[携帯モード] [URL送信]

無くしたもの
46 招かれざる客












「よっ、元気か柴田」
「……え、虹村せんぱ」
「ようクソデブ、調子はどーだ」
「ぶっ…!!!!はぁあ!!?」















入院生活3日目、相変わらず紫原からメールの返事は来ない。これはさすがにメールみてないだけ、なんて慰めも無意味だとわたしは切なくなった。

明日学校行ったらたくさん話しかけてやろうなんて考えてたら扉をノックする音が部屋に響く。はーい、なんて呑気に返事をすれば扉を開けて入ってきたのは二つの人影。




ちょうど暇だったし、なんて視線を向ければそこに居たのは我がバスケ部の頼れる主将、虹村先輩だった。予想外のいきなりの訪問に目をぱちくりとさせれば、彼の背後から現れた人物にわたしの身体は一瞬で硬直する。


姿を現したのはわたしに怪我をさせた張本人、灰色の髪をしたクソヤンキーだった。




いや、昨日赤司くんに灰崎くん恨めないなんてこと言ったけど、あんなことされて彼に恐怖心が全く無いわけではない。口をあんぐりと開けて言葉を失っていればそんなの御構い無しと言うように病室に足を踏み入れてきた。





「バカみてーな面してんじゃねーよ」
「…いやいや、誰のせいだと」
「なんだよ、お前らやっぱ仲いーのか?」




ずかずかと入ってきた灰崎くんの後を呆れたように虹村先輩が着いてくる。仲よかったら階段から落とされたりしないだろ、なんて言葉がついつい出そうになったが心の中に留めておく。

て言うか、虹村先輩は未だに灰崎くんに手を焼いているのか。退部になったのに随分面倒見がいいなあ。





「ほらよ」
「え、なんですか」
「アイス」
「…お、おぉ…ありがとうございます」




虹村先輩から手渡された袋を除けばそこに入ってたのはお決まりのアイスだった。目を丸くしていれば「いま食わねえなら冷凍庫いれとくけど」と手を差し出しされる。

何を隠そうわたしはついさっき食べたばかりなわけで、さすがにそう何個も食べれない。
お言葉に甘えてお願いします、と袋を手渡せばそのまま冷凍庫を開く。






「うわっ、お前そんなアイス好きなのかよ!さすがに買いすぎだろこれ」
「見ての通りです、青峰がバカみたいに買ってきてくれるんです」
「…ああ、だからあいつ見舞いにはアイス買ってけって言ってきたのか」
「あのガングロ確信犯か」





なるほど、これも青峰のいたずらの一つらしい。太らせたいのか喜ばせたいのか困らせたいのか、目的がいまいちわからないけど。善意として受け取っておくことにしよう。


どうせなら消費してくれた方が助かる、そう伝えれば「手伝うぜ」と虹村先輩が歯を見せて笑顔を浮かべた。






「おいデブ、オレのは」
「もう勝手に食べてください」
「つれねーなデブ」
「誰のせいだよ」
「たのしそーだなおまえら」






冷凍庫を漁る虹村先輩の背後から冷凍庫を覗き込む灰崎くんを適当にあしらう。
きっと虹村先輩の様子からしてわたしがこいつに階段から蹴りおとされたのは知らないんだろう、知ってたらきっと今頃灰崎くんの顔面はボコボコになってるはずだ。ほんとどのツラ下げて来てるんだコイツ。

目の前でしゃりしゃりとアイスを頬張る不良を真顔で眺めれば「みてんじゃねえよブス」と罵られる。
短時間でここまで罵声を飛ばして来る人間もなかなかいないと思う。ゲス人間だ。





「ほんで、怪我はどうなんだよ」




そうわたしに問いかける虹村先輩は灰崎の隣でカップアイスを口に運ぶ。





「右肩脱臼ですよ、おかげさまで三週間は使い物になりません。」




みろよ、お前のせいだぞ。
そんな気持ちを込めて三角巾で吊るされた右肩を灰崎くんに主張してやれば「そりゃ災難だったな」と他人ごとの虹村先輩となにも言わない灰崎くん。
もうちょっと気にしてほしい。




