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無くしたもの
06 黄瀬と絆を深める



ふう、息を吐けば白い吐息が目に映る。中学生になって初めての冬、いつもよりものんびりと学校に向かっていた。他の生徒と同じように歩いていればモデルという肩書きを持つ自分には数人の女の子が挨拶から始め隣を並んで歩いてくる。ぶっちゃけ一人一人顔なんて覚えていないけど。なんとなく会話を流しながらふと前方をみると見知った背中を見つけた。大好きな親友の背中。






「柴田っち!」
「うわ、黄瀬、おはよ」







隣を歩く女の子に一声かけ、かけよる。背中が近くなったと同時に声をかけると驚いたようにこちらに視線を寄越し、挨拶を済ませた。






「おはよ!一緒に、って、顔どうしたんスか?」
「ブサイク?」
「いや、かわいいっス!じゃなくて!目!眼帯どうしたんすか!」






こっちを向いた柴田っちの顔には右目に覆う白い眼帯があった。なにがあったんスか!柴田っちの頬を両手でさすれば困ったように笑う。あ、かわいい。






「ものもらいができたんだよ、痛いし腫れててブサイクになっちゃったから見ないでね」
「ものもらい!?びびったじゃないっスか!」
「そんな驚くかね」
「一瞬女の子に目付けられたのかと」
「そんな激しい事する女の子いないよ」







笑ながら左手で鼻の下を擦りながら話す。この仕草は彼女が何かを隠してる時に出る癖だ。彼女と知り合ったのは入学して二カ月ほど後のこと。なんと言うか影で悪態つくオレを見られると言う決していいとは言えない雰囲気の中でで出会った。
彼女の隣はひどく居心地がいいし、なんと言うか、謎の安心感がある。初めて会ったあのベンチで昼を一緒に済ますこともあるし、一緒に帰り、メールだってする。





人と余り関わりを持たないこの子がモデルのオレと仲良くしてれば、男にばかりいい顔をする、と、厄介な考えをしてしまうのが女子だ。おそらく怪我させたのはオレのファン。最近の女の子は過激なことをするらしい。「どうしたの?」俯いて考えていた声をかけられた。






「いや、なんでもないっス!そういえば、昨日は帰るの遅かったんスか?」





はぐらかすのにも彼女なりの理由があるんだろう、いまはあまり追求しない事にしよう。






「昨日はねえ…課題を片付けてたら遅くなっちゃったかな、たしか」
「え、提出期限近いのある?」
「明後日までのがあったかな」
「やべ、やらないと…!ね、柴田っち、」
「課題は見せません」
「早いっス!もっと悩んで!」
「ふふ、黄瀬くんや、私はそんなに甘くないぞ」







そう顎に手を当てて言う柴田っち。「いじわるっスね」「かわいいからこそ突き放すのだよ」と笑いあう。



さりげない会話も彼女となら楽しい。だから自分と付き合うことによってファンが彼女に対してひどい仕打ちをすることも想定内。それでも、自分が守ってやればいいだなんて夢を見ていたが、実際彼女にも予定がある。毎日一緒に帰れるとは限らない。それなら自分が離れればいいのかもしれない。そんなことをいつも考えながらも、自分はおもった以上に彼女に思い入れがあるようだ。離れることは考えられない。それならどうするべきか、もんもんと考えていれば痛々しい彼女の顔が自分を覗き込む。







「どう?なんかやりたいこと見つかった?」






とんとん、靴を履き替え柴田っちへの返答を考える。
なんと言うか、やろうと思えばなんでも出来てしまう自分は何に対しても消極的になってしまっていた。だって嫌でしょ。サッカーだろうが野球だろうが、自分よりあとに入ってきたやつが軽々と何でもこなしてしまってレギュラーの座を取られるとか。そういう時の自分に対する周りの反応を知っているから、今更何を始めようとも考えていない。けれどその反面、一心不乱に打ち込める何かを欲しているのはまぎれもない事実だった。








「うーん、今の所ないっスね。できちゃった時のこと考えると、どうしても」
「まあまだ一年だし、これからだね。」
「ま、部活やりはじめたら柴田っちとも帰れなくなるし。今は今で楽しいっスよ」
「わたしも黄瀬といるの楽しいよ。部活やらない限りは一緒に遊んでね」
「…なんか恥ずかしいっスね」
「そうかね」











