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無くしたもの
44 願わくば







「あ、なんだ。来てたんスね!」
「起きてて大丈夫なのか?」



開いた扉から姿を現したのは昨日とは打って変わって明るい雰囲気の黄瀬と、わたしの姿を見て安堵のため息を吐く緑間だった。
「いらっしゃい」と左手を振れば駆け寄ってくる黄瀬に思わず笑顔が漏れる。






「あれ、お前らもきたのかよ」
「そりゃーくるっスよ!柴田っち、身体の調子はどーっスか?」
「右腕はまだ動かないけど全然元気だよ」
「…ほんとよかったっス」
「こっちは生きた心地がしなかったのだよ」






青峰の言葉に頬を膨らませ、わたしの隣にやってきた黄瀬はいつものように大きい手をわたしの頭に乗せて優しく撫でてくれる。
思わず目を細めれば「きーちゃんも元気になってよかった!」なんてさつきちゃんもニコニコと微笑みを浮かべていた。

昨日涙を流したことでスッキリしたんだろうか、普段と変わらない調子で声をかけてくれた黄瀬に心の底から嬉しさを覚えた。


そんな黄瀬の後を追うように歩いてきた緑間も、ベットに座るわたしの横に立つ。
カバンの中を漁りだした緑間に首をかしげる。




「これをやろう」
「なにこれ」
「お前の今日のラッキーアイテムだ」
「お、おお…ありがとう」





なるほど、今日はハンガーか。

彼なりに精一杯気遣ってくれているのだろう、そんな気持ちに思わず頬を緩ませれば緑間も口角を上げた(気がした)けどすぐにいつもの鉄仮面に戻った。
相変わらず青峰はバカにしてたけど。



それから彼に渡されたのは、一冊のノート。
中を覗いてみればそれがわたしが欠席していた間に行われた授業だとわかった。


それはそれは綺麗な字で大切な要点だけが纏められていて、思わず目を輝かせていれば「オレもそれほしいんスけど!」「頼む!コピーさせてくれ!」と隣で緑間にすがる一軍の二代馬鹿こと黄瀬と青峰。

それを緑間はばっさりと切り捨てる。
まあ、試験前になればなんやかんや言いながらもいつも勉強教えてくれるし、心配することはないよ、きっと。


しかしながらこのノート、ラッキーアイテムのハンガーよりも嬉しい。
口には出さずに心にしまっておこう。


みんなが来てくれて嬉しいけど、
ひとつ心に引っかかることがある。
和気藹々と言葉を交わす目の前の彼らに「ねえ」と一言声を発すればそこにいた全員の視線がわたしを捉えた。






「紫原は元気?」




恐る恐る、といった感じに控えめに問いかければそこにいた全員が顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。





「ま、さすがにそう簡単には元気にはなれないっスよねえ」




続けて「オレもそうだったしね」なんて眉を下げる黄瀬に思わず口を噤んでしまった。

黄瀬の口ぶりからすれば
紫原が意気消沈する理由は今回の事故のことだとわかる。
たしかに3日間意識不明で心配かけたのは
自負してるけど黄瀬も紫原もそこまで、




ずっと感じていた疑問が再び頭によぎる。





「どうせお前の事だからそんなに気に病むことなどないのに、と考えてるのだろう」





ふと考えこめば、黄瀬の隣で小さく息を吐いた緑間が静かに口を開いた。
あまりに的を得たその言葉に心臓が跳ねる。
思わず目を瞬かせて緑間を見ればいつに増して眉をひそめる彼の表情に思わず「ごめんなさい」と謝罪の言葉が出てしまった。






「うーん、なんて言うんスかねぇ。オレからしたらあの場にいて、柴田っちを助けられなかったって言うのが相当きたし…」




伏せ目がちにそう言葉を紡ぐ黄瀬に、かすかに胸が締め付けられる。
他のメンバーも、静かに黄瀬の言葉に耳を傾けていた。







「階段から落ちてぴくりとも動かない柴田っち見て、もうダメだと思ったっス。頭ん中真っ白になって、手ぇ震えて。」







それはわたしが知らない彼らの心情だ。










「病院に運ばれた包帯だらけの柴田っち見て、もしかしたらこのまま死んじゃうんじゃないかって思ったっスよ。
話しかけてもぴくりともしないから、もしかしてもう死んでるんじゃないかなんて呼吸確認したりして」






その言葉に、泣き崩れる黄瀬の姿が
フラッシュバックする。
淡々と語る黄瀬の言葉を遮る者は、
誰一人としていなかった。









「今日紫っちが来てないも、きっとボロボロの柴田っちを見るのが辛いからじゃないかと思うんス。…まあ、それはオレに限らずここに居るみんなだと思うんスけど。
オレも、ベットの上の柴田っちを見るとなんで守れなかったんだろうって、頭の中おかしくなりそうな位悔やんだし。しょーじき、今でもあの時の事がフラッシュバックして、自分を責めずにはいられないっス」







伏せ目がちだった瞳は、気づけば綺麗な黄金の玉をのぞかせてわたしを映している。










「きっと、紫っちも同じだと思う。オレが柴田っちを大好きなように、紫っちも柴田っちのことが大好きだと思うから」















「オレが昨日、柴田っちの前で弱音を吐いたように、紫っちもいろいろ追い詰められてると思う。から、話を聞いてあげてほしいっス。それは柴田っちにしかできないことだから。ほら、オレは昨日柴田っちに甘えたことでもうこんな元気になったっスから!」






くしゃりと歯を見せて笑う黄瀬の姿は、昨日とは別人のように輝いているように見えた。
じわりと滲んだ視界に思わず顔をうつむかせれば伸びてきた手に頭をなでられる。
…なんか硬い。



目に涙をためて顔を上げてみれば、そのかすかな硬さが緑間の綺麗にテーピングされた指のせいだと気づいた。

普段とは考えられない彼の行動に思わず目を見開けばわたしの反応にギョッとした彼の腕が引っ込もうとする。
が、わたしはその腕をしっかりと握って離さ
ない。






「離せ」
「いやだ」
「…なんなのだよ」
「今日だけ」





緑間の眉間のシワは深くなっていくばかり。
だが、今のわたしには怖くない。変にテンションが上がったわたしの姿に緑間の表情がどんどん硬くなっていく。
「めんどくさいことをしてしまった」と思ってるはず。



緑間の手を掴んで何をしようか考えていれば「今日はやめといてください」と今度はわたしの腕を呆れ顔をした黒子が掴んだ。

そんな黒子の言葉に従い緑間の腕を離す。
あからさまにがっかりした様子の私を見て
緑間がホッとしたように離れていった。
くそう、逃がした。












「ミドリンがデレた…!」
「おい!寒気が止まんねえ!!」
「緑間っちに全部持ってかれたっス」
「緑間くんも人の子だったんですね」
「貴様ら全員殺す」






携帯を手に取りとある人物の名前を探す。

メール作成画面を開き文字を打ち込んでいけ
ば緑間とわたしのやりとりを黙って見ていた彼らが各々口を開いた。

まあみんな思っていることは同じらしい。




打ち込んだ文字に誤字がないか確認し、意を決したように小さく息を吐いて送信の表示を人差し指で押した。









願わくば、このメールを受け取る
彼の笑顔を見られますように。














あきゅろす。
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