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無くしたもの
47 ただいま






「ゆうちゃん、ほんとに部活いくの!?」
「腕使わないようにするから大丈夫」
「無理しちゃあいかんからね!?帰り迎えに行こうか?!」
「足折ったわけじゃないんだから大丈夫だって!じゃ、いってきまーす」










階段から落ちて大怪我をして入院することおよそ一週間程。

精密検査も無事に異常なく終え、
久しぶりにふかふかの自分のベットで寝て
久しぶりに自分の携帯のアラーム音で目を覚まして
久しぶりに制服に袖を通した。
右腕が思うように動かないからそれはそれは苦労したけど、父さんの助けもあってなんとか乗り切ることができた。ありがたい。



制服の上から三角巾で腕を吊り上げ鏡を覗き込む。
…うん、顔の怪我も随分良くなったけどまだかさぶたが剥がれないな。
あまり見栄えがいいものではないから絆創膏を貼っておくことにした。
わんぱくをして怪我した小学生みたいだ。
思わず眉を下げる。



自分の部屋から階段を降りてリビングに向かえば父さんにひどく心配されたけど、学校に行くことは楽しみにしてたし。
足じゃないだけ全然ラッキーだったと思う。
笑顔で言葉を交わせば父さんも渋々といったように見送ってくれた。





聞き手とは逆の左肩にスクールバッグをかけ、久しぶりの通学路に足を進める。
だんだんと熱を帯びてきたこの気温も、
今のわたしには心地よく感じる。






ああ、なにもかもが久しぶりに感じる。

そういえば緑間からもらったノートはすごく役に立った。わからないところをメールしたらすぐ返事をくれたし(必ず一言目には 馬鹿め。と書いてあったけどそれもまた愛だと思う)何故かわたしのその日のラッキーアイテムも写真で送ってくる。写真って効果ないんじゃないかと思ったけど心に秘めておく。



…しかし、視線が痛い。
それがこの顔に貼られた絆創膏によるものなのか三角巾に吊るされた腕によるものなのかわからないけど、とにかく目立つ。

さっきの気分とは打って変わってなんとなく居心地の悪さを感じていれば背後からばたばたと何かが走ってくる音を感じた。





「しぃぃいいいばたあぁあああああっちぃいいいいいい!!!!!!!」





うわあ!来た!!横目でちらりと背後を見ればすごい勢いで走ってくる黄色の頭が見える。きっと黄瀬ならここで抱きついてくるだろう。普段なら人目を考えて遠慮するところだけど、今日くらいはわたしだって彼と会えた喜びを分かち合いたい。


そう思って受け止め体制に入ろうとしたがそれ以上にすごいスピードでタックルをかまされわたしの身体にとんでもない衝撃がぶつかってきた。
予想外の衝撃に「ぐぶっっ」と悲鳴が漏れる。

そんなわたしを意に介さず黄瀬はその大きい身体をひたすらわたしに密着させた。
く、苦しい。







「もぉおおお!!!長かったっス!!この日をどれだけ待ち望んでいたか!!!腕は!?まだ動かないんスか!!?いつ治るんスか!?荷物!!そのカバンをオレに!!」
「あの、黄瀬」
「あれからなんにもないっスか!?頭はどんな感じなんスか?!異常は!!?今日からやっと隣の席に柴田っちが来る…!!毎時間毎時間つまらなくてオレもう…!!!」
「殴るぞ」
「なんで!!?」




「会いたかったんスよぉお…!!」なんて涙ぐんで言う黄瀬に思わずきゅん、と胸が鳴る。「わたしも」なんて思わず手を握れば「柴田っちが素直…!!!」と再び長い腕をわたしの身体に巻きつけた。

普段なら黄瀬のファンのことを考えてこんな行動はしないよ、もちろん。
でも今日はとにかく黄瀬とこうしていたい。
黄瀬が腕に力がこめればそれに応えるようにわたしも左手に力を込めた。






「黄瀬くん、いきなり走っていかないでください。柴田さん、おはようございます」
「わー!!黒子おはよう!!」
「あ!黒子っちの事忘れてたっス…!」
「あとそう言う事は隠れてやってください」






そんなわたしたちの元に小走りでやってきたのは眉を下げて息を切らす黒子。
わああ黒子久しぶり…!!
相変わらずの影加減に黄瀬から離れて黒子の頭にから顔までペタペタと触れば「なんですか」と手を叩かれた。
相変わらずの塩対応である。好き。

黄瀬は背後からわたしの首に腕を回してまとわりついてくる。
そんな彼も今日はすごく愛おしいのでそのまま校舎に向かうことにした。






「柴田さん、授業受けれるんですか?」
「ノート写すのは無理だけど、聞くだけならできるしね。」
「心配しなくても緑間っちがノートくれるっスよ!なんやかんやで甘いし?」
「そうそう、なんやかんやで優しい。
後からちゃんとお礼に行かないと」






