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無くしたもの
50 敵わない






「………さつきちゃん…」
「ん?どうしたの?」
「………これは…ちょっと……」
「なんで!?すっっっっごくいいよ!!!」
「……さようですか」










なんでこんなことに。




















今日は体育館の点検整備があるからいつもより部活が一時間遅く始まるはずだ。
1人静かな教室で頬杖をついて右隣で身体を丸める紫色の頭を見れば大きい背中が寝息に合わせて静かに上下していて、まるで冬眠をしているクマのようだ。これはちょっとやそっとじゃ起きないだろう。よく寝るなあ。


わたしも寝ようか、なんて紫原と同じように身体を丸めればちょんちょんと頭を突かれる感覚に身体を起こす。
顔を上げた先にいたのは満面の笑みのさつきちゃんだった。足音すら聞こえなかった。






「ふっふっふっ」
「…どうしたのさつきちゃん」
「じゃーんっ」





不敵に微笑むさつきちゃん、それでも可愛いのはやっぱり彼女だからだと思う。
じゃーん、わたしの目の前に掲げされたのは可愛らしいポーチだった。なにこれ。

思わず小首をかしげればそんなわたしには目もくれずガタガタとわたしの机に椅子を寄せる。これは長居する気満々だ。いや、全然構わないし暇だからいいけど。






「ふんふふーん」
「なにするの?」






女の子らしいソプラノの声で奏でられるさつきちゃんの鼻歌はわたしにとってご褒美でしかない。……わたしの質問は軽くスルーされたけど、まあいいか。


ぼんやりとさつきちゃんの手元を眺めていれば開いたポーチの口から出てくるのは今をときめく女の子の必需品、マスカラにチークに可愛らしい色をしたリップやなんかが次から次へと飛び出してきた。わお。
どれもこれもわたしには縁のないものだ。

…さつきちゃんでもメイクなんてするのか、これ以上可愛くなってどうするんだろ。





「さつきちゃんはそのままでいいよ」
「え?なに?」
「それ以上モテるのはわたしが許さない」
「さて、」
「ぎゃっ!」




全くわたしの声が届いていない。

口を結んで目の前に座るピンクの頭を眺めていれば素早く顔を抑えられてペンらしきものを握ったさつきちゃんの手がわたしの目元にやってくる。目を見開いて反射的にさつきちゃんの手を掴めば「いいから!」なんて手を叩かれた。いや、目突かれるかと思ったよ。


有無を言わせないその手際の良さにわたしは口を閉じて大人しく目を閉じた。
さっきと同じように耳に入ってくるさつきちゃんの鼻歌は、わたしの耳を震わせた。

さつきちゃん、楽しいのかな。
わたしに化粧をするくらいなら黄瀬にしたほうがよっぽど可愛くなると思うよ。





「ゆうちゃん、化粧映えすると思う!」
「地味顔だからね」
「うーん…まあ…うん」
「正直でよろしい」
「リップ何色にしよう?」
「……おまかせで」
「肌白いし、明るい色も似合いそうだなあ」





せっせと手を働かせるさつきちゃんに、なんて手際の良さなんだろうと感心してしまう。
普段化粧してるようには見えないけど、やっぱりおやすみとかはそれなりにオシャレをして出かけるものなんだろうか。
次から次へと肌に重ねられる得体の知れないそれにわたしの不審感は高まるばかりだ。

睫毛なんか変な違和感しかないし、唇もベトベトして気持ち悪い。
薄く目を開けば満足したように何度も頷くさつきちゃんが視界に入った。





「おわった?」
「メイクはおわったよ!」
「は、ってなに?」
「どうせやるなら徹底的に!」
「他にな、うぐっ」





席を立って背後に回ってきたさつきちゃんを目で追えばふいに髪を掴まれて首が後ろにのけぞった。なんと、さつきちゃんまでそんなことするようになったのか。
はらりと頬をかすめた黒い髪の毛に、結っていたポニーテールが解かれたのだと気付いた。髪が唇に張り付いて気持ち悪い。

カチカチと背後で音がしたとおもえば次から次へと髪が引っ張られる感覚とともに髪がふんわりと巻かれていく。なるほど、徹底してる。





「ゆうちゃん、髪綺麗なんだからもうちょっと縛り方変えたりしたらいいのに…」
「…朝にそんな余裕ないし、走ればぐしゃぐしゃになっちゃうし」
「あ、ロードワークがあるね。じゃあ終わってからやろうよ!わたしやりたい!」
「覚えてたら」
「わたし絶対覚えてるからね!」





