無くしたもの
45 赤司の考察
辺りはすっかり暗くなり、
さっまでの賑やかさが嘘のように感じる。
さっきまで一緒にいた友人たちはすっかり姿を消し、静まり返った病室でわたしは一人、
緑間からもらったノートに目を通していた。
常に成績が上位なだけあって、ノートの中身もそれはそれはわかりやすく纏められている。緑間も相当頭がいいけど、それでも学年成績トップはいつも赤司くんだ。
赤司くんと緑間の頭の違いは何なのだろうか。ただ赤司くんがチートすぎるのだろうか。
パラ、とノートがめくれる音が病室に響き、退屈さに思わず欠伸を零せば扉がノックされる音に慌てて口を噤む。
静かに音を立てて開かれた扉の先には
燃えるような朱い髪の彼が立っていた。
「遅くなってすまないね、体調はどうだ?」
低く響く彼独特の声色に、
心臓が大きく鼓動するのを感じた。
「赤司くん、アイス食べる?」
「…アイス?」
「そこにはいってるの。青峰が毎日買ってきてくれてたみたいでたくさんあって」
ベットの隣に設置された小さな冷凍庫を指差せば、首をかしげた赤司くんが静かに扉を開く。おかげさまで見舞いにくる大半がアイスを買ってくるため、いかんせんアイスは増えていくばかりで、どうにも減らないのだ。
そう漏らせば彼はゆるりと優しい笑みを浮かべ、アイスを一つ手に取りベットに座るわたしの隣に腰かけた。
ふいに、赤司くんの視線が机の上に広げられたノートに向けられる。
「こう言う時くらい、身体を休めたらどうだ?最近は働きすぎだ」
そうノートに手を伸ばす赤司くんの顔は、呆れたというかなんというか、そんな感じの表情だった。
眺めていたノートが彼の手によって閉じられ、行き場を失ったわたしの視線は自然と赤司くんに向かうこととなる。
「さて、何から話そうか」
すう、と目を細める赤司くんに思わず背筋が伸びる。まあなんだ、この人に嘘をついても一瞬で見抜かれるだろうし、どうせバレる嘘なら最初からつかないほうがいい。
思わずただした姿勢に「緊張することじゃないだろう」と赤司くんがくすりと微笑んだ。
はい、その通りです。
目の前にいるのが赤司くんじゃなけりゃね。
「あー…っと、とりあえず部活休みにさせちゃったのはわたしのせいだね、ごめんね」
「せい、と言うのは少し違う気もするが。柴田が怪我した事によるみんなへの影響は、お前が思っているより大きかったからな」
おずおずと話を切り出せば、「仕方のないことだ」と諭すように付け加えた。
みんなへの影響とはつまり、主に黄瀬や紫原のあの様子のことを言っているんだろう。
すこしの間を空けて何度か頷けば、目の前の彼が小さく口角を上げる。
「柴田が気を失ってから、黄瀬は授業中も抜け出して病院に来ていたからな。今日は様子も普通だったし、安心したよ。」
「え、授業サボってまで?」
「居ても立ってもいられなかったんだろう、今回の事についてはオレも言及するつもりはないよ。…気持ちはわかるつもりだしな」
「……ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
ベットの上で正座をして頭を下げれば、
これまた呆れたようにため息をひとつくれた。
「紫原にはまだ会っていないのか?」
「目が覚めてからは一度も。メールは送ってみたけど、気が向かないみたい」
そもそもメールを見てないのかもしれない、なんて願望を口に出せば「そうか、」と一息ついて何かを考え混むような仕草をみせる赤司くん。
たしかにメールはこないがあと1日もすればわたしは学校に登校するようになるわけで。
紫原とはクラスも同じなわけだし、言ってしまえばイヤでも顔を合わせることになるのだ。それだったら今無理に会いに来させるような事もしたくはないし、する必要もないだろう。
手元にあった携帯に視線を送れば、同じように赤司くんもわたしの携帯を見やる。
「紫原の事は柴田に任せよう。きっと柴田にしか解決できない事だろうからな」
一度目を伏せた彼の目は、さっきまでの柔らかい表情とは打って変わって鋭さを持ったたものに変わっていた。
これは、わたしが最も避けたい話が始まるのだろう。
思わず息を飲めば「さて、」と小さく呟いた彼と視線が交わる。
「怪我の具合はどうだ?」
「…右肩を脱臼したらしくて、三週間は動かないみたい。脳震盪に関しては、もう検査もすんで異常なしだっていわれたけど、念のために明日までは入院だよ」
そう告げれば彼の目線は三角巾で吊るされた私の右腕へ向かった。
じっと見られている感覚に耐えられずに視線を泳がせれば伸びてきた腕に頭を掴まれる。
予想外の行動に思わず言葉を失い、
呆然とした。
「え、あの、」
「黄瀬から聞いた話ではただ単に足を滑らせて転落したわけではないそうだが。」
「……えーと」
なるほど、赤司くんはどうやらこの話を切り出せばわたしが逃げると思ったらしい。
赤司くんの目は、なんでも見透かしているようでどれだけ経っても慣れないものがある。
赤司くんらしからぬ攻撃的な行動にしどろもどろと挙動不審になれば、そんなわたしにおかまいなしに彼は再び口を開く。
「かといって黄瀬のファンによるものだとも思えない。黄瀬本人の目の前でそんなことをするとは考えられないしな」
「……ほお」
