しますよーに。はい、全中二連覇するぞーえいえいおーーーーー」
「なんか投げやりになってないっスか!?」
「彼女はいつもこんなんです」
「たまにこんなんになっちゃうよねえ」
「大体こんなんだろーが」
「呆れて物も言えないのだよ。」
「……紫原、いくらなんでも靴紐を食べるのはやめておけ」
「赤チン、これヒモQ」










あきゅろす。
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