「そうですか、」と安心したようにほっと息を吐く黒子は黄瀬と顔を見合わせて微笑む。
うん、やっぱりみんなといる時間が楽しい。

三人ならんで歩いていればわたしのカバンを持った黄瀬がふと首をかしげる。






「…なんかカバン軽くないスか?」
「ああ、教科書はいってないから」
「え!?」
「…なにしてるんですか」




そう、わたしは教科書なんて持ってきていない。どうせノートも取れないし、この腕で話を聞くだけなんて、どうせ寝ちゃう。
真面目に授業を受ける気なんて更々ない。
いや、話はきっとがんばってちゃんと聞くだろうけど。多分。眠くなるまでは。


わたしが今日学校に来た1番の目的はみんなに会うことであって、そしてその中で最も重要なことがある。
それはーー







「餌が入ってる」
「「………餌?」」




しばらくの間を空けて、2人の声が重なる。

ふふん、と自慢げにドヤ顔をしてやれば黄瀬は目を丸くして首をかしげ、黒子はいつものようにバカにしたような呆れたような、「またしょうもないことを考えてる」みたいな、そんな表情を浮かべていた。悲しい。













黒子と別れて黄瀬と二人、教室に入ればクラスメイト(主に女子)がわたしを舐め回すような眼差しを向けてくる。
はて、なんだろうか。

目を泳がせて考えていれば「あーあ、またキセリョ独り占めし始めるよ」「もう少し入院しててくれればよかったのに」なんて、欲望にまみれた声が聞こえてくる。


どうやらわたしが入院している間に彼女たちは黄瀬と身近な存在になりたかったらしい。
いや別にわたしは黄瀬の彼女でもなんでもないわけだし、普段から話しかけていいのにな、なんて…なんだか感じが悪いな、わたし。


足を止めてぽけーっとそんな思いにふけっていれば黄瀬に腕を引かれて席へと連れられた。入院前と変わらない、大好きな彼らに挟まれたわたしの席。


また黄瀬に気を遣わせちゃったなあ、なんて眉を下げて自分の席の椅子を引けばわたしの腕を引いていた黄瀬が目の前に立つ。

ん?やけにニコニコとしている黄瀬に首を傾げていればエナメルバックの中に腕を突っ込み、何かを取り出しわたしの目の前に突き出す。





「ん?」
「退院おめでとっス!」
「…ありがぶっ、…なにこれ?」
「ふっふっふっ、なんスかね〜?」




突き出されたソレはわたしの顔面に押し付けられた。思わず目をつぶってソレを手に取ればかわいらしい小袋に包まれた何か。

開けて開けて、と目をキラキラさせて訴える黄瀬は机の同じ高さに屈んで上目遣いでわたしを見る。あざといな、くそ。かわいい。

目の前の彼にドギマギとしつつ袋に手をかける。しゅる、とかわいく結ばれた紐を解けば
中から出てきたのは細長い入れ物。


…これはもしや。
恐る恐る箱を開けてみればそこにあったのは華をモチーフにしたキラキラと輝くかわいらしいネックレス。
淡く黄色に輝くそれは彼の金髪を彷彿とさせるものがあって、
これまた目を惹くものがある。

いや、そうじゃなくて。
目の前で屈む彼の顔をバッと見やれば涼しげな顔をしている。
いやいやいや、





「え、黄瀬、あの、」
「退院祝いっス!ま、本当はお揃いでペアリングとかにしたかったんスけど、お互い部活あるしね!ネックレスならいつでも着けてられるし!どうっスか?」
「え、う、嬉しいけど、こ、こんな高そうなの、」




たしかにすごくかわいい、けど。
……これはもしやすごく高いものなんじゃないだろうか。入れ物に入ってる文字はブランドに疎いわたしでさえも知ってるようなお店の名前だし、見るからに高そうだ。

自然と箱を持つ手がぷるぷると震える。
ネックレスと黄瀬の顔を交互に見やれば「ぶふっ!!」と笑い声が聞こえてくる。
パニック状態のわたしをみて腹を抱えて笑う黄瀬がいた。こら。






「くくっ、あー可笑しい…っ!柴田っち落ち着いて…!!ぶふっ…!」
「ちょ、笑い事じゃないし…!こんな高そうなのもらえないよ、中学生が買えるものじゃないでしょう?」
「オレには買えるんスよ」
「な、なんで」
「なんでって、モデルだからっスね」







さっきまで爆笑してた時とは打って変わって、ご丁寧にポージング付きでかっこよく決めてくれた黄瀬(キメ顔)に口の端がひきつってしまう。
「黄瀬死ね!」「滅びろモデル!!」なんて周りの男子からの野次も「オレも罪な男っスね」と髪をさらりとかきあげ華麗に対応している。いや、かっこいいけども。