彼女もそのオレの気持ちを知っているから、いつも気にかけてくれる。そこであれやれこれやれと言われてしまえば鬱陶しく感じてしまうのかもしれないが、それを言わないのが彼女の良さなのだろう。悪く言ってしまえば、他人に興味がないとでも言うのか。


彼女はうんうんと相槌を打って傾聴してくれた。そんなたわいない話をしているうちにあっという間に教室につく。「じゃあ、またね」「寝たらダメっスよ!」そう言い彼女と別れる。ああ、なんで違うクラスなのか。ガタン、椅子を引いて席に着けばあっという間に女子に囲まれる。カチカチ、シャーペンの芯を出し、頬杖をつき物思いにふける。どうしたら彼女を助けられるのか。











朝、黄瀬に声をかけられるとは思わなかった。さすがに会わないわけにはいかないだろうがわたしが登校する時間に彼を見かけることは無かったから。わたしの顔を見るなり彼は慌てふためいて労わりの言葉をくれた。…そんな心配しなくてもなあ。
どう言い訳をしようか考えるより先に、ものもらい、と言う単語がでてきた。



実際は誰もが予想がつくだろう、黄瀬のファンの女の子にやられてしまった。ビックリする話で、靴を隠すとかそんな地味な攻撃ではなく彼女たちは紙で包まれた石を投げてきたのだ。これはさすがに痛かった。しかも打ち所も悪く、右目に当たり血管が切れてしまい、わたしの右目は真っ赤に染まってしまった。綺麗なオッドアイと言うわけにもいかず、家に帰って鏡を見てみればなかなか気味が悪い。さすがにそのまま学校に行くことなど出来ず、眼科に行って眼帯を買ってきた昨日の出来事である。そして今に至る。




納得したようなそぶりを見せた黄瀬だったけど、あれはもう気づいてるんだろうなあ。彼はとても勘が鋭いし周りをよく見ているから。黄瀬と別れて教室に向かえば、後ろの席で巨体を丸めて眠る紫。と、いつものように隣で読書をする黒子。





「おはようございます、目、どうかしたんですか?」




早速疑問を投げかけてきたのは黒子だ。






「いやあ、ものもらいができちゃって」
「目、こすってばっかりいるからですよ」
「癖だからかな」
「そうですか」






ガタン、椅子を引いて席につく。納得したような様子の黒子から視線を窓の外の校庭に向ける。彼らにはモデルの友達がいるなんて言ってないからな、別にものもらいでも疑問を持つことはないだろう。
ただ黄瀬に問いただされた時、わたしには嘘をついて誤魔化すことができない気がする。カチカチ、シャーペンの芯を出し考える。どうしたら納得させられるだろうか。















うーん、結局いい案は思いつかなかった。それでも割とそんな追求される事もなく1日を終えることができた。後ろで未だに眠る大きな背中に部活に向かうよう促せば、「母親みたいなこと言わないでよー」と眠そうに反論された。「こんな息子いらない」と言えば「オレもこんな母親いらないしー」と紫原。「わたしが赤司くんに怒られる」そう言えば、あっそーっと欠伸を漏らし席を立った。こら、あっそーってなんだ。他人事か。







大きな背中を見送り廊下を歩く。なんでかわたしは一軍との接触率が高く、部活に向かううざいテンションの青峰に眼帯を引っ張られてぱちんとされたり、緑間には地味に心配をされた。ツンデレである。








「…ふぁ…あぁ」








ふう、暇だ。今日は課題は全て片付けてやることもなかったし、外も寒くて中々帰る気にならなかったため、目の前に迫り来る試験のことを考えて勉強していた。
ただ教室には先客(化粧ばっちり巻き髪の私の苦手な部類)がいたため、生物室に逃げてきた。
亀の水槽を見つめ一人欠伸を漏らす。かえろーかなあ、ぼーっとしてたら暗くなってきたし。






「じゃあね、亀蔵」






プラスチックの壁越しにこちらを見つめる亀蔵に向かって軽く指先でコンコン、と水槽を突けば亀蔵はそっぽを向いて歩き出した。つれない。カバンを持って教室を出る。寒、今日は誰にも会わずに帰ろう、そんなことを思いながら階段を降りる。ああ、そういえば花壇は荒れていないかな、様子を見て帰ろう。悲しいかな、時々覗くとゴミが置いてたりするからね。それを捨てるのも暇なわたしの仕事だ。