「まあ、これを機に休めよ。なんか知らねーけどお前バカみてーに忙しそうじゃん」
「慣れればどうってことないですよ。て言うか、なにか用事でもあったんですか?」




虹村先輩とはこれまでマネージャーとして関わることはあってもそれ以上の接点はあまりなかったし、ふいに感じた疑問をぶつけてみれば目を丸くして「はあ?」と呟く。





「用がないと来ちゃいけねーのかよ。日頃世話になってるし、かわいい後輩の見舞いくらい来るだろ。考えすぎだっつの」
「…男前ですね、虹村先輩。ありがとうございます。ちょうど暇だったんです。
それでそこの腐れヤンキーはなんで?」
「うるせえデブス」
「さあ?たまたま会って見舞いに行くっつったら着いてきたんだよ」
「とんでもない物を連れてきましたね」
「生きてたんだなまな板デブス」
「虹村先輩、胃に穴が開きそうです」





胃がキリキリしてきた。「おめーはちょっとは労われよ!」虹村先輩に助けを求めれば隣にいた灰崎くんの頭に拳を叩き込んでくれた。ふん、ざまあみろ。「いってーな!」と頭を押さえて先輩を睨む
灰崎くんは心なしか涙目だ。
泣きたいのはわたしだけどね。



今にも逃げ出したい気持ちを抑えて無心になろうとすればそんなわたしの決心を壊すように聞きなれた着信メロディが病室に響いた。


素早く携帯を取り出したのは虹村先輩で、それを耳にあてがうと「悪い」と一言わたしに告げて扉に向かっていく。その行動に思わず「え」と言葉を漏らせばすでに虹村先輩は扉の向こうに姿を消してしまい、部屋に残されたのはわたしと灰崎くんの2人となった。


まるで犯罪者と一緒にいるような気分に思わず口からためが漏れる。







「おい」
「……なんですか」






急な問いかけに灰崎くんをみれば何時ものように鋭い目をしてわたしを眺める。
その表情に思わず身を固くすれば「殺しゃしねーよ」と鼻で笑われた。


信用できない。紫原の「一口ちょうだい」って言葉と同じくらい信用できない。






「ポッケの中身を確認させてください」
「なんでだよ」
「ナイフが入ってるかもしれな、いてっ」
「お前ほんとバカじゃねーの?」



つかつかと靴を鳴らして近づいてきた灰崎くんに今度は頭を殴られた。いやいや、こっちは命をかけて二人きりでいるんだ、それくらいのことはさせてほしい。
いや、て言うか本当になんで来たの。





「何考えてんだよ」
「は?」



頭上から降ってきた声に目線だけをむければ拳を振り上げたまま灰崎くんはわたしを見下ろしていた。




「こっちのセリフなんだけど」
「………うぜー女」




そう呟くと灰崎くんの握っていた拳は力を失ってだらんと下がっていった。まず見下すのをやめてほしい。

灰崎くんの態度が妙に気に障って顔を顰め思いっきり睨みつけてやる。が、当の本人は意に介さずといった様子だ。








「はーあ、これで学校も辞めることになるかとせいせいしたけどよォ、赤司どころか先公からなんのお咎めもねえ。」
「…なんで赤司くんがでてくるの」
「そりゃ、お前なら赤司に泣きつくと思ったし。お前じゃなくてもふつーに考えたらリョータやアツシが言うだろーが」





まるで拍子抜けだ、とでも言うように頭をガシガシとかいた彼に目を丸くする。
…この口ぶりは、言って欲しかったのだろうか。いや、でも赤司くんにバレてのメリットって全くない気がする。
て言うか、退学になるつもりだったのか。


退部になったことで余計に自暴自棄になってこんなことをしたの?
それとも毛嫌いしてる黄瀬と仲がいいわたしに恨み持っての行動なのか。
……じゃあ彼の言葉の真意は?
考えればかんがえるほど訳がわからなくて答えは遠のいていくばかりだ。


未だわたしを見下ろす彼を見上げて ねえ、と口を開けば彼もまた無表情でわたしを見る。





「わたしを蹴り飛ばす前に言ったことはなんだったの?」
「…あ?なんつったっけ?」
「……だから、」




コイツ、本当に何しに来たんだ。

侘びを入れるわけでもなく心配をするわけでない。ただただわたしの胃を痛めつける目の前の存在に頭を抱えれば、病室の扉が開いて姿を消していた虹村先輩が現れた。
どうやら電話は終わったらしい。