さらさらと髪を巻くさつきちゃんの手は止まることがない。髪を撫でられる心地よさに思わず瞼を閉じていればまた無意識のうちにとんでもない約束を取り付けてしまった。
さつきちゃんが忘れるとか絶対ないよ、好きなことに対してなかなか執着心とかすごいし。そんなことを考えて思わず肩をすくめれば「おわり!」肩に手を乗せて言うさつきちゃんに意識を引き戻された。









「うんうん!上出来!!ほら!」
「……ダレコレ」




目の前にかざされた可愛らしい鏡を覗き込めば、くりんとカーブを描いた睫毛にほんのりと淡くピンクに染まった頬。唇はつやつやとこれまたピンクに彩られていて、おまけに髪はふんわりとウェーブを描いて降ろされている。まさに、ダレコレ。

隣できゃっきゃと盛り上がるさつきちゃんはとても満足気だ。素早く携帯を向けられたから反射的に慌てて顔を隠せば「ちょっと!」と頬を膨らませて怒られた。いや、撮られるとか勘弁。一生ネタにされる。

ちらりと横目で時計を見ればあっという間に部活の時間が迫っていた。これはいかん、机の上に置かれている化粧落としに手を伸ばせばすごい勢いでさつきちゃんに手を掴まれた。






「こらこらこら」
「今日はそのままで!」
「いや、いやいやいや。部活あるし」





さつきちゃんの手の中に収まってしまった化粧落としに手を伸ばすも、のらりくらりと交わされてわたしの手が届くことはなかった。……なかなか素早い。しかも利き手が使えないわたしにはきっと勝ち目はないだろう。
諦めて手を引っ込めれば「行こっか!」綺麗に微笑むさつきちゃんはわたしの腕を握ったまま立ち上がり隣で眠る紫色の頭を突ついた。……げ。身体を小さくよじる彼の姿に思わず眉をひそめる。
なんとなく、この姿を見せるのはいまいち気が乗らない。






「ムッくん!部活はじまるからおきて!」
「…わたし先に行こうかな」





くるりと踵を返せばさっきよりもだいぶ強い力で腕を引かれ、再びのけぞった。
そう簡単に行かないよねー、デスヨネー。
そうか、影を薄めていよう。黒子になろう。

口を噤んで黙っていればさつきちゃんのツンツン攻撃に「んー」と言葉を漏らした紫原が顔を上げる。やべ、起きた。





「………うわ」
「……うわってさすがに傷つくんだけど」
「どうムッくん!かわいいでしょ!?」
「………んー」





顔を上げてわたしを視界に捉えるなり眉を潜められる。なんだその反応、この際否定の言葉でもなんでもいいから軽く言ってほしいものだ。謎の気まずさが芽生えて視線を左にずらせばちょうど教室の扉の前でわたしたちを凝視する金髪が目に入る。






「………えぇ、柴田っち?」
「あ、きーちゃん!どう?!」
「……桃っちがやったんスか?!さすがっスね!!ていうか柴田っちめっちゃかわいいっスよ!!別人みたい!!」
「…あ、ありがとう」




あれ、黄瀬じゃん。目があったかと思えば金色の綺麗な瞳がまん丸に見開かれ、ハッとしたようにわたしに駆け寄ってきた。






「いやー、なんか見慣れない子がいると思ったら柴田っちなんスもん!なにがあったんスか一体!」
「いつかメイクしたいと思っててね。今日は部活始まるの遅いし、どうせならっておもって!これは大成功だね〜!」
「…大袈裟な。恥ずかしいからもういい?」
「だめ〜!このまま部活いくのっ!」
「えええ…いやだあ……」





渋るわたしの肩に手を回しキラキラ輝く瞳で
わたしを見やる黄瀬はなんとかわいいこと。
かわいすぎて直視できない。

思わず揺らぐ心に言葉を濁していれば後ろから伸びてきた腕に頭を掴まれてそのままぐりんと後ろを向かされた。
目の前に迫っていた紫原の顔に保健室での出来事がフラッシュバックして思わず距離を取れば「ん?」なんて首を傾げられる。
…かわいいなんて思ってないからね。







「ブス」
「ちょ、きいた?二人とも」
「…いやあ、紫っちのソレは病的って言うかなんていうか…」
「ムッくん…ほんと素直じゃないよね…」




ブスと。さすがに真顔でブスと言われちゃえば傷付かない人はいないと思う。
わたしだってちょっとキタぞ。
嫌な言葉を残してひとり歩き出した紫原の背中をみて、黄瀬とさつきちゃんが目を合わせ同時に肩を竦めた。「ほんと、子供っスよねえ」なんて眉を下げて笑った黄瀬に首をかしげれば、首をこくこくと上下に振ったさつきちゃんも同じような顔をしていた。


