「黄瀬と紫原程の反射神経の持ち主なら、お前が落ちる前に身体を支える事くらいできるように思える。しかしそれができないほど、二人が気をとられる何かがあったのか」
「……ほお」
「それに、お前が気を失ってからの黄瀬と紫原の錯乱状態は酷かった。オレからしたらそれはただ単にお前を助けられなかった事への罪悪感や、そんな自分に対する怒りだけではないように感じたが」
「……」
「オレが言いたいことはもうわかるだろう」
「いやあ、赤司くんすごいなあ」
「……言いたいことはそれだけか?」
「いででででごめんなさい」
綺麗な形をした唇から発せられる言葉はさすがとしか言いようがないほど、どれも的を得ている。恐るべし赤司征十郎。
よく噛まないよね。
つらつらと出てくる赤司くんの考察にわたしはあんぐり開いた口がふさがらない。
思わず拍手をすれば頭に置かれていた手に力が込められ頭を圧迫した。
他のみんながでかすぎて赤司くんが華奢に見えてたけど、ここまで力があるとは。
頭パーンってなるパーンって。こわい。
思わず涙目で赤司くんを見れば普段とは違った雰囲気で口角を吊り上げて笑っていた。
おお…悪い顔をしてる。けど、顔の作りがいいためか色気があるように感じる。
「余計なことを考えているだろう」
「…なぜバレたし」
「お前の考えは手に取るようにわかるよ」
ふ、小さく鼻で笑った彼の腕が頭から離れわたしの頭が解放される。
そんなにわかりやすいのだろうか、赤司くんの言葉に思わず顔を顰めれば「それより」とわたしから一度視線を外した。
「灰崎だろう?」
なんの迷いもなく発せられたその言葉は、疑問系ではあるが赤司くんの中ではもう確定しているのだろう。
それほど彼の声色は強いものだった。
わかってて話していたのか、なんてムッと顔を顰めてみるが彼の表情は全く変わらなかった。さすが赤司クオリティである。
「わからないな、なぜそこまで灰崎を庇おうとする。あいつにそこまで思い入れがあるのか?」
本日何度目かわからない呆れ顔をみせる赤司くんと逆についつい頬が緩んでしまう。
いや、1日でここまでこの人を呆れさせるのはわたしだけだと思う。ほんとに。
「お前はそこまで灰崎と親しい間柄だったのか?それとも、部活を退部になった灰崎への同情心からか?」
「いや、まさか。親しくもないし同情もしてない、と思う。灰崎くんのおかげで授業出れなかったこともあるしすれ違いざまに脛蹴られた事もあるし足かけられたこともあるし頭だって何度殴られたことか。もうほんといい思い出とか全くないし」
「……余計理解ができないが」
わたしの口から溢れるのは灰崎くんに対するこれまでの鬱憤だ。
これまで何度も赤司くんに告げ口してやろうと思ったけどチクっただろてめーみたいに灰崎くんに余計ボコボコにされるのも怖くって言えなかった。けど、もうあの人バスケ部じゃないし。
そう思ったら次から次へと不満が溢れたけどこいつかわいそうだな、みたいな赤司くんの表情を見て自然と口が閉じた。
「…お前は本当にオレを困らせるな」
「え…そんなつもりは…まあ、なんて言うんだろう…たしかに今回はほんとに灰崎くんに殺されかけたけど、なんでか恨めないんだよね。でも、仲がいいわけでもないと思うし同情なんて絶対してない」
わたしの言葉に赤司くんは心底理解できないと怪訝な表情をみせる。
本人には言えないけど、そんな赤司くんがなんだか面白くて頬が緩んでしまいそうになるのを必死にこらえた。
「拍子抜けだ」
「え」
むっとした様子の赤司くんに、わたしの口から素っ頓狂な声が漏れた。
なんか、今日の赤司くんは普段とは考えられないくらい表情がくるくると変わっていく。珍しく見る赤司くんの中学生らしい年相応のその姿に、心臓の鼓動が激しくなるのを感じる。しかし、拍子抜けとは。
「オレだって人間だ。お前が意識を失ったと聞いたときは愕然としたしもしもの時のことを想像して言葉を失った。意識が戻ったと黄瀬から聞いたときは、それはもう酷く安心したよ」
「…赤司くんが冷静じゃなくなったらどうなっちゃうんだろう」
「…茶化すな」
ふう、と小さく息を吐く。
赤司くんの今日の雰囲気が、とてつもなく柔らかいものに感じる。
前に緑間と3人で灰崎くんについて話したのが最後だったから余計なのかはわからないけど、そんな赤司くんについに耐えきれなくなって小さく笑い声をあげれば眉を潜めて睨まれた。怖いけど笑いが止まらない。
口に手を当てて笑うわたしを一瞥し、赤司くんはむくれ面のままパイプ椅子から腰を上げた。
「今後一人で行動するのは極力避けるようにするんだな。黄瀬と紫原が同じクラスならオレも安心だが、なにか不安に思うことがあればオレに連絡をしろ。オレがそばにいた方が悪い虫避けになるだろう」
「…帰っちゃうの?」
くるりと踵を返して背を向ける彼の背中に問いかければ、横目で視線を向けてくれる。
帰っちゃうの、って。
これじゃあすごい寂しがり屋の子供みたいじゃないか。思わず口を噤めば「メールならしてあげられるが」なんて勝ち誇ったように赤司くんは笑う。
「オレたちはみんな、学校で待ってるよ」
ただ一言そう告げて、コツコツと上品な靴音を響かせて彼の背中は遠のいていった。
まただ。
柔らかく笑う彼の表情に、
わたしの心臓はうるさいくらいに忙しく動くのだ。
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