虹村先輩の姿にたった今、
口から出そうになった言葉を飲み込んだ。
しん、と病室が静まり返れば虹村先輩が携帯を片手に口を開く。




「…ん?わり、なんか邪魔したか?」
「いや、なんでもねーっス。じゃ、オレもう帰るんで」



え、と言葉を発するよりもはやく、肩にスクールバッグをかけた灰崎くんが踵を返して歩き出した。…話は終わってないけど。
あくまでも答えないつもりなのか、彼は一度も振り返らず足を進める。


不思議そうに首をかしげる虹村先輩の横を通り過ぎ、あっけなく彼は姿を消した。
眉を潜めて彼が消えた扉を眺めていれば「なんて顔してんだよ」と頭をはたかれた。

なんでこうもみんな怪我人の頭を
ぽんぽん叩くのか。





「お前変な奴だな」
「…え、どういうことですか」
「いや、灰崎にあんな生意気な態度できんのお前くらいだろ」
「別に、仲良くはないですよ。たまたま彼のストレスの捌け口がわたしになっただけです。全然仲良くないです。」
「ふーん?」




なんども言うが仲は良くない。
ムッとして否定を続けるわたしに虹村先輩は口角を上げて笑みを浮かべた。
これは確実に誤解をしているに違いない。

それでもこれ以上否定しようものなら余計に変な解釈をされそうなため、
大人しく黙っていることにした。






「まあ、仲が良い悪いは置いといて」
「はい」
「オレ、主将やめるからよろしく」
「はい。……え」
「ま、いつになるかはまだ決まってねーけど。ちなみにわかってるだろーけど次期主将は赤司になる。お前も頼むぜ」
「…いやいやいやいやいやいやいや」
「なんだよ」
「急過ぎないですか」




ちょっと待ってくれ。
あんぐりと口を開けるわたしには目もくれず、虹村先輩の口は忙しく動き続ける。

虹村先輩に伸ばしたわたしの腕は情けなく垂れ下がり宙を浮かぶだけ。
なんだかもう色々着いていけない。

なにから話すべきか、口をパクパクとさせていればそんなわたしの顔を見て虹村先輩はおかしそうにニヤつく。むかつく。
「まあ、なんだ」そう笑いながらベットの脇に立つ彼の大きい手に頭を掴まれる。





「なんかあったら言えよ」
「……え、わぶっ」
「今は同じ環境下にいるからなかなか言えねーこともあるんだろーけどよ、オレが引退すればただの先輩と後輩だろ。気軽になんでも言えよ」



視線を交わせればその眼差しの優しさに目を奪われる。…こんな顔するんだ。
思わず言葉を失っていれば次の瞬間には頭をガシガシとかき乱される。


なんというか、普段部活でしか合わないこの人は主将という立場から部員に激しい怒号を飛ばす事が多いし、こんな柔らかい表情は見たことがなかった。から、慣れないもので。

普段カラフルな頭をした彼らにされるのとはまた違う、慣れない虹村先輩の行動に無意識に顔に熱が集まるのを感じる。






「ま、そーゆう事だ。明日から学校だろ?」
「…あ、はい。」
「部活は?」
「マネージャー業務は出来ませんが、指示出しとかできることはするつもりです。なので顔は出します」
「そか、待ってるわ。休めっつってもどーせ休まないんだろーし」








頭にあった彼の手は気づけばエナメルバックを掴んでいて、それを肩にかけると「じゃあな」とわたしに向かって手を上げる。

…病室にいるとどうにも寂しさを感じずにはいられない。普段の日常は常に隣に黄瀬や紫原が居たし、一人でいる時間は少なかった。



かすかに胸が締め付けられる感覚に気づかないふりをして「ありがとうございました」と遠のいていくその背中に言葉を投げかける。



なんでか一度目を丸く開いた虹村先輩は綺麗に整った横顔をわたしに向け、綺麗に微笑んで再び手を振った。

















その夜、紫原と話をするための餌としてうまか棒を大量購入した。
これで奴は逃げられない。





















第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!