とりあえず、部活をやる上で髪を縛るのは避けられないことだ。頼むから髪だけは縛らせてくれ、なんて必死に頼み込めばさつきちゃんは一瞬で編み込みポニーテールを完成させた。相変わらずの手際の良さにわたしは思わず半目になったよ。いやーすごいね。


なれないこの姿を知り合いに見られるのも恥ずかしくて、逃げるように部室に篭りこっそりと1人でドリンクをせっせと作る。利き手が使えない状態で作るのはなかなか骨が折れるな。コンコン、控えめに部室がノックされ静かに扉が開かれた。


紫原にあっさりとブスと言われたのが自分の中でけっこう響いたのか、異常なほど焦りを感じて現れた人影に向き合うことができない。とりあえず親しい人物じゃなければ焦る必要はない、落ち着け。






「……どうした、体調でも悪いのか」





……振り返るまでもなく、この独特の低音ボイスは我がバスケ部副主将赤司様だと判断できた。よりにもよって、あなたですか。
つくづく、こういう時のわたしの運の悪さはピカイチだ。緑間でいうおは朝占いランキング最下位。生憎ラッキーアイテムも持ってないしそもそも何かも知らないけど。






「柴田?また何かあったのか?」
「いや、なんでも、っうわお」





いつのまに隣に来たのか、いきなり降ってきた声に驚いて肩を揺らせば持っていたドリンクボトルが手から滑り落ちて硬い床にこんにちわした。赤司くんそんな影薄かったっけ。黒子じゃあるまいし。なんて思ったけどわたしが赤司くんの問いかけをスルーしたから心配してくれたんだろう。
床に転がるボトルに視線を向けていた赤司くんに「ごめん」と誤魔化すようにボトルに手を伸ばし屈もうとすれば、隣から伸びてきた手に肩を掴まれる。思わず彼を見上げれば赤い瞳が同じようにわたしを捉えていてわずか数秒間、彼と視線がかち合う。





「珍しいこともあるものだな」
「……はは」
「どういう心境の変化だ?」
「いや、ちがうんだよ」




一瞬、わたしの顔をみて目を丸くした赤司くんはすぐにいつもの涼し気な笑みを浮かべ再びわたしの顔を見やる。
ひいい、非常に気まずい。ただでさえ目が会うだけで平常心ではいられないのに、シグナルレッドの赤い瞳にまじまじと見つめられわたしは心中穏やかではいられない。
彼の手は緩むこともなければ、焦るわたしの表情に猫のように丸い瞳をこれまた一層楽しそうに細めるだけだった。こういう時こそ逃がしてくれないのが赤司くんだ。ほんと、意地悪だと思う。





「もともと化粧映えはしそうだとは思っていたが、なかなかの変わりようだな」
「薄顔だからね。ん?あれ?そういえば副主将がこんなとこにいたらダメじゃない?青峰とか絶対ふざけてると思うよ?はやく戻ったら?」
「オレはサボりに来たわけでは無いよ。柴田に用があって訪ねてきただけだ。青峰がふざけていたとしてやんやと言われてもオレは責任はとらないさ」
「あっ、そうすか」





なんてこった、うまいこと言いくるめられてしまった。……まあ、もういいか。がっくりと肩を落とせば目の前の赤色がより一層楽しそうに頬を綻ばせた。なにがおかしい。




「また紫原の機嫌を損ねただろう」
「え、なんでわかるの」
「あいつほど分かりやすい奴はいないさ」
「赤司くんだからでしょ」
「お前が自分のことに疎いだけだ」
「うっそだあ」





赤司くんの言葉を否定すれば呆れたような困ったような、眉を下げてそんな表情をしていた。そもそも赤司くん程の人間なら、大抵の人の気持ちなんかまるっとお見通しなんじゃないかと思う。赤司くんにはできてもわたしには無理だ。

掴まれていた肩は気づけばすっかり離されていて、落としたボトルを拾い上げようと手を伸ばせばわたしよりも数秒早く手を伸ばした赤司くんによって阻まれた。







「紫原の気持ちはわからないでもないな」
「ブスって言われたのだよ」
「なんで緑間なんだ」
「ショック隠しなのだよ」
「そうか」
「なのだよ」
「ところで」
「はい」
「その距離はなんだ?」