「…おお…今日はきれいだあ」







そんなことを思いながら花壇を眺めているときゃっきゃ、と楽しそうな甲高い女の子の声が聞こえた。見上げてみれば二階からバケツをもってこちらを見ている。ほんとにやるの?やめときなよ〜、ちょっとびびらせるだけだから、なんて物騒な会話。まさかとは思うが、この真冬に水など被りたくはない。足早に去ろうとした。が、そうもいかなかった。





「あ!!!あぶな!!!」







そう女の子が叫んだと思えば、ばしゃ、気づけば私は全身水浸し。次の瞬間には数センチ先に青色の見慣れたバケツが宙から地面へと鈍い音を立てて叩きつけられた。ちょ、やばいって、どうするの、帰ろう。呆然とする私を見下ろし慌てながら女の子は言う。あ、ほんとにやるつもりはなかったんだ。消えない驚きの中でそんなことを考えていたが、気づいた時には女の子たちの姿は見えなくなってた。






「さ、さむい…」






真冬に冷水が頭から降ってくるだなんてシャレにならない。ただでさえ吐く息は白い、日が落ちればもっと冷え込むことだろう。寒い。とにかく冷たい。

制服を軽く絞れば、吸収された冷たい水が音を立てて地面へと吸い込まれていった。




とりあえず、ロッカー室かな。着替え、体操服は…昨日体育があったから持って帰ってしまっただろうか。ロッカー室へ行ってみるが案の定、体操服はない。うわあ、困ったなあ…ぐしっ、とてもかわいいとは言えないくしゃみをする。これは風邪ひいちゃうコースだ、ついてない。
さて、どうするべきだろうか。










「あー、わけわかんない」






すっかり辺りが暗くなった教室で一人問題用紙と睨めっこをするオレ。うん、何でもこなせると言ったけれども勉強は得意ではないのだ。どうせなら頭も良く作ってほしかったが、天は二物を与えず。まさにオレのこと。








「よし帰ろう」





もう随分悩んだ。だってあたりも暗いし。空欄が目立つ問題用紙をカバンに突っ込み席を立つ。彼女はまだ学校にいるだろうか。なぜか家にまっすぐ帰ることを嫌っている彼女だからきっとどこかにいるだろう。
ズボンの後ろポケットから携帯を取り出し、彼女の名前を探した。廊下に出れば冷えた空気が頬をかすめた。




















あれからわたしは近くの教室に避難して身体を拭いていた。いくらなんでもこんなびしょびしょで街を歩くわけにもいかないし、この大事な時期に風邪をひいて学校を休むわけにもいかない。考え抜いた結果がこれ。教室に置いてあったストーブを勝手につけ、目の前に腰掛ける。湿り気はすこし無くなくってきた、気がする。






「……いつ乾くんだこれ…」






せめて髪だけでも乾けば帰れないこともない、か。はあ、とため息を突けば机に置いた携帯がヴヴヴ、と音を立てて震える。手を伸ばして携帯を取り画面を除く。





「…黄瀬…」





今日は確か授業中の小テストでとんでもない点数を叩き出したから居残りになったと言ってなあ…。
いつものことだからきっと一緒に帰るお誘いだろう、嬉しいけど、








「(さすがに、この格好じゃなあ)」








とはいえ、友達からの電話を無視するわけにはいかない。なんとか誤魔化してしまおう、そうおもい通話ボタンを押した。









「もしもし」
『あ!いまどこスか?』
「今日は早く終わったからもう家にいるよ」
『あらら、いま部活終わったから良かったら一緒に買い食いでもって思ったんスけど』







大好きな彼に嘘をつくのは、とてもとても心苦しい。
申し訳ないけれどまた明日にしてもらおう。





「ごめんね、また明日いっしょに」




キーンコーンカーンコーン




「あ」




最終下校時間を知らせる鐘が鳴る。






『学校にいるんスか?』





聞こえてたらしい。もう無理だろう、こうなった黄瀬は誤魔化すことができない。





「うん、ごめん、学校」
『どこにいるんスか?なんで帰ったって…何かあったんスか?』
「いや、ただ一人になりたくて」
『…嘘だろ。』
「嘘じゃないよ、こういう時もある」
『……絶対そこ動かないで、
動いたらもう話さないっスよ』
「え」