うろたえるわたしの手から黄瀬がするりと箱を取り、アクセサリーを取り出す。



「え」、目を丸くし小さく呟くわたしの背後に回りそのままアクセサリーを首にかけられた。慌てて振り返ろうとすれば「動かないで」と何時もより低い声で言われアクセサリーを着けられる。
するとその流れでさらりと首筋を撫でられた。びく、と思わず跳ねた身体に黄瀬が小さく鼻で笑ったのを感じ、気恥ずかしさからそのまま慌てて前方を向いた。
中学二年生にしてこの手つき、相当慣れてるよ。恐るべし黄瀬涼太。




「ま、受け取って。これはオレからの詫びの気持ちでもあるんスよ。」
「…詫びなんて、気にしないでよ」
「やっぱり。柴田っちは気にしなくてもいいって言うだろうってわかってたけど。オレからしたらそうはいかないんで。」
「…うーん」
「はいはいそんな顔しない!こういう好意は素直に受け取っておくもんっスよ!」






「難しい顔しない!」と背中から聞こえる優しい声に自然と目尻が下がる。
ああもう、どれだけ好きにさせるんだ。
胸が苦しいくらい嬉しくて、この喜びを表せれる言葉が見つからない。


諭すようにわたしの頭を撫でる彼の手を取り、ぎゅっと力を込める。
…本当に大きい手だなあ、なんて。
改めて彼の身体の逞しさを感じていればさっきまでとは打って変わってあたふたとした様子の黄瀬にさらに頬が緩む。





「ありがとう」
「…え」
「嬉しいよ、すごく。ずっと大切にする。それにね、物なんかなくてもわかってるよ。黄瀬がわたしのことを想ってくれてるの」
「…柴田っち」
「わたし黄瀬のこと大好きだから」
「…う…」
「いつもそばにいてくれるね」
「……う…いや…もうやめて……」
「それに……え、黄瀬?」




繋いだ手に力がこもったと思えば、次の瞬間にはずるずると床に座り込み項垂れる黄瀬の姿が目に入った。
はて、どうしたのか。
同じように屈んで目線を合わせようとすれば彼の大きい手が顔に押し付けられた。「ぶっ」とお世辞にも可愛くない声が漏れる。

なにするんだ、長い腕を適当にあしらって黄瀬の顔をしつこく覗き込めば真っ赤に染まった彼の顔とご対面した。
…お…おお…そんな反応をされるとは…






「柴田っちほんとズルいっスよ!」
「そんな照れるとは」
「この天然タラシ!ふしだらっス!」
「それ、黄瀬が言う?」






さっきのわたしにアクセサリーを着けた時と全く別人のように言葉を漏らす黄瀬にぽつりと呟けば「え?」と首をかしげられる。
おいおい、首を撫でたのも無意識か。

こんなことするから女の子からいい目で見られないのはわかってはいるけど。
黄瀬はわたしに甘く、それと同じようにわたしは黄瀬に甘い。
ガシガシと頭を掻いた黄瀬は立ち上がりそのまま席に着く。
それに続いてわたしも同じように隣の席に座れば、黄瀬再び難しい顔をして口を開く。







「オレに彼女ができないのは本当に柴田っちのせいっスね」
「え、好きな子いるの?」
「…いない、と思うっス」
「ふうん?」






ぶつぶつと何かをつぶやいて一瞬考え込んだ様子だった黄瀬も、気づけばすぐいつもの彼に戻っていた。
…黄瀬が恋をしたら好きにならない女の子はいないんじゃないか。モテるし。
顔をひそめる黄瀬を横目で見ていればガンっと椅子が蹴られるような衝撃を受ける。


邪魔だったかな、なんて椅子をグッと前に出せば再びガンっと衝撃を受ける。
おい、わざと蹴ってんのかよ。



隣に立っているであろう椅子を蹴り上げた人物を顔をしかめて睨みつければそこにいた彼はわたし以上に顔をしかめてわたしを見下ろしていた。




……やってしまった。




そこにいた人物が彼だと認識して始めて、
自分が貼り付けた表情に後悔した。






相変わらず不機嫌さを全面に醸し出したその人物はわたしを見下ろしたまま「あのさあ」と口を開いた。








「朝からイチャつくの、やめてくんない。」
「………おはよう紫原」







ただ一言、そう吐き捨てた紫原は椅子を引いていつものようにわたしの隣に座った。
どっからどうみても機嫌が悪い。








「ね、紫原。今日おひる、」
「オレ眠いから。おやすみー」








話しかける隙もなく、
これまた彼はいつもの様に背中を丸めて机に突っ伏してしまった。わお、これは困った。


困惑するわたしを暖かい眼差しで見守る黄瀬に 助けて 、と口パクで訴えれば親指を立ててバチッとウインクを飛ばしてきた。
いや違う、そういうのは望んでない。







うん、出だしから最悪。









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