メガネをクイッとあげる仕草とともに緑間のモノマネを披露すれば不思議そうな目をした彼が腕を組んでそう告げる。
はて、なんのことか。そこで言われて初めて赤司くんとわたしの間に不自然に空いた距離に気付く。無意識のその行動に乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。

なんて言うか。紫原との保健室での一件以来わたしは男と女の違いと言うのを身をもって学んだわけで、今まさに薄い笑みを浮かべて距離を詰めてくる赤司くんに対しての謎の警戒心の現れといったところだろう。





いや、じゃなくて。

知らない間に距離を詰められて逃げ場を失ったわたしを見下ろして笑う赤は、なんて意地悪なんだろう。相変わらずうるさい心臓の鼓動は止まることもなければ治まることもない。落ち着け、落ち着け。平常心を保とうと強く赤司くんを見ればなんてことはない、頬に伸びてきたキレイな彼の手にそんな思いも簡単に打ち砕かれた。


するりと頬を撫でられたかと思えば彼の細い指は、そのままわたしの首筋を撫でる。
あまりのこそばゆさに赤司くんの腕を掴めば彼はそれを拒否と受け取ったのか、あっさりと指の動きを止めた。







「珍しいものしてるな」
「……あ、ああ、黄瀬からの退院祝いで」




首筋を辿って降りてきた指は鎖骨に近い位置で優しく動く。珍しいもの、その単語の意味は彼が私の首にかかった黄色に淡く光るネックレスを指先で触れたことによって理解できた。「そうか」なんて呟いたまま彼の手は再びわたしの肌を慈しむように動き、赤司くんの腕を掴むわたしの腕は彼にとってなんの障害にもなっていないことを痛感させられた。


思えば紫原も赤司くんも、友達にするソレとは違う、一線を越えた行動が多い。百歩譲って紫原に関しては甘えてるだけにしよう、だけど赤司くんのソレは下手をしたらいろんな人に誤解をされてしまいそうだ。
勘違いされてしまのではないだろか、思わず手に力を込めれば余裕そうに微笑んでいた目の前の彼は不思議そうに小首をかしげた。






「…えと、こういうのはあんまり、よくないんじゃないかと」
「こういうの、って?」
「………周りから誤解されるような」





様子を伺うようにぽつりぽつりと慎重に言葉を発するわたしと打って変わって、目の前の赤は相変わらず余裕そうに微笑む。
……かと思えば、伏せ目がちに呟いたわたしの言葉を皮切りに彼の穏やかな目が冷たく細められ、その表情に今度はわたしが目を瞬かせることとなった。……何かまた、気に触るようなことを言ったのだろうか。
じっとわたしを見据える赤司くんと、口を開くことのできないわたしのせいで部室は気味が悪いくらいに静寂に包まれている。

パタパタと外から足音が聞こえてくる。
すぅ、と赤司くんが小さく息を吸う。









「 」








赤司くんが言葉を発したのと扉が開かれたのは、おそらく同時だっただろう。
それでも赤司くんの言葉は途切れることなく、しっかりとわたしの耳を震わせた。



今、なんて言った?

口をぽっかりと開き、目を丸く瞬かせたまま固まるわたしの姿ははたから見れば相当笑えるものだろう。
小さく耳に届いた聞き覚えのあるソプラノの声に、部室にやってきたのがさつきちゃんだと認識したのはそれからしばらく後だ。
わたしと赤司くんの奇妙な空気を読み取ったのか、さつきちゃんはばつが悪そうに苦笑いを浮かべていた。そんな中、先に動き出したのはやっぱり赤司くんで、立ちすくむわたしからピンクの彼女に視線を移すと「監督はきたのか?」と問う。






「うん。話があるから赤司くんとゆうちゃんを呼んで来いって。」
「そうか、桃井もわざわざすまなかったね。オレは先に行くから直ぐに体育館に戻ってくれ。柴田も、悪いが至急戻るんだ」
「……あ、はい」






赤司くんの口ぶりからして、部室にきた用というのは監督からの話のことだったんだろう。それがなんであんな事になったのか、やっぱり赤司くんは掴めない。
あっさりと姿を消した彼の後を追うように部室の扉を眺めていれば「邪魔しちゃった?」なんて申し訳なさそうにさつきちゃんが言葉を発した。その問いかけにただただ首を横にぶんぶんと振れば、わたしが作ったドリンクをカゴに入れそれを持ってくれる。



さつきちゃんはそれ以上何も追求してくることはなく、二人一緒に部室を出た。















『誤解じゃなくなればいいだろう?』








つまり、どういうことなのだ。













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