ブチッ、通話が切られた。あーあ、こんなつもりじゃなかったのに。抱え込んだ膝に顔を埋める。こんな姿を見られたくない、だったらさっさと逃げてしまえればいいのだけれど。黄瀬に嫌われたくはない。どうか、見つかりませんように。








「柴田っち」





こんな願いも叶わない。



開かれた扉を見ればそこに立ってたのは黄瀬で。びしょびしょに濡れたわたしを見た彼の表情は苦しそうに歪められていた。





「…ごめん」
「な、なんで謝ってるんスか…!」






走ったからか、息を切らした黄瀬は私に歩み寄る。隣に立つとブレザーを脱ぎ、冷え切った私の肩にかける。ああ、これだけでも大分暖かいなあ。





「黄瀬、外寒いよ」
「柴田っちのが寒いでしょ」
「でも」
「どうやって帰るつもりなんすか」
「そうですよね、ごめんなさい」






よく考えたらこんなびしょびしょの奴と隣に並んで帰るわけにはいかないな。うん。
肩にかかったブレザーを握り、納得する。そんな私を見た黄瀬は眉を下げ、私の隣に腰掛けた。







「俺のファンの子っスか?」
「ちがうよ、これは事故かな」
「絶対うそでしょ」
「うそじゃないよ」
「…なんで言わないんだよ」
「言わないよ」
「その目だって、そうっスよね?」
「どうだろう」







のらりくらりと言葉を発するわたしをみて黄瀬が顔を歪める。こんな顔をさせたいわけじゃないのに。黄瀬を見て軽く笑顔を見せれば伸びてきた黄瀬の手に強く引き寄せられた。






「黄瀬、濡れるよ、私湿ってるし」
「いいっスよそんなん」
「風邪ひかれたら私が困る」
「いいって」
「うーん」



なんて頑固な子なんだ。





「ほんと、なんで言わないんスか?言ってくれないと、」
「言えないよ」
「…なんで?」





なんで、なんて決まってるじゃないか。




「ファンの子にやられたなんて言ったら黄瀬が一番辛い思いするに決まってるし」





そう言えば黄瀬はわたしの体に回した手に力を込める。きっと誰よりも責任を感じて苦しんでるのは彼だ。責めるわけがない。






「ごめん、柴田っち。」
「なんで謝るの?」
「きっと俺が離れれば、お前なんか興味ないって最初から離れとけば」
「うん」
「怪我することも、こうなることも無かった」
「……うん」
「でも、できないんスよ。」
「うん」
「俺、女の子とここまで仲良くなれたの初めてで、柴田っちのこと大好きなんすよ」
「ありがとう」
「だから、離れられない。ごめん。」
「ははは、ありがとう」






あまりにも弱々しく話す黄瀬はとても見ていられるものではなかった。それでも、縋るように腕に力を込める姿はとても愛おしく感じる。きっと、これが初めてではないんだろうな。いい子なんだよな、すごく。






「離れるなんて許さん」
「……でもまた傷付く、怪我もするかも、」
「黄瀬が友達でいてくれるならそんなのバッチこいだよ」
「俺が嫌っス」
「ええ、わがまま言わないで」
「だから俺が守る」






抱き寄せられたまま髪をぐしぐしと撫で回される。さっきまで湿っていた髪はどうやら乾いたらしく、さらさらと顔をかすめた。
黄瀬の背中に腕を回して背中をさすれば「ふは、俺子供みたいじゃないっスか?」と小さく笑い、ストーブに手を伸ばして電源を切った。私の体が温まったのを確認すると彼は立ち上がり腕を掴んで立たせてくれた。正直彼がどうしてここまで私に肩入れをするのかはわからない。
けれど、わたしだって今更離れることなんてできない。青峰や黒子といったバスケ部以外の大切な大切な親友だ。







「黄瀬」
「ん?」
「来てくれてありがとう」
「うん」
「ブレザー貸してくれてありがとう」
「いいよ」
「友達でいてくれてありがとう」
「当たり前